第4話 男女決闘の噂
前回のお話しは…
山中に佇む停電中の美大。学生達のサバイバルが始まった。
雪が積もる夜、野犬の群れが構内に侵入。自治会副会長を先頭に、女子A達は駅のコンビニへ向かうことになった。
一方、男子A達は停電で不安定な第3作業棟の中で待つことになった。
ーーー第4話ーーーーーーーーーーーーーー
男子Aは消毒していたキャンバス布をとりに行った。
消毒作業台は第3作業棟1階の、フェンスに囲まれた裏庭にあった。
暗い通路を抜け裏庭に出ると、一気に緊張がはしった。
フェンスに沿って野犬達が集まっていたのだ。頭を沈め、寝ているようだった。
不気味な静けさの中、彼はバケツに水道水を入れ、キャンバス布の表面を綺麗に流し始めた。束の間、野犬達が起き上がっているのを視界の外で感じる。真っ白な闇の中、漆黒の影が動き始めたのだ。
彼はキャンバス布をそっと台から引きずり下ろすと、一頭の野犬が吠え始めた。
それに続いて次々と野犬達が吠え始め、蒸気を放った。
彼は室内に駆け戻った。フロアに来ると、学生達が集まっていた。地下に通じる階段の入り口には、食堂から持って来た椅子でバリケードができていた。
「おい、大変だ。ペンキ室から野犬の一頭が地下に潜り込んだぞ」
男子Aは絵画専攻の6人に呼び止められた。
「裏庭のテキスタイル専攻の作業場は、群れに囲まれていた」と彼が言うと、他の生徒が頷いた。
「やっぱり裏に集まっているか。奴ら、地下に入り込んだ一頭を待ってるのかな」
「地下にはまだ生徒がいるの。でも停電で真っ暗だし、スマホは圏外でWi-Fi切れてるから連絡が取れなくなったんだ。今ここにいる絵画専攻の7人で助けに行かない?」
男子Aは考えた。
「…そうだな。誰がいるんだ?」
「女子一人と、リア充(カップル)が1組。あと機材管理部のカツヤさんがいるかも」
「機材管理部のカツヤさんって、職員の方じゃない!」
「ますます助けに行かなかきゃな」
男子Aはキャンバス布を螺旋通路の塀にかけて干すと、バリケード前にテーブルを運んできた。
「誰か手伝ってくれ。君は自治会に頼んで文化祭で使っていたトランシーバーを持ってきて。今から救出部隊を組んで4名をここに連れ戻す」
他の生徒が地下のフロアマップとケミカルライト、トランシーバー、更に2人分の懐中電灯を持って来た。
テーブルにマップを広げて作戦会議が始まった。
男子Aは地下マップを眺めて皆に言った。
「まず各自トランシーバーを持つ。一名はここに残り、出てきた人を誘導するとか、いざって時に外から情報共有してほしい。残り6名は地下に入り、隠れてるかもしれない人達を探して連れ出す。懐中電灯は、今スマホのバッテリーが少ない人が優先で使おう。あとはスマホのライトと、このケミカルライトで対応だ」
「野犬に遭遇した時はどうする?」
「危害を加えるのは避けたい。もし遭遇して襲われそうになった場合、絶対に焦らないこと。こっちがパニックになると向こうもパニックになる。だから闘おうとするな。どこかに隠れろ」
「じゃあとりあえずどこを散策するかマップで決めていこう」
その頃、八王子の雪は強まっていた。最寄駅は、大学から徒歩20分以上。雪が積もっていれば更にかかる。
学生自治会の通称ジャッカル副会長が率いる買物部隊は、駅の灯が見え始めると笑みを浮かべた。
「あともう少しだな」
参加していた女子Aは、ジャッカル副会長に近付くと、小声で尋ねた。
「ジャッカル先輩?」
「はい。何でしょうか?」
「気になってる噂があるんです。地下にある『不思議なアトリエ』と『フランケンシュタイン』ってサークル、知ってますか?」
ジャッカル副会長は小さく笑って見せた。
「君1年生だね」
「…バレました?」
「隠す事じゃないだろう。それに、君はちょっと有名だしね」
「え!? そうなんですか?」
「絵画専攻1・2年必修科目。唯一単位を落としそうなペアなんだって? 喧嘩したそうだね」
「うわ、恥ずかしい…」
「むしろ自信を持つべきだと思うけど。気に触るかもしれないけど、そのうち分かってくると思うな」
「同じ様な事を相方にも言われました…」
「まぁ僕が口出しすることじゃない。でも、『地下の不思議なアトリエ』も『フランケンシュタイン』に関しても、無関係な話じゃない」
「どういう事ですか?」
「あらゆる作品は才能や技術だけでは成り立たない。感情が深いところにあって成り立つ、って事。きっと『フランケンシュタイン』も感情のぶつかり合いがあったんだ」
「じゃあ、あのサークルは本当にあったんですか!?」
「実在したサークルだよ。過去のサークル予算案の記録には6年間存在したが、1999年に解散している」
「ネズミの大量発生で?」
「それは当時の自治会サークル担当者が言ったのさ。実際は登録書類に他の理由が書かれてた」
「何ですか?」
「『男女2名の部員による決闘の為』だ。生徒間のトラブルだね」
「決闘って…、殺し合いをしたんですか?」
「そうだと思う」
と彼は笑った。
「不思議なアトリエは? そこがサークル活動の拠点だったんですよね? 噂だと大きなマシンが今もあるって」
「不思議なアトリエは確かに彼らの拠点の事だね」
女子Aは熱気を帯びた息を鼻腔から逃した。
「でも場所は分からない。マシンはなくなったらしいしね」
「え? ない!?」
「サークルが消滅した直後はあったらしい。でも、部員の数名が掃除に来た時、既に無くなっていたそうだ。巨大なマシンだから、分解して誰かがどこかへ持ち出したんだろう」
「……先輩、建築学部でしたよね? 第3作業棟の地下って聞いて、思い当たる場所はありませんか?」
「そうだなぁ…」
部隊は駅前道路に到着した。大学のバスが交番前に見えた。駅の周りには公民館や喫茶店、ゲームセンターがあったが、どこも電気を消して閉まっていた。
部隊は灯りをこぼすコンビニへと直行した。
ジャッカル副会長は息を切らしながら彼女に話を続けた。
「そういえば、あの第3作業棟だけはアオシバ タケノブって建築家が70年代に10年かけて設計したんだ。構内の中でもあそこだけは悩んで作られたらしい。図書館のおすすめコーナーに彼の本があるから、読んでみるといいよ」
「…分かりました」
彼はうなずくと隊員達を見た。
「さあ、お買い物の時間だ」
ーーー次回(予定)ーーーーーーーーーーーーー
野犬がうろつく作業棟地下。
残った人を助けるため入り込んだ男子Aは、見知らぬ卒業生の女性と出会う。
一方、女子Aはコンビニでの買い物を済ませるが、予報より早く吹雪が来てしまう…。
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