第2話 冒険者たち

 この国、ポペルには他の国にはない職業「冒険者」がある。彼らは魔物や魔獣に支配された土地を取り返すために国に雇われている、兵士見習いのような者たちだ。成果を挙げることで城直属の兵士に採用されることもある。この世界にまだ未開の地があった頃の制度を復活させたらしい。


 「勇者」は50年ほどまえに制定された比較的新しい制度だ。諸外国からの守りと魔界からの侵攻とに疲弊しきった国になんとか活気を取り戻すべく打ち出したいくつかの施策のうちの一つだったが、それまでただ恐怖や不安で怯えていた国民の心には勇者の活躍はとても響いた。

 勇者は冒険者から選ばれるということもあり、自殺志願者と揶揄され忌避された冒険者という職も今では夢のある仕事の1つだ。


 勇者の活躍は広報誌によって国民のほぼすべての目に触れている。ここ、ポペル城下町の酒場"ヘイタール"にも広報誌は置かれている。

 それによれば、半年ほど前に一度死亡説も噂された勇者は今も魔界で快進撃を続けている。俺は店主という立場柄この店に集まる冒険者たちの会話が耳に入ってくるが、勇者の復活には疑問の声が多い。


「お前、勇者どう思う?」

 カウンター席で広報誌をめくりながら酒を飲んでいた男が隣の男に訊ねる。こいつはドニー。毎週やってきては広報誌を肴に酒を飲んでいる。常連ではあるが一番安い酒しか頼まないのであまり金にならないやつだ。しかし今のウチの常連の大半はこいつが連れてきた客なので邪険にはできない。

「俺は…やっぱり半年前に死んでると思う。」

 そう低いトーンで答えたのはミゲル。確か以前に勇者のファンを公言していた若いやつだ。彼は酒の入ったグラスを寂しそうに見つめながら続ける。

「だってさ、半年前の1ヶ月の沈黙期間のあとからは日誌の内容が変わってきてるじゃないか。少し作り話っぽくて苦手なんだ。」

 もともと好きだったものだけに変化に敏感らしい。以前の彼は、勇者の実績を見るたびに「すげえ」「俺もいつか」とキラキラと目を輝かせながら子供のように語っていた。

「まぁな。でも俺は最近の方が好きだな。ワクワクするっていうか。それにほら、これって魔法具の映像からの書き起こしなんだろ?記録係が変わっただけかもしれないぜ。」

 彼らのいう通り、最近の日誌は読み物としてはとても面白いのだが、それ故に作られた物語のような非現実的な部分がある。もともと脚色してある部分はあったのだろうが、最近はそれが顕著に思える。


「おう、お前ら勇者の話か?」

 二人の背後から体格のいい男が話に入ってきた。見事な逆三角形の体つきをした髭の男。身長も高く威圧感のある風貌だ。

「グースじゃねぇか!久しぶりだな!お前は勇者生きてると思うか?」

 ドニーが席を動いて自分とミゲルの間に座るよう促すと、グースはそこにドスンと座る。あまりに勢いよく座るので椅子が壊れやしないか不安になる。

「俺も死んでると思うぜ。ちょっと前から国が冒険者に声かけて集めてしごいてるって話じゃねぇか。この頃はやけにその特訓への参加を推している。俺には死んだ勇者の代わりを育てるために焦ってると思えて仕方ない。一度様子見に参加したが、指導してるのが元勇者の仲間って噂もある。すごい手練れだった。」

 筋力でなんでも解決しそうな見た目をしてはいるが、戦闘時には防御重視の司令塔というだけあってきちんと考える頭も持っている。グースの率いている一団は冒険者の中では少しは名の知れた腕利きの集まりだ。その彼が手練れというのなら相当なのだろう。

「それに、商人をやってる知り合いに聞いたんだ。勇者死亡説のあたりから国の消耗品の発注が急に減ったんだと。まだ冒険してるにしてはおかしくねぇか?」

 両隣に座る二人は納得の相槌をうつ。

「なるほど、特訓はそういう見方もあるのか。勇者が好調だから国がようやく魔界侵攻に本腰いれたのかと思ってたぜ。でも商人筋の話も一緒に聞かされるとたしかに考えちまうな…。」

 もっともらしい情報を聞き、さっきまで生存派だったドニーの声が少し沈んだ。そして酒を一口飲むと、ふと遠い目をして語り出した。

「俺さ、勇者と模擬戦したことあるんだぜ…手も足もでなかったんだけどな。もしアイツがもう死んでて、魔界がアイツでも無理な場所なら俺にはもう無理だな…。あいつには到底追いつけないってあの時に思っちまったんだ。今更特訓って言われてもな…。もう歳だしさ。若い奴らに期待するしかねーや。」

 ドニーは三人の中で年長者なこともあり、特訓参加には後ろ向きなようだ。ドニーの実力もよくわかっている二人は、何と言葉をかけていいかわからず黙ってしまう。さっきまで元気だった彼がしぼんでしまい、気まずい沈黙が訪れる。

 少しして、ミゲルは静かに決心をしたように酒を一気に飲み干し語り出した。

「俺、特訓に参加してみようかな。こんな俺でも少しでも強くなれるならやってみたい。勇者一人じゃ駄目だったかもしれないし、俺は勇者ほど強くなれなくても、誰かの力になれるなら頑張ってみたい。」

「プッ…ハハハ!若いな、おい!」

 聞いていてむず痒くなるような発言に思わず噴き出してしまったドニーが冷やかすと、ミゲルと、なぜかグースも顔を赤くしていた。


 俺も商売人のネットワークで勇者関連の話は聞いているが、冒険者たちも勇者不在をなんとなく察知してきている。こいつらだけじゃなく、他の冒険者もそれぞれの情報網で今の勇者の存在に対して違和感をおぼえているようだ。

 それでも彼らは毎度広報誌を手に取り日誌に目を通す。嘘と分かっていても希望に縋りたいのか、それとも信じたくない気持ちからか。


 日誌に最後まで目を通したドニーは酒を飲み干して悔しそうに声を漏らす。

「クゥーッ!今週も良いところで引っ張るなぁ!この日誌は!早く来週になってくれ!」

 ともあれこの日誌、読み物としての受けは上々のようだ。

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