第4話 異端者 - 1
田舎の平民の家に生まれて、貧乏だから馬鹿にされて、見返すために強くなった。
貧乏が嫌で、家が嫌いで、でも家族が嫌いになりきれなくて、もやもやした気持ちを剣と魔法にぶつけていた。
強くなるほどに持て囃され、勇者として選ばれて偉くなったような気がした。
実際、権力は与えられていたけれど、俺は頭が悪いから、権力で何をしたらいいかもわからなかった。
念願の勇者になってからの生活は、考えていたものとは全く違う息苦しいものだった。
寝るとき以外は、用を足す時すらも監視用の魔法具ですべての行動が国に伝わっていた。寝ているときさえ毎晩交代で見張りがついていた。(これは今思えば監視ではなく護衛だったのかもしれない。)
もともと友人がいなかったので、仲間選びはすべて国に任せてしまった。そのせいか腕は信用できても精神的にまで頼ることができなかった。どれだけ仲間が増えても孤独な気がした。
誰にも馬鹿にされないように自由に生きたくて求めた力で、手に入ったのは不自由だった。
だから仲間の一人が不用意に隊列を離れて魔物に囲まれた時、これはチャンスだと思った。
仲間は確かに腕はたつが、魔物と一対一で戦うことは避けていた。安全な勝ちにこだわっていた。それは魔界にきてからやたらと顕著に見て取れた。これまで魔界への遠征は失敗が続いているので慎重になるのはわかるが、俺にはそれももどかしかった。そんな彼らがこの多数の魔物相手に一歩を踏み出せるはずもなく、皆尻込みしていた。
いつも起動していないと怒られる監視用の魔法具は、ピンチの時には止めていいと言われていた。なるべく自然に、馬鹿みたいにいつも通りに一人で敵に突っ込んで、囮になって引きつけた。魔物がうまく付いてきているのを確認して、魔法具への魔力供給をやめ、なるべく遠くを目指して走り出した。
勇者をするのに疲れて、逃げ出すことにしたんだ。
もちろん行き先に当てはなかった。こっちにきて二ヶ月経過しても、物資補給の都合であまり遠くまで探索できていなかった。どうせなら誰も追いかけてこれないような遠くまで行きたい。そう思って全てを捨てて逃げ出して、そろそろ半年が経過しただろうか。
どれだけ走ったかわからない先で湖を見つけた俺は、その付近に寝ぐらを作って暮らしている。いつ魔物がくるかわからない緊張感はあるが、久しぶりの自由な生活だ。
食料は魔物。獣のような奴は焼けば食えることは国を出る前に確認してあった。今日も大きめのを一匹捕まえた。一人で食えば2,3日は持つ。
血抜きしておいた魔物の皮を剥ぎ、内臓を取り出したところで背後から足音が近づいてきた。
「勇者さん、今日もご相伴にあずかってもよいでしょうか」
彼の名はウィル。人間だ。名前以外の詳しいことはほとんど知らない。ここについてすぐ湖の水を飲んで腹を下した俺を助けてくれたので悪い奴ではないと思っている。国にいた頃は川や湖の水なんかをよく飲んでいたものだが、こちらの世界では水はもちろん食べ物には気をつけねばならないと再認識した。
彼は、俺が腹痛で苦しんでいたとはいえ、全く気配を感じさせずに突然背後に現れた。手練れの暗殺者に毒を盛られたのかと構えたが、聞けば元は国の宮廷魔導師だったという。
未熟だった頃はまだしも、勇者と呼ばれるようになってから他者に背後を取られたことなどなかったので、魔導師にそんな芸当ができるのかと驚いたものだ。どんな手段を用いたのか聞いてみたいが、彼も俺と同じように逃げ出したい何かがあってここにいるのかと思うと迂闊に質問を投げかけることは憚られた。俺にも教えたくない技の1つや2つはあるし、宮廷魔導師なんて立場を捨ててまでここにいる理由が俺にはすぐに思いつかなかったからだ。
「もちろんだ。俺もいつも世話になっているからな。肉でよければ食ってくれ。」
「ありがたいです。魔物と戦うのは少し怖いものでして。」
魔物と戦うのが怖いというような人が何故魔界にいるのか、いられるのか。そんな人間は普通こんな危険な場所に好んで来まい。普段はどこにいるのか。もしかして魔界での魔物遭遇頻度はこれでも普通以下なのだろうか。彼と話すたびに疑問は尽きないが今は流すことにする。
「今から焼くから、少し待ってもらえるか。火を起こさなければ。」
「薪さえ用意いただければ火は私が出しましょう。」
「ほんとうか、ありがたい。火起こしは時間がかかるのでな。」
彼の申し出はとてもありがたかった。俺も魔法は使える。しかし、俺たちの国で魔法と呼ばれているもののほとんどは身体強化に関するものだ。治癒や解毒も身体能力を向上させる魔法の一種と聞く。子供の時分には魔法といえば火や水を操るものを想像し憧れたものだが、そういった類のものは高等技術とされ使えるものは稀だった。自分の体の外も自分の体の一部として認識するとか何とか…と仲間だった魔導師に聞いた気がするが、難しくて理解できなかった。大多数の人はそこで挫折するらしい。治癒師の方が数が多いのも、他人の体の方が何も無い空気よりは想像が及んで操作がきくのだとか。
石で組んである簡単なかまどのようなものの中に、薪と着火剤になる枯葉を置く。時期柄この辺りの葉っぱは青々と茂っているので、何日も前に集めて枯らしておいた葉だ。彼がかまどに近づき右手人差し指を差し出すと、指先に小さな火が起きる。火はすぐに枯葉に燃え移り、やがて薪を燃やした。
彼に礼をいい、かまどの天面にあたる平たい石に肉を乗せる。調味料の類は持ち合わせていないので、いつも素材そのままの味だ。
「今日は塩をお持ちしましたよ。湖では塩は自給できませんからね。」
「重ね重ね世話になりっぱなしてすまない。」
「いえいえ、私もお肉をいただいている身ですから。ところで…。」
肉に塩を振ってくれた彼は、かまど付近に設置してある彼専用の特等石に腰掛けながら少し神妙な面持ちで話を切り出した。これまで見たことのないような顔と、慎重な口調に体が緊張する。愛用の剣が少し遠いところにあること、先ほどまで解体に使っていたナイフが手が届く位置にあることを瞬時に確認し、身構える。
「勇者さんにご紹介したい人がいるのです。」
そう彼が口にすると、先刻まで何もなかったはずの彼の背後に、男が立っていた。
勇者はどこへ消えた? 泡盛もろみ @hom2yant
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