第3話
目の前のソファに短い髪型をした体躯の良い、そして少し蟹股の中年男が座ると手にした雑誌を開いた。
どこにでもあるスポーツ雑誌で表紙には柔道の特集をしているのか、オリンピックで見たことのある選手の写真が見えた。
僕はそれから視線を外すと、四十川に視線を戻し、「それで・・」と、言った。
四十川もその男へ視線を向けていたのか、目を細めて雑誌の表紙写真を見ていた。
「四十川君」
僕の声に彼は耳元に、口を寄せた。
「田中さん、あの雑誌、見てください。一年前のものですよ。柔道世界選手権のときのですから・・なんだってあんな古いのを手に取るのでしょう・・いくら、何でも・・」
僕は彼が言いそうになった言葉尻を制して言った。
「人の知りたいこと等、気にしないでいいじゃないか。それに人と言うのは不思議なもので、巷に色んな最新情報があったとしても、人は自分が欲しいというタイミングでしか欲しくないし、興味がわかないものだろう。だからきっと目の前の親父だって一年前以上の雑誌でも、きっとその時は知り得たくなくて、今になって図書館に来てふと我に返り、急に知りたくなったのだろう」
僕の言葉に要領を得たのか、少し目を丸くして彼は僕を見た。そして眼鏡の縁に手をかけて小さく「成程」と言った。
「それよりも、早く、君の体験話を聞かせてくれ」
ああ、と彼は低くそれでも雑誌を開いた男を少し呆れる表情で見て、僕の方へ顔を寄せた。
「田中さんの欲しいタイミングは今ですもんね」
「そういうことさ」
僕の言葉に相槌を打つと彼は足を組み替え、そして顎に手を遣ると少し伸びた髭に手をやって首を傾げた。視線は目の前のソファで雑誌を広げた男を物憂げに見ている。
僕は内心、何がそんなに彼の気になるのか含み笑いをしながら、彼の言葉を待った。
「そう、丁度一週間前の日曜日でした」
「日曜日?」
僕は反芻した。
彼は頷いて、物憂げな視線を僕に戻した。そして目を二、三度しばたたかせると続けて言った。
「僕は環状線の京橋駅に居たのです」
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