勇者はどこへ消えた?
泡盛もろみ
第1話 勇者の日誌
剣を振るい、魔法を使い、敵を倒す。
あるときは魔物に襲われた村を救い、あるときは森に巣食う魔物を退治する。
人々を守るため、世界に平和をもたらすため戦い続ける。
彼の勇敢な振る舞いや数々の武勇伝は国民の不安を払い、希望の光で照らしてくれる。
それがこの国の「勇者」だ。
「勇者」とは、国から認められた選ばれし冒険者である。
原則同時期に一人しか存在せず、死ねば次の「勇者」が選ばれる。
「勇者」には国から地位と特権が与えられるが、代わりに義務も負うことになる。
貴族以上の地位が与えられ、宿や食事、装備や消耗品の費用は国が負担してくれる。共に冒険する仲間も優秀な人材を斡旋してもらえる。
しかし、その代わりに彼の行動の逐一は魔法具を通して監視、記録されることになる。
その記録した内容は日誌として書き起こされ、定期的に国民に配布されている。
つまり「勇者」とは、国の魔界対策の成果を宣伝するための広告塔のようなものなのである。
国民はその日誌を読み安心を得て、国はその活躍を誇るのだ。
実際、「勇者」のファンは国内外問わず多くいる。
特に今代の「勇者」は平民出で顔がよく、人気が高い。
これまで興味のなかった低身分層からの支持も厚いため、彼に語らせれば世論を誤魔化すこともできる。
また、この国は魔界との繋がりのある唯一の国なので、それを理由に(脅しに)使い外交をすることもある。
「勇者」のファンが多いことは国益に繋がるのだ。
しかし困ったことに、その「勇者」は死んでしまった。
私は王の依頼で、死んだ「勇者」の日誌の続きを執筆している。
そう、ここ最近の彼の日誌 − 物語は正真正銘の作り物なのだ。
彼が死んだとされるのは約半年前。
魔界へ入って2ヶ月のことだった。過去の勇者達が魔界に入ってすぐに死んでいたことを考えればとてつもない偉業だ。
彼は魔物に囲まれた仲間を庇う為に囮になりそのまま消息を絶ったという。
監視のための魔法具は戦闘中に動作を止めてしまった。本人からの魔力供給が必須のため、緊急時にのみ止めることを許されていた。
おかげで捜索も難航、魔法具を通じての救援要請もないままひと月が経過し、彼は死んだと判断された。
先にも述べた通り、彼は歴代でも最大の支持を得ている。
彼が死んだことを公表すれば、これまで彼の活躍に支えられてきた民の心は不安に飲み込まれてしまう。そう危惧した王は、新たな強者の育成に力をいれ、次の「勇者」を決めるまでの時間稼ぎとして私に日誌の代筆を依頼してきた。
この半年の間に彼は存在しないだろう魔物を何匹倒しただろうか。次はどんな場所でどんな魔物と出会うことにしようか。名前は何がいいだろう。
この仕事、「勇者」が格好良く活躍しさえすればどんなことを書いてもいい。魔界なんて人々には未知の領域、「勇者」だって生き残れないほどの場所。誰にも確かめようもない。魔物にでも読まれなければ嘘もバレまい。
自由に書けて報酬も出る。私がこんな美味しい仕事にありつけたのも彼のおかげだ。
最近少しやりすぎたのか、「盛りすぎ」だの「嘘つき」だのと笑う輩も出てきたが、それと同時にファンレターも届くようになってきた。
人々もそろそろ気づき始めているのだろうか。
しかし大臣によれば代筆を始めてから広報誌の捌け方は更に好調で、国の空気も明るくなってきたらしい。
プロパガンダとしては大成功だ。
ドンドンドン!
「ジゼル先生!いらっしゃいますか!」
どうやら今日も原稿を受け取りに城から伝達係がやってきたようだ。
いつになく戸を叩く音がうるさい気がする。
「やぁ、ご苦労さま。できてるよ。」
そう戸を開けて原稿を渡そうとした私を、伝達係は家の中へ強く押し込めてすぐに戸を締めた。
そして青ざめた顔で小声で告げた。
「先生に魔界からファンレターが届いています」
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