通院のメモ

リズラで丸めた煙草の葉

風からさえぎるマッチの火

一口吸ったらため息フッ

背の低い塀で引っ掻いた頬


病院は鉄工所のそばにあるから、道は鉄さびの色に染まっている。あなたはいつも電柱や壁にぶつけて顔をけがするから、前をよく見て歩きなさい。玄関で靴を脱ぐのを忘れずに、ドアを開けたら締めなさい。ただし急に締めるとしばしば音もなく背後に立っている患者を傷つけることがあるから、ゆっくりとドアノブを引きなさい。待合室はいつも玉ねぎの味噌汁のような匂いがします。顔をしかめてはいけません。浅い呼吸を口で繰り返すのが時間をやり過ごすコツです。受付ではカードをとりなさい。カードをなくしても大丈夫。番号がわからなければ名前で呼ばれます。席はいっつもいっぱいでソファーに座れないかもしれません。階段脇に立つとよいでしょう。だるくても通路に寝転がってはいけません。診察までは一時間待ちます。暇つぶしのために、かばんにはなにか日本語の書かれたものを入れておきます。番号を呼ばれたらノックは不要です。医師には眠れないこと、性器が勃起しないこと、怒りに震えて動けないこと、それらを箇条書きのように話しなさい。診察は三分で終わります。薬ができるまでまた一時間待つことになるでしょう。暇つぶしのために、かばんにはクリップボードに挟んだ白い紙とペンを入れておきます。大声をだす男、臭い虫、花束を抱えた死体、いろんな恐ろしいものが出たり入ったりするかもしれません。二メートル以上距離をあけておけば、あなたに危害を加えることはありません。ただ受け流しなさい。会計は三千円あれば足りるでしょう。病院を出たら自動販売機の下に煙草のセットが一式隠してあります。向かいの公園で一服してもよいでしょう。

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