第5話 英雄たちの噂

前回のお話し…


コンビニまで買い出しに向かった女子Aは、今までの噂が全て事実だと副会長から聞かされる。そして大学の作業棟3階を建てた建築家の名前を教わった。一方、男子Aは地下に入り込んだ野犬を避けつつ、連絡の取れない4名を救出する事になった…




ーーー第5話ーーーーーーーーーー


「こちら地下フロア西部。廊下に噛み殺されたネズミの死骸を見つけた。野犬がいるかも…」


「〈了解。奥の方には工芸管理室がある。そこに機材管理部のカツヤさんがいると思う。気をつけて〉」


「分かった。行ってみる」


地下フロア西側の真っ暗な廊下に来た男子A。トランシーバーの通信音が響いた。

スマホのライトは、半分食べられたネズミの死骸を照らしていた。殺されて間もない。


男子Aは廊下の奥へ呼びかけた。

「誰かいますかー」

「…はーい!」


奥からしゃがれた声がした。

「カツヤさん!?」

「そうそう!」

男子Aのスマホのライトに照らされて、眼鏡をかけた小柄な老人が現れた。機材管理部の職員、カツヤさんだ。


彼は笑顔を浮かべ、男子Aの肩を叩いた。

「良かったー! 携帯電話を上の階に忘れちゃってさー。ホント、真っ暗でどこ歩いてるか分からなくなってさ」


「怪我はしていませんか?」


「大丈夫。それにしてもここは随分長いこと停電してるねー」


「ここまで真っ暗になるなんて思ってなかったです」


「そりゃ非常用の照明も消えちゃったんだよ!? これはただの停電じゃないね。独立してる発電機すらちゃんと機能してないもん」


男子Aはトランシーバーを口元にかざし、小声で救出部隊に伝えた。

「こちら西部。カツヤさんを見つけたので、一度戻る」


「〈こちら1階フロア。了解した〉」


やりとりを聞いていたカツヤさんが、慌てた様子で男子Aの肩を叩いた。


「いや、ちょっと待った。あともう一人ここら辺にいるはずだ。女の子だよ。実はその子を探そうと思ってウロウロしてたんだ!」


「分かりました、探しましょう。でも野犬がいるようなので、奥まで行ってその子が見つからなかったら、一度上に戻りますよ」


男子Aは上階の仲間に連絡し、カツヤさんと奥の方へ静かに進んだ。


「また野犬が出たんだね?」

「この時期になると学生が少ないので、入りやすかったんでしょう」


二人が進む先には工具室があった。特に金工に関わる工具が保管されていた。

「あれ? 扉が開いてるぞ」

と、カツヤさんが眼鏡を持ち上げて見た。半開きの扉が、赤い光を怪しくもらしていた。


二人が開けると。

「あ!」と一人の女性が懐中電灯で赤い灯りを二人にあてた。


「あなたは?」と男子A。カツヤさんが目を細めて彼女を見た。

「あ、探してた彼女だよ彼女! 卒業生のマナミさん」


彼女は入り口に佇む二人の後ろを見ると、身を引いて、

「う、後ろ!」と声を震わせた。


二人がゆっくり振り返った先には、巨大な野犬が一頭、牙を剥けて唸っていた。

束の間、工具棚に隠れていたネズミが、マナミの足元を通り、更に二人の間を潜り抜けて廊下に飛び出した。そして壁に沿って逃げていくと、野犬が口を閉じ、無我夢中で追いかけて行った。


男子Aはすかさず扉を閉めた。通路からは獣が争う音が聞こえていた。


一同が息を殺していると、廊下の騒ぎはおさまっていた。


「とにかく地下を出ましょう」


男子Aを先頭に、廊下へ出た。

「一番近い出口は守衛さんが鍵を閉めてるかも。1階フロアの広間を目指して、来た道を戻ります」


廊下を戻って行くと、床にあったネズミの死骸がなくなり、血の帯だけが残されていた。


「さっきネズミの死骸があったんです。野犬が持って行ったんでしょう」


「これは掃除が大変だ。でもネズミの駆除に役立ってるじゃないか」


「私達の事もネズミだと思ってるでしょうね」

マナミがそういうと、背後から床を引っ掻く爪の音が聞こえてきた。


男子Aが振り向き、ライトを当てず、ケミカルライトを廊下の奥へ転がした。

巨大な犬の姿が薄っすらと浮かび上がり、血を吸った牙が微かに光った。

「走らないで…」と、言いながらさがっていく男子A。マナミは犬の目を見つめながら立ちつくしていた。

「マナミさん…! 目を合わせないで。逃げないと!」


瞬き一つしない野犬が、体を振って向かって来た…。




一方、最寄駅のコンビニには、学生お馴染みのオバチャン店員がいた。

「あら、いらっしゃい! どうしたの、こんな夜に!」


大学から来た買物部隊を見て、オバチャンは察しがついたのか、渋い顔をして首を横に振った。

「残念だなぁ。さっきお宅からバスで来た学生さん達がね、結構買って行っちゃったのよ」


「そりゃ困った…」

隊員率いるジャッカル副会長が店内を見回した。

パン類、おにぎりは棚に無かった。お弁当やお惣菜も二人分しかない、これは食に飢えた連中が殺し合いをしかねない…。


「とりあえず品を見ていきますよ」


「いつもありがとね。ウチは学生さんのおかげで成り立ってるからさぁ。品薄で悪いねぇ。もう客もあまり来ないだろうし、好きなようにして行って」


「いつもお世話になってるのはこっちですよ。明かりがついていてよかった」


ジャッカル副会長は隊員達を集めて説明した。

「お弁当などは、後で来る人の為にとっておく。またカップ麺、トイレ用の水はあるので、カップ麺以外の食料と、飲料水を買おう。君ら二人は飲み物を。残りは冷凍食品とサラダを中心に予算内で買い物を。他に必要な物があったら言って。個人的に欲しい物は自費で頼むよ」


早速、隊員達が店内に散った。

冷凍炒飯と冷凍餃子。

冷凍フルーツや冷凍鍋。

サラダに生ハム。

栄養ドリンクに缶詰類。

食料がカゴに積まれていく。明日の朝食や昼の分も考慮された分量だった。


これもこのコンビニに通う学生諸君の普段の行いと、現自治会経営部の予算組みが成した事だと言っても、過言ではない。


長い会計後、オバチャンが振る舞ってくれたホットコーヒーで身を温めた隊員達は、店の外を見て愕然とした。


「予報より早く吹雪になってる」

「やっぱり外れるんだよ!」

「『遊星からの物体〜』(映画)みたい。1メートル先も見えないよ!」


ジャッカル副会長が皆を見て指示した。

「誰かガムテープを持っていたろう? あれでリュックのショルダーに懐中電灯やスマホを貼り付けて両手を開けておいて。足元さえ照らせていればいいから」


各自が肩や脇にライトをつけると、ジャッカル副会長が列を見守れるよう、最後尾について店の扉を開けた。


「さぁ。帰ろう!」




ーーー次回(予定)ーーーーーーーー


今夜出逢った居残り・残業メンバーの夕食会が始まる。

男女A2名は停電の原因を推理しつつ、夕食を共にする。そして、マナミから思わぬ頼みをされるのだった…

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