第2話


日曜日の早朝の図書館の静けさと言うのは普段忙しく過ごしている都会のオフィス慌ただしさとは打って変わり、勿論、自然の中にある静寂とはかけ離れているが、どこか人工的に作り出された静謐と言うものを無言で座る人々がまるで森に生育する白樺の木々の様で、それがまるで森の白樺の木々の中に迷い込んだような静けさのようだと僕は思っている。

森を散歩していると遠くで鳴く犬のけたたましい吠える声が聞こえれば、それは森を散歩する人がいるのだと分かる。

では横に座る彼は朝の散歩者と言えるかもしれない。彼は僕の周りの白樺の木立を抜けて僕の前に現れ、笑顔で吠えたのだからだ。

「田中さん、その話の前にですが、昨日のフットボールのワールドカップ見ましたか?」

 僕は首を横に振った。

「いや、見ていないけど・・それが何か?」

「そうですか、見ていないのならばそれはいいのです」

「何か特筆すべきことでも?」

 彼はそれで少し腕を組んで僕を見た。

「いえ、まぁ日本も予選で敗退したし、興味が無くなるのも無理はありませんが、実は昨日のブラジルとイタリアの試合、とても白熱したゲームでした。スコアは3対2でイタリアの勝ちでしたが、ブラジルの後半延長時間の攻撃は凄く、死に物狂いで素晴らしいものでした」

 僕は彼が興奮して話しているのを横で見ているだけだった。彼は昨日の試合の興奮を思い出したのか少し頬を赤らめて眼鏡をずらして勢いよく手に傘を掴んで振り回さんばかりになったので、僕は彼の手を押さえてなだめる様に言った。

「お、おい、四十川君、ここは図書館だから、静かに」

 それで彼は少し興奮から覚めておっとと小さく言って傘をソファの横に置いた。

「それで昨日のワールドカップがどうしたの?」

 彼は「そうでした」と言った。

「いえね、その時、ゴールサイドにボールが出たのですがね、その時試合中に出たボールを普通そのままフィールドに持ち込んで試合を再開するのですが別のボールボーイがボールをフィールドに蹴り込んでしまって、それを選手がコーナーポストに置いて試合が再開されました。結局それが、決勝弾に繋がるキックになりイタリアが勝ちました」

 僕はそれの何処が不審な点があるのかわからず、きょとんとしていた。別にフットボールに興味が無い訳でもないが、別段それは問題ないように思った。テニスや野球でも良くあることだからだ。

「それで・・それが何か問題があるのかい?」

 僕は彼に聞いた。

「ええ、問題ありありです。今日の新聞は見ていらっしゃらないですよね。その蹴り込まれたボール・・実は良くできた偽物のボールだったのです」

 それを聞いて僕は思わず声を荒げた。

 それで一斉に周りの人々が僕を凝視した。それに気づいた僕は声のトーンを落として、しかし驚きを隠せないまま彼に言った。

「ね、ねぇ・・四十川君、そいつは本当かい?ワールドカップと言えば世界の大きな大会だ。そんなところでそんな虚偽なんかあったりしたら・・」

 僕は真顔で彼の方を見つめていると、やがて彼が堪えられなくなったのかぷっと噴き出して笑い出した。

「田中さん、冗談です、冗談ですよ。そんなことはありません。今の話は僕の作り話です。いや、見事に引っ掛かりましたね、田中さん」

 唖然とする僕に彼は言った。

「いえ、すいません。だますつもりはないのですが、これから僕が話す体験をすこし想像していただけるのではないと今のような作り話をしてしまいました」

 少し怒りが湧いてくるのを押さえて僕は彼に言った。

「四十川君、あまり・・からかってもらったら困るよ。よし今の話は少し僕も内心騙されて怒ってしまったから君が今から離す内容がとてもつまらないことだったら、今夜、僕に酒をおごってくれ。いつも僕の方が天満でおごってばかりだからね。どうだい?四十川君」

 彼は僕の案に同意したのか大きく頷くと

「いいですよ」

と、力強く言った。

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