第3話 野犬の噂
前回のお話しは…
停電した東京郊外の美大…
居残り中の男子Aと女子Aの男女A2名は、『フランケンシュタイン』という今は存在しない地下サークルの噂を聞く。彼らは電気機器に絵を描かせる取り組みをしていたが、そのマシンには相当な電力が必要らしかった。
さらに男子Aは、見たこともない女性を作業棟内で目撃するが…
ーーー第3話ーーーーーーーーーーーーーー
作業棟3階の螺旋通路に、二人は肩を並べていた。
「今さっき、友達と連絡がとれたの。今夜、彼氏の家に泊まるから自分の部屋を貸してくれるって。でも--」
女子Aの小声は、1階フロアから外へ出ていく学生たちにかき消された。
「皆帰るのかな」
「そりゃそうだろう。停電が悪化すれば、自販機で飲み物も買えないし、トイレもロクに使えない…」
「じゃあ、早く友達の家に行こう。バスはもう最後でしょう?」
二人は荷物をまとめ、作業着の上に上着を羽織り、キャンバス布を担いで下に降りてきた。
外に出ると、雪が雨のように降り続いていた。靴底まで積もっている。
大学構内で同じく残業していた生徒達が、あちこちから駆け出てくると、構内のバス停前に列をつくった。
この時期この時間、バスは一台しか運用されていない。運転手も一人だった。すでに乗車が始まり、残った学生達は運転手に数回の往復を願いでる他なかった。
列の後ろに並んだ二人は、お互いにキャンバス布を掴みながら先頭の方を見た。
「もう乗れなさそうだ!」
「運転手さんはケチじゃない。残った俺たちの為に往復してくれるはずだ」
バスが出て行った。残った学生は30人はいた。
それぞれが震えながら小声で話していた。
「雪って、天気予報じゃ言うてなかったやん?」
「最近予報が外れるなぁ」
「てか、バス戻ってきてくれるといいね…」
「ずるるるるる!」
その異音で列の学生達が黙った。
列の真ん中に並ぶ男子一名が、カップヌードルを立ち食いしているのだ。視線を気にせず、また「ずるるるるる!」と麺を吸い込み、香ばしい湯気を頬に当てた。そして顔を渋めてスープをゆっくり飲んでいく。
皆が観察する中、容器から湯気が消え、彼は口からドラゴンの如く湯気を吐いた。
「フー。潤うわー…」
「おーーい! 逃げろー!」
彼の祝福の時間は大声でかき消された。列の視線が第1棟に居残る学生達に向けられた。彼らは窓を開け、手を振って列に呼びかけた。
「野犬の群れが出たぞー! そっちに向かってるぞー! 食べ物を隠して教室入れー!」
列の学生達がカップヌードルの学生を一瞬見ると、急いで近くの棟(校舎)に散って行った。
「野犬って!?」
女子Aが不安げに男子Aを見た。
「とにかくそこの階段を上がって第2棟へ行くこう! こっち!」
彼は彼女を連れて近場の階段を駆け上った。先に登っていた生徒が転ぶと助けてやり、皆で上まで支えて行った。
列の一同は第2棟にあるガラス張りのバルコニーに避難した。
息を切らす生徒たち。女子Aが男子Aに身を寄せた。
「なんだったの?」
「2年前から大学の裏山に住み着いている野犬の群れがいるんだ。きっと隣町の墓地を荒らしていた奴らだよ」
「かわいそうに。大体は捨て犬なんだよ」
「勝手な飼い主が悪いのは同感だ」
皆がバルコニーから先のバス停を見下ろし、「あのキャンバス布は誰の?」と互いを見合った。
男女A二人は自分たちの手元を見て、顔を見合わせた。
「…やばい」
「私たちのだ…!」
「うわ! 野犬がきたぞ!」
誰かがそう言うと、一斉に外を見た。15頭ほどの様々な野犬たちが、構内に走り込んできたのだ。
「あの布、かじりまくってるよ!」
二人は置いてきたキャンバス布を見つめた。
野犬が2匹、布に噛み付いて引っ張りあった。その後、激しく喧嘩をしながら構内の奥へ走って行った。
「あなたがケチャップこぼしたせいよ」と女子A。
「後でテキスタイルの友達からレザー用の消毒液をもらおう。ケチャップの匂いもとれるだろう」
「ケチャップ、謝ってよ」
「…ごめん」
女子Aは驚いて彼を見た。
「素直に謝らないで。らしくない」
「あれホットドックじゃなくて、アメリカンドックだったんだ」
二人の腹がなると、同じくそこにいた学生たちの腹も唸った。
「ねぇ」と、女学生の一人がスマホを片手に呼びかけた。
「今出発したバスだけど、駅で警察に止められた上に、故障したらしいよ…」
どういうことだ。と、ざわついた。
女学生は画面を見ながらつづけた。
「タイヤチェーンが壊れて、駅近くの交番に相談。その後、車両故障で整備士を呼んだけど、どこも急な雪で移動が出来ず。助けが来るか分からないって…」
「仕方ない。泊まるか…」
誰かの放った一言は、皆が心で呟いていたセリフだった。
また、一人の学生が言った。
「俺、第3作業棟に戻ります。現状は分かりませんけど、あそこだけ一部電力が来ていたので、スマホの充電と2階の自販機、それにストーブも使えるかなと」
「そうだ。ウチらも戻ろう」
彼らの会話の脇で、男女A2名はキャンバス布を取り戻してから作業棟に戻ろうと決めた。
降り続く雪を髪に沈める二人。外で身を寄せ合いながら登ってきた階段を降りて行った。
「俺がとりに行く」
「気をつけてよ」
彼は彫刻専攻の学生から拝借した使い捨て手袋をし、布を取りあげた。
ボロボロだったのが、更にボロボロになっていた。
二人はそれを引きずりながら構内の通路を移動した。
第3作業棟1階にあるファッション・テキスタイル専攻の作業場に到着すると、男子Aが消毒液を棚から取り出してきた。
そして専用作業台にキャンバス布を広げ、その上に消毒液をそっとかけていった。
「本当にこんなんで綺麗になるの?」
「俺たちの手より綺麗になる。でも直に触るな。10分放置で十分だ。それより、早く2階に行って自販機で飲み物を調達しよう。確か駄菓子の自販機もあったはず」
「行こう!」
二人をその場を後にし、フロアに戻って螺旋通路を駆け上った。
「あー! 遅かったかぁ」
2階の駄菓子自販機は既に空だった。飲み物の自販機には、缶コーヒーがひとつだけ 販売 と点灯していた。
「買い!」と女子Aが購入すると、表記が 売切れ に切り替わった。
「取られたね、全部。おまけに帰れない」
「夕飯もないしね。どうする?」
彼女は缶コーヒーを開けて彼に差し出した。
「ほら、先に飲んでいいよ」
「口は付けない」
「付けていいから。私だけ飲んだり、不公平にしたくないの」
「いらんよ。間接キスする程、仲がいいわけじゃないだろう?」
「そんなこと気にしてないけど」
彼女は彼を見ながら一口飲むとつづけた。
「さっき私達のキャンバスを引っ張りあっていた野犬…今朝の私たちみたいで嫌なの」
「…俺はまだ引っ張りあってるつもりだけど」
「情けない。私、本心から喧嘩したいわけじゃなかった」
「これはただの喧嘩じゃない」
「じゃあ何?」
「嫌味に聞こえるかもしれないけど、そのうち分かると思う。一様言っておくが、俺はお前のことが嫌いな訳じゃないからな」
二人が話しているうちに、1階のフロアに学生が募り始めた。
中央には4年生で学生自治会副会長の男子生徒がランプを持っていた。彼はジャッカルとあだ名で呼ばれる建築学部の学生だった。
「皆さん、学生自治会からご報告があります」
男女A2名は螺旋通路から身を乗り出して彼の話を聞いた。
「まず、お疲れ様です。今、妙な停電が続いており原因を探っていますが、電気室への立ち入りには、契約会社の専門技師さんが必要だそうです。しかも各教室で水道が固まり、断水が始まっています。今、各専門に応援要請を出しましたが、都内でも事故が相次ぎ、更に思わぬ積雪が重なって対応の目処が立っていません」
ざわつくフロア。気づけば教職員や学生、約40人が集まっていた。実際は他の作業棟にも人がいるはずだ。
ジャッカル副会長はつづけた。
「多分、今夜ここに泊まる人が大多数でしょう。一晩、保健室の利用は可能なので体調が悪ければ遠慮無く助けを求めて下さい。ただ各自体調管理もよろしく。またそれに伴い、食料と飲料の問題が既に起きています。天気予報によると明日昼過ぎにかけて吹雪になり、鉄道各社で明日中の運休が決定。通学バスも現在故障で使えず、周辺道路は車両の運転が原則禁止されました。そこで吹雪になる前に、我々学生自治会は非常時用予算を使い、駅前のコンビニまで行く『買物部隊』を臨時的に組んで向かわせることにしました。野犬も出て危険だけど、天気が荒れる前に出発したい。体力に余裕があり協力してくれる人を募ります」
生徒達からはどよめきがあがった。
数名が手を挙げ、前に出た。
女子Aも手を挙げた。
「おい、行くのか?」と男子Aが慌てて訪ねた。
「あの人、建築学部で、しかも4年生の自治会副会長でしょう? 地下のアトリエのことを聞いてみたいの」
「無茶するな。野犬もいるんだぞ?」
「あなたは残ってキャンバスの消毒、終わらせておいてよ。居残り課題を抱えた両方がここを出るわけには行かないでしょう? それに、私たち少し距離を置きましょう」
女子Aは螺旋通路を降りて行った。
「ところであなた、何食べたい?」
「…焼き鳥とコロッケ。あとビール」
「同じ事考えてた」
彼女は一瞬微笑むと、買物部隊の方へ走って行った。
男子A含め、残る者達が野犬を警戒しながら彼らを正門まで見送った。
ジャッカル副会長率いる買物部隊は男女8名。しっかり防寒し、いざコンビニを目指して雪の世界へと出て行った。
ーーー次回(予定)ーーーーーーーー
買い物に出かけた女子Aは、建築学部のジャッカル副会長に秘密のアトリエついてこっそり尋ねる。彼曰く、第3作業棟の建築構造には奇妙な仕掛けがあることを聞かされる。
一方、男子Aは構内に入り込んだ野犬を追い出すため、チームを組んで誘導作戦に出るが……。
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