第3話 国情
魔界からファンレターが届いた。この情報は王と一部の側近にのみ伝えられた。
「どうして魔界からだと言い切れるのか。」
「誰かの悪戯ではないのか。」
「魔界の生物が我が国の人語を理解するのか?」
突然の事態にその場にいる誰もが信じられないという声をあげる。
手紙を受け取った兵の言い分はこうだ。
「この日城に届いた荷の整理をしていたところ、突然風が起こったかと思えば、背後からローブを着た男に話しかけられた。男の後ろには魔界に繋がる穴と同じような穴がぽっかりと空いていた。彼は『これを国王に』と言いその封書を渡すと穴の中へと消えていった。」
何故こんな荒唐無稽な言い分を信用するのか。それは封書の内容と差出人の名前に理由があった。
差出人の名はウィリアム・J・カスティーユ。かつて神を冒涜し、禁忌とされた転移魔法の実験をおこない、国に多大な被害を及ぼした魔導師である。
封書には手紙が二通入っていた。一通はジゼルに渡して欲しいというファンレター。中身もいたって普通の内容だった。しかしもう一通が問題だった。彼が今魔界に滞在し魔界の住人と懇意にしていること、勇者不在の事実を知っていること、さらに魔界とこの国との取引を持ちかける内容だった。
”
私が今滞在しているのは、あなた方が魔界と呼ぶ場所にある一国、ヴァケロンという地です。この国の王はあなた方の住む世界と繋がる穴の存在を危険視しております。あの穴は魔界側が望んで開けたものではありません。もちろんあなた方にとってもあの穴が望まれたものでないことは承知しております。あれはこの国にとっても脅威であり、あなた方が合意してくだされば穴を塞ぐ手段を一緒に探すことも考えるとのことです。
しかし、王はまた、そちらで魔界が一方的に侵略をおこなっているかのような扱いがされていることについて憤慨しておられます。「魔界」という呼称や侵略者であるという扱いを訂正することを協力の条件として提示しています。
加えて、広報誌によれば「勇者」が魔界において行方不明であることを未だ発表していない様子。「勇者」が行方不明であることの公表と同時に「勇者」制度の撤廃、および事実の説明を求めます。
"
手紙に目を通した王が苛立つ。
「勝手なことを…!こんなもの、受け入れられるものかっ!!」
今現在、ポペルという国の財政は「勇者」制度および魔界と繋がる「穴」の存在によって助けられているところが大きい。今代の「勇者」の人気の高さや、「穴」があることによるポペルという国の"人間界の防衛線"という立ち位置により他国から支援金などを集めている状態だ。
50年前に先代の王が死んだとき、この国はひどい有様だった。魔界を恐れるがあまり、「穴」のある地域を侵略し自国で管理しようと企む隣国があった。魔物に襲われることを危惧してキャラバンも国営/民営を問わず入国を避け、貿易はほぼ行われていなかった。
そんな絶望的な状況から一転、今の姿までこの国を立て直したのが現国王だ。それもこれも、魔界という存在を分かりやすく人類悪とし、それを討つための存在「勇者」という仕組みが世界に認められたからだ。
魔界に対する国の動きを明らかにすることで、制圧するために攻めてこようという国の動きは徐々に萎縮していった。「勇者」を敵に回すことで自国が悪であるという風評を避けるためだ。
また、国の南部が安全であることを保証し貿易も再開できた。商人に国内向け広報誌を渡すことで「勇者」の仕組みを広く知らせた。
ここで「勇者」制度を撤回することは現国王にとってこれまでの取り組みが水泡に帰すも同然に思えた。憤るのも致し方ない。
さらに手紙にはどうしても承服しかねる記述があった。
"
さて、穴を塞ぐ手立てを協力して模索しようという提案ですが、先んじてこちらから穴に関する情報を提供させていただきます。これに納得頂けなければ恐らく協力は困難でしょう。
あの穴は転移魔法であり、あなた方の住む世界と我々の住む世界とは別の星であるというのがこちら側の正式見解です。また、こちらの世界では天ではなく地が動いているというのが通説です。
地が動いているとの私の論説を神への冒涜とし処刑しようとしたあなた方にこの話を聞き入れていただくのは正直なところ難しいかとは思いましたが、考えを改めて頂けるようであれば是非ご協力ください。
"
結局、王はこの手紙に返事を書くことはなかった。手紙の差出人への嫌悪感、自分のこれまでの行いや考え方が否定されたという思いから、無視することを選んだ。
ことによると、この時王の抱いた感情は魔界に対する明確な敵意だったかもしれない。
「私は正しいことをした。現に国は再興した。地が動くことがあるか。天が動くのだ。」
この日を境に、自分に言い聞かせるよう王がつぶやく声を耳にする者が増えた。
翌日、手紙の一通はジゼルに届けられた。
そしてさらに翌日、そのジゼルが行方不明になったという知らせが届いた。
ただのファンレターと思い手紙を渡したのがまずかったのか。まさかあの紙には宮廷魔導師さえ見抜けない何らかの仕掛けがあったのか。なんにせよ彼の後任を探すことは難しいだろう。これで日誌の続きを書くことは困難になってしまった。恐らく国民も勇者に関する違和感に薄々気づいているはずだ。この流れはまずい。どうすればいい。行方不明を公表すれば混乱は免れまい。まだ次の勇者と呼べるほどの強者は育っていない。王の頭の中で様々な不安や考えが巡る。
「なんてことだ...。」
急にぐるぐると目の前の世界が回り、王はそのまま三日三晩寝込んだ。
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