第7話 建築の噂


前回のお話し…


買物部隊が帰還し、夜食会が始まった。居残り生徒たちの思わぬ休息になった。そんな中、マナミが地下に戻りたいと言い始めた。この停電が、とんでもない事を始める準備の過程だと…。




ーーー第8話ーーーーーーーーーー


男女A2名はマナミの話を聞いていた。

「とんでもない事って、何ですか?」


「ここだけの話にしてくれる?」


「「はい」」

と、二人が同時に返した。

マナミは二人に近づき、ヒソヒソと話した。


「どこまで知ってるか分からないけど、フランケンシュタインではデジタル機器で絵を描く実験をしていたの。でもサークル内で派閥が起きた。機械に書かせるためには人為的にプログラムしなくてはいけない。だとすると、作者は機械じゃない、って議論」


「書き込んだプログラムや機械自体が人の作品になうる」

と男子Aが言うと、マナミはうなずいた。


「…君と同じ結論を出した男子がいたの。彼は大きなマシンを作って、絵を描くプログラムを書き込むのではなく、絵を描きたくなる衝動プログラムを書き込んだ。それは環境条件に従って起動する仕掛けらしいの」


「なんか…ターミネーター みたいな!?」

女子Aは混乱していた。


「違うぞ。人工知能じゃないだろう」

「人工無能よ。開発した彼はそのマシンを『ケイイチ』って、自分の名前をつけた」


「どんな作品を作るマシンですか?」


「実は…分からないの。彼は私たちに準備の過程を見せてくれたけど、結果が出る前に解散になった」


「男女が…決闘して解散になったんですか?」


男子Aが恐る恐る聞いた女子Aを睨んだ。


「色々あって解散したの。みんな仲は悪かったわ」


「なるほど…」

「それで、そのプログラムが今日発動したという事ですか?」


「彼が死んだの。その直前に起動された」


二人は口をぽかんと開けた。


「…ちょうど1週間前、彼はマンションから飛び降りた。話せるまで復活したけど、昨日亡くなったの。私は、見舞いで病院に行った時『そろそろだ』って、マシンの事を聞かされた。停電が合図ってことも。何が起きるかはお楽しみだって。怖いわ。彼は凡人じゃないから」


「マシンが電力を奪っているって事ですか…」

「マシンって、大きいですか?」


「とても大きかった記憶があるけど、地下の倉庫には入るくらいだった。まるでニコラ・テスラが作りそうな機械なの。でもこの停電がいつまで続くか分からないし、古い機械だから、事故も起きるかも、って不安なの」


「でも、既に地下から撤去されてるのでは? それに、あそこには野犬がまだいる。現状、探せるかは分からない」


男子Aがそう言うと、女子Aはハッとした。


「アオシバ タケノブって建築家が第3作業棟を設計した。彼の本が図書館にあるらしいの。ここの事も書いてあるかも。…もう閉館してるけど」


「俺は入り方を知ってる」


男子Aはそう言って二人を見ると、マナミが首を振った。

「侵入するの? 私は卒業生だからバレたらマズイ」


「私達が調べに行く。ね?あなた?」



二人はキャンバスを抱えながら構内の外廊下を歩いた。屋根があるため直に降り注ぐ雪には当たらずとも、冷気は皮膚を麻痺させた。


「本当に入れるの?」

「夜間読書会を知らないのか?」

「なにそれ?」

「閉館後、明け方まで監視の守衛さんと館長を中心に、不眠症で読書好きの学生が集まるんだ。その為に館内の一部が開放されている」

「じゃあ閉館なんてしないのね!?」

「いや、非公式の集まりだ。館長に許可を得ないと参加できない」


裏口扉は外にあったが、すでに積もった雪が除雪された跡があった。

二人は吹雪の中、キャンバスを傘にしながら裏口にたどり着いた。鍵は開いていた。


身を低くして中に入ると、蝋燭のような灯りを灯すランプの光が見えていた。

女子Aは小声で伝えた。

「おすすめコーナーに本があるらしいよ」


それは図書館入り口の本棚だった。席の端の方では、ランプを灯し、机に向かい読書する集まりが見えた。

二人はアオシバ タケノブの本を手に、離れた場所の床で本を開いた。

スマホの画面で文字を照らし、目次を見た。

「寒いよ」

床は絨毯だが、冷気は外と変わらない。男子Aはキャンバスを自分と彼女に布団のようにかけた。

「これで我慢。寝るなよ」


二人はなるべく声を出さず、ジェスチャーでやりとりした。目次には、『教育機関の建築』があった。


216ページ

読むにつれて、このページはあまり関係ないことがわかった。美大の名前はどこにも無い。戦後の小学校について書いてあるだけだった。


147ページ

ここは自身が手がけた建築の写真が載せられていた。

公民館、都内小学校、教会…

大学の写真はなかった。


89ページ

新たな建築デザインの発想力について設計図などが書いてあるが、そこにも大学のことは触れられていなかった。


二人はウトウトと首をふらつかせた。お互いに眠そうな顔を見合った。

男子Aは力の抜けた指で最後のページを開き、あとがきを読んだ。

「…あ、あった」

その一言で彼女が目を覚ました。

あとがきにはこう書いてある。


273ページ あとがき

『さて、ここまでお読みいただきありがとうございます。この本は八王子美大のご支援のもと書かせていただきました。この美大には、私が最も悩んだ建築を担当した場所があります。あえて、あとがきでご紹介するのは、美大生諸君が制作に励み、その過程でこの本に巡り合えた時、最後にメッセージを送りたかったからです。美大生には、居場所が必要です。真面目に向き合う学生は、一人で悩むことが多いでしょう。私も八王子美大の第3作業棟をデザインした時、孤独でした。他の棟は他の建築家がデザインしており、スタッフも応援も沢山ありました。久々の大型企画なのには私は自信を失っていきました。学生さんが安心できて、美しくて機能的な環境を作れるだろうか…。その時、私は数年前から縛り無く構想を練っていた、迷路の様な3角柱の建物を思い出しました。しかし数年間完成しなかった設計図でしたし、あと一口加えたい、という惜しいところでつまづいていたデザインでした。そこで、私は構図を崩さず、上下逆さまにしたのです』


二人は顔を見合わせて、さらに読み続けた。


『つまり、1階フロアの広間は天井として。天井は広間として設計し直したのです。1階フロア広間に用意した中央モニュメントは、そのまま天井窓のデザインとなったのです。それだけではありません。地下へと続く階段も、実は天井に残してあります。逆さまにすることによって、積み重ねてきた固定観念が消えました。そして建築完成後、学生たちが自ら居場所を作り始め、設計図を数年間見つめていた私も迷うほど、独特な迷路ができていたのです。それでも、居場所がない、と感じる学生はいるでしょう。私はお伝えしたい。居場所をデザインする。それも作家の仕事なのです。発見しに行くのは探検家か冒険家なのです。彼らにはコンパスや獣道がある。しかし作家は、真白な星を思考という杖で旅するのです。才能や技術、勉強だけでは生きていけない星です。でも、どうか自信を持って旅に出てください。美大はあなたのコンパスです。どうかあなたに、幸せな思い出ができますように…』


本の裏表紙が閉じられた。

「あの第3作業棟は天井が元々床だった訳だ」


「つまり…ケイイチが言う地下って、屋上のこと?」


「うん。彼もこの本を読んだのかもしれない。何かを仕掛けるために、あの建物について研究したはずだ」


「確かめる方法はひとつね」



二人は本を戻すと、夜間読書会にバレないように裏口へと進んだ。

途中、女子Aは本棚から夜間読書会を覗き込んだ。


10人くらいの会員が、机に本を広げたまま動かない。ほとんどが、同じ姿勢で寝ている様だった。

男子Aが彼女の袖を優しく引っ張り、裏口へと連れて行った。



ーーー次回(予定)ーーーーーーーー


マナミとカツヤさんを連れて屋上に行くことになった男女A2名。ケイイチが仕掛けたマシンを探す。そして、ケイイチの最後の作家活動が、皆の目の前で始動する…。

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