Act1.玉響と幽霊

1-1

 大久保義人は疲れていた。ここのところ営業の成績は下降気味。下の世代には出世を追い越されて小馬鹿にされ、上の世代には日々嫌味を言われ、四十歳を前にいまだ独身。

過干渉な母親があれこれと結婚の世話を焼いてくるが、自分が結婚できないのはプライベートに不必要に口出しをする母親のせいだと彼は思っていた。


会社にいても家にいても息が詰まる日々だ。

このまま人生に劇的な変化も刺激もなく肉体は朽ちていくのだろう。


「ねぇねぇ、おじさん。暇してる?」


 新宿駅に向けて歩いていた大久保は足を止めた。目の前に学生服姿の女が立っている。

つり目の奥二重にツンとした細い鼻。冷たい印象の和風美人な少女だ。


白シャツに紺色チェックのプリーツスカート。大久保の学生時代とは制服のデザインが変わっている学校が多く、どこの学校かはわからない。


『おじさんって僕?』

「そうだよ。暇してるなら私と遊んでよ」


 紺色のスカートから生えた棒のような白い脚に釘付けになる。最近の高校生は一様に体型が華奢だ。

一昔前の女子高校生は肉付きのいい太ももを見せびらかして歩いていた。電車や駅の階段ですれ違う彼女達の艶と張りのある若い太ももはいい眺めだった。


今の少女達は極上な太ももを膝丈のスカートで覆い隠している。こちらとしては時代の流れに楽しみを奪われた気分だ。けれど大久保は少女のスカートに隠れた中身を想像して興奮を覚えた。

これはこれで奥ゆかしい。隠されたものを剥ぎ取って眺める楽しみ方もある。


『僕なんかでいいの? もっとカッコいい人がいるよ?』

「おじさんがいいの。おじさん私の好みなんだ。遊ぼ?」


 若い女に誘われてわかりやすく高揚してしまう自分はまだまだ男の現役だ。

少女に提示されたプランは本番行為なしで五千円。本番ありだと一万五千円以上となるらしく、給料日前で財布が軽い今日は五千円のプランを選んだ。


 固くて座り心地の悪いカラオケ店のソファーも少女と抱き合う間は極楽浄土のベッドルームに姿を変える。

華奢な身体に張り付くブラジャーは淫らに剥がれて、乳房の中心部に立つ紅の突起が大久保を誘った。


膝丈のスカートで奥ゆかしく隠れていた太ももは血の気のない白色。太ももの付け根の黒い茂みを掻き分けて現れた女の局部を大久保はじっくり眺めた。

いい眺めだ。


鼻を近付けてそこの匂いを吸い込んだ。下着の奥で蒸れた少女の花園は芳しい匂いを放っている。

いい匂いだ。花園から溢れる蜜はとても美味しい。


 大久保は自分の容姿レベルを自覚している。カーストの底辺が高嶺の華に憧れても虚しく自滅するだけ。

勝てない試合はしない主義の彼は告白しても男を拒みそうもない地味な女としか交際経験がなかった。


一度でいいからカースト上位の華やかな女を手に入れてみたかった。まさかこの歳で学生時代にくすぶっていた願望が叶うとは夢みたいだ。


 少女の甘い身体を堪能すればするほど大久保の下半身も硬くなって肥大した。けれど準備万端の態勢を整えても“本番行為なし”では少女と交われない。


「また会ってくれる?」

『もちろんだよ。次はお金を用意してくるからね』

「今度はベッドの上で沢山遊ぼうね」


美少女が自分を求めてくれる。有頂天になるなと言う方が無理な話。


 すっかり舞い上がった彼は少女とトークアプリの連絡先を交換した。少女のスマートフォンはバニーガールのイラストが描かれたパステルピンクのスマホケースが取り付けられている。

昔の女子高生は派手な携帯ストラップをいくつもぶら下げて携帯電話に個性を出していた。今はその役割がスマホケースなのだろう。


 トークアプリの〈友達リスト〉に表示された少女の名前は〈ホタル〉。色白で儚げな少女に似合う名前だと思う。

行為に夢中になっていて大久保は少女の名前を知らなかった。少女も大久保の名前を知らなかった。

名前を知らずとも局部は晒せる。性の交わりとはそんなものだ。


『ホタルちゃんって言うんだね。可愛い名前だね』

「私も気に入ってるの」


 少女がにっこりと微笑んだ。大久保にとってそれは女神の微笑みも同然の、手離したくない価値あるものだった。

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