第6話 夕食会の噂

前回のお話し…


地下フロアで卒業生マナミを助けた男子A。彼女は金工に関わる工具室にいた。一方、コンビニまで行った買物部隊は、調理を要する材料しか買えず、吹雪の中を帰還する事になった。



ーーー第6話ーーーーーーーーーー


第3作業棟の正面入口が開き、吹雪が1階フロアの広間に入ってきた。


買物部隊が帰ってきたのだ。


第3作業棟で拍手が起こった。

地下フロアで救出にあたっていた男子Aらも一役終え、1階フロアで休憩していた。

リュック一杯に食料を持った隊員達は中央に集まり、荷物を置いてその場に倒れ込んだ。


ジャッカル副会長は皆に報告をした。

「みんな、聞いてください。コンビニには菓子パンやお弁当はなく、冷凍物やサラダを中心に買ってきた。調理が必要な為、文化祭時の屋台同様、舞台演出学部のパフォーマンスホールを使う。誰か2階にある文化祭倉庫から調理器具と紙皿、割り箸を持ってきて。それと荷物を運ぶのを手伝ってくれる?」


冷え切った彼らを、近くにいた学生達が支えた。

男子Aも駆けつけて副会長のリュックを預かって報告した。

「とうとう全階が停電しましたよ。今、灯油ストーブとガスストーブを地下から取り出して、燃料を入れています」

「それは朗報だね。ありがたい。外は予報より早く吹雪になって危険だった…」


一同がパフォーマンスホールへ移動を始めた。普段、パフォーマンスホールは舞台演出学部がコンテンポラリーダンスやエチュードで使用しており、真っ暗な扇型の段々客席に、天井が横長長方形に開放された円形舞台があった。自然を意識した舞台で、あえて雨や風を室内に通す構造だった。

文化祭の時には調理や火を扱う行為が、この天井の開いた舞台上だけ許可されていたのだ。


今夜も文化祭のように、舞台上に文化祭用のガスコンロや調理器具を並べた。天井の横長開放口から降り積もった雪が、調理する学生達の背後に山を成し、皆が連なる一枚のびょうぶ絵に見えた。


「使える鍋とプレートは、アルコール除菌と加熱消毒が終わりました。調理できる健康な人は手の消毒とマスク着用を。火の元に気をつけて料理しょう!」


2つのフライパンには冷凍炒飯や、オイルが少ない冷凍炊き込みご飯が何袋分も入れられ、ガスコンロの火の上で炒められた。さらにツナ缶や鳥缶を混ぜて、凍った米をほぐした。


シュウマイ、餃子に冷凍春巻きを、プレート上で焼いていく。


サラダは胃が弱い者やベジタリアンの為に皿に分けられた。

また鍋で沸かした湯でインスタント麺や味噌汁など、スープ類も作った。


気づけば、積もった舞台の雪山は、雪解け水を舞台裏に続く排水口へと流し始めていた。


冷気を招き入れつつストーブを焚き、好きな場所に座り暖をとりあいながら、皆が紙皿に分けた食料を膝に乗せた。


「では…今夜の我々に」


かんぱーい! と、暖かい飲み物を入れた紙コップをかかげて、夜食会が始まった。

笑い声や、手を叩く音。

嬉しそうに微笑み合う生徒たちが、ランプや懐中電灯の灯りに輝いた。


男女A2名は肩を並べて、縫い途中のキャンバスの上に座り、少し離れた場所で皆を眺めて食事した。


「私に会いたかった?」

「一人でも賑やかだったよ」

「何してたの?」


「地下フロアに野犬が一頭入り込んだんだよ。取り残された人がいたから助けに行った。犬に追われたけど、どうにか逃げ切れたよ」


「勇敢だこと」

「お前もだろう。夕飯ありがとう」

「どういたしまして。それで、無事に助けられたの?」


男子Aは、副会長を囲って夕食をとる集団を指さした。そこにはカツヤさんとマナミの姿があった。


「カツヤさんと、その隣にいる女性を助けた。あの女性が、3階通路から見た女性だ。マナミさんって呼ばれてる」


「へー。綺麗な人だね」


「ここの卒業生だそうだ。さっき聞いた話じゃ、夕方カツヤさんのところに来て、地下フロアのB4倉庫を案内してもらっていた。B4倉庫は元々彼女のサークル活動室だったらしいけど、もう改装されてる」


女子Aは目を光らせて彼を見た。


「まさかサークルって!」


「フランケンシュタインだったよ。彼女がその最後の部長だ。彼女を知っていたカツヤさんが教えてくれたんだ」


「彼女が来た理由は?」


「忘れ物を思い出して来た…。としか聞いてないんだって」


「じゃあ、不思議なアトリエはB4倉庫の事だったのね!?」


「でもあそこは棚に器具が置かれているだけの空間だ」


「私も副会長から話を聞けた。あの不思議なアトリエは存在していて、マシンもあったらしいの。でも廃部理由は『部員の男女2名の決闘』らしい。廃部直後、いつの間にか機材類は片づけられていた」


「決闘って…」


「私たちみたいな事でしょうね。何が起きて何を探しに来たのか、聞いてみましょうよ」


「関わらなくていい」


男子Aが炒飯を頬張った。


「私は気になるの」


「俺たちが喧嘩してる理由を探られるようなものだ」


「私は停電に関わる事を知りたい」


「その停電が決闘に関わっていたら? 今日はこのままでいいじゃないか。普段からこの時間まで制作している連中の多くは、飲み会やクラブへ遊びに行くような連中じゃない。必死に独走してる。でも今夜は少し特別な夜になったんだ」


「普段から飲み会に行ける私は停電の理由の方が気になるし、サークルで何があったのかも知りたいの」


「もう、アホだなぁ」


「また私と喧嘩する気?」


「そもそも、明日までにキャンバスを縫い合わせることが最優先だったよな? 二人で決めた事だろう?」


「そうだけど…」


「今夜は徹夜だな」


彼がそう言うと、女子Aは胸元から紙袋に包んだ焼き鳥串を取り出した。

「忘れてた。焼き鳥が欲しかったんでしょう?」

「買ってきてくれたんだ」

「おごり。あとビール」

と、彼女はジャンバーのポケットから大サイズの缶ビールを1缶と、ストローを2本取り出した。


「2缶は買えなかった。ポケットに入らなくて。カバンに入れちゃうと他の人に取られちゃうからさ」


彼女は缶ビールを開けるとストローを2本挿した。


「一緒に飲みましょうよ」

「分かった」


酔いが回り始めた二人は、肩をぶつけて焼き鳥に噛み付いていた。

「焼き鳥、暖かいでしょう?」

「電子レンジを借りたのか?」

「私のおっぱいで直に温めたの」


ゴホッ! と、男子Aがむせると、彼女は子供のように笑った。


「暖かすぎ」

「冷たい女じゃないってよく分かったでしょう?」

「前から分かってたよ。ありがとう…」


「……ねぇ、やっぱり決闘って本当なのかな」

「まだ考えてるのか?」

「喧嘩するほど仲がいいんじゃないの?」


男子Aは皿を空にし、キャンバスを縫い始めた。


「決闘の意味は二通りあると思う。一つは喧嘩による決闘。もう一つは抱き合う『決闘』」


「え?」


彼女は空にした皿を見つめた。


「つまり『男女の決闘』って…」


「あくまで俺の推測だけど。ウチの自治会は評判を落とす様な事を対処する時、いつもオブラートに包んで記録してる」


彼女はため息をつくと、同じく彼の隣でキャンバスを縫い始めた。


「あなたはどっちだと思う? 『男女が抱き合う決闘』だったと思う?」


「そうだと思う」


「即答ね」


「お前もそう思うだろう?」


「そう言われてみれば、そうだとしか思えなくなっちゃった」


二人がそんな話をしている目の前に、マナミがやってきた。

不覚を突かれたように、二人は驚いた。

「ああ、マナミさん」

と、男子Aが手を止めて彼女を見た。


「お邪魔だったかしら」

「いえ。どうしましたか?」

「さっきはありがとう」

「いえ。みんな無事でよかったです」

彼の色気を使った横顔に気づいた女子Aが、さり気なく肘でどついた。


「せっかく助けてもらったんだけど、実はどうしても地下フロアに戻りたいの」


「フランケンシュタインですか!?」と、突然女子Aが尋ねた。

「おい!」

「停電に何か関係が?」


彼女の小声の問いかけで、マナミは微笑んで座った。


「そう。フランケンシュタインにいた。知ってるんだ」


「私は今日初めて知ったんですけどね…」

「どうして地下に戻るんですか?」


マナミは静かに答えた。

「今はこうして停電の中にいるけど、この停電は、とんでもない事を引き起こす準備かもしれないの…」


「準備かもしれない、って?」




ーーー次回(予告)ーーーーーーーー


マナミは、停電が起きることを知っていたと語る。そしてこれは元男子部員の時限装置だと説明する。

謎を解くため、マシンを探すマナミに協力することになった男女A2名。二人は閉館した図書館で情報を探るが…

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