第4話


 彼の話はこうだった。

 その日大正区に住む友人を訪れる為に、彼は環状線に乗るべく京橋駅に居た。その日天気予報では一日曇りだったが、彼が京阪電車から環状線へ乗り換える時、小雨が降り出した。そこで彼は駅中のコンビニでビニール傘を買って、ホームに上がって電車を待った。やがて電車がやって来て扉が開くと彼は電車の中に乗り込んだ。その時、携帯電話で話をしながら降りて来た小さな禿げ頭の小男と肩がぶつかった。男は電話の内容に興奮していたのか、ぶつかった彼を振りかえると大きな罵声を浴びさせ、急ぎ足でその場を離れた。その時彼はその男から因縁をつけられるのを嫌がり、直ぐに扉側の席に腰かけると手すりのバーに傘を置こうとした。そこには誰かが忘れたのか、ビニール傘が置いてあり、彼は気にすることなく自分の傘と並べて置いた。すると扉が閉まり始めた時、先程の禿げ頭が急ぎ足で戻ってきて閉まる扉の隙間から傘を手に取ろうと手にしたが、残念ながら一瞬早く扉が閉まった。

 男には悪いが無情にも電車はホームを出て行った。出て行く電車の扉を男が蹴った音と何か罵声を大きく喚き散らすのが聞こえた。

(傘ぐらいで大人気ない)彼はそう思って置き忘れられた傘を見た。特段高級そうな傘ではなく、自分と同じタイプの安い大量生産品の傘だった。

その後、彼は大正駅まで電車に乗っていくつもりだったが途中電車は天王寺駅で停まって進もうとしなくなった。彼が不思議に思っているとその電車が大正駅まで行かず天王寺止まりだったのが分かりました。

彼はそれに気づくと大きく悔しがり、友人への遅刻の理由を考えながら電車を降りようとした時、電車内を急ぎ足で歩く車掌が声をかけて来た。

「すいません、ここに傘の忘れ物はありませんでしたか?と」

 彼は咄嗟に男の忘れた傘を取ると「ありませんでした」と答えて急ぎ足で反対方面のホームへ走って、戻りの電車へ乗り込もうとしたが、思い立つことがあり、その車掌に聞いた。

「すいません、大正方面へ行きたいのですが」

 それに車掌が答えた。

「それならこの電車が戻りますから、そのまま乗って下さい」

 彼はその言葉で再び同じ場所に座り、電車が出るのを待つことにした。そして電車が動き出し再び京橋駅方面へ向った。

やがて大阪城が過ぎて京橋駅にホームが見え始め、電車がホームに入ろうとするとあの禿げ頭が車内を血走る目で舐める様に睨み付けつける様に見ている姿が見えた。

「そこで僕は傘を自分が座った時と同じように手すりのバーに置いていたのです。実はその時、僕にはどちらの傘が自分ものか分かりませんでしたが、もう別にいいだろうと思ってそのまま適当に一つの傘をそこに置き、一方の傘を自分で持って、そして少し場所を離れました。その時僕は男の傘を見つける様子を見ようと思ったのです。何故か不思議に思ったのですよ・・だって唯の傘ですよ、安物のコンビニでも売っている、大量生産型の傘ですよ。何も、男が血眼に探すような高価なものではないですから」

 電車の扉が開くと男は辺りを見回していたが、傘に気が付いたようで人の背を手で分ける様に車内を進み、やがて置かれた傘を手にした。そしてポケットから携帯電話を取り出すと手すりに揺られるように電話をかけた。

 彼はゆっくりと何喰わぬ顔で男と背を合わせる様に立った。

「お、あったで、車掌の言う通りや、電車が戻って来たわ。おう、ほんなら、次で降りるで・・ほんま、冷や汗かいたっちゅうねん」

 その声をはっきりと彼は聞くと電車は次の駅に着いて、男は足早に降りてやがて人混みの中に消えて行った。

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