100話 世界は広いぞ

 しばらく後、ムラトがファリードを助け起こした。

 どうやらファリードは首を痛めているようだ。


「まあ、皆で座って話そう。酒と、食い物も用意してあるんだ」


 俺は戦士の2人を促し、側にいた鬼人たちと車座になった。


「ファリードも皆も、冷静に聞いてほしい」


 俺が見渡すと、全員が神妙な顔で耳を傾けている。

 鬼人は強いやつのいうことは聞くものなのだ。

 ムラトとファリード、2人と取っ組み合いをした意味はあった。


「人間をどれだけ殺しても、故郷は取り戻せない」


 人間は住み着いた土地を改造し、人間に都合のよいように作り替えてしまう強力な能力がある。

 実際に目にしたわけではないが、ヤツらに10年も与えれば人間の都市ができているだろう。

 そこはすでに鬼人の故地ではない。


 それを伝えると、ファリードがはらはらと涙をこぼした。

 鬼人はわりと感情には素直だ。

 怒れば怒鳴りながら声をあげて殴りかかり、悲しければ涙を流す。


 皆も知ってはいるのだ。

 ただ、納得できないだけだ。


「次に、鬼人を救いだすのも難しい――スケサン、地図を貸してくれ!」


 俺はスケサンから地図を受け取り、床に広げた。

 そこには人間の文字でいくつもの都市が書き込まれている。

 その数は実に29、同盟外の都市も含めれば34だ。


「わかるか? いくら疫病が流行ろうとも人間の数は限りがないんだ。病気で半分になったって10以上も都市がある」


 すでに説明した話ではあるが、改めて視覚で確認してもらう。


 そう、人間を駆逐するのは無理なのだ。


 鬼人はそれなりに広い地域を支配していたが、大半は戦士を養うために奴隷が食料を作っていただけだ。

 選抜された精兵は強力無比であるが数が少ない。


 逆に、スタブロスから聞いた話では人間は市民であれば兵役の義務があるという。

 資質の差はあれど、兵の数が違いすぎる。


 たしかに、鬼人は強い。

 人間との戦いでも20倍までは問題なしとされてきた。

 だが、いくら勝っても戦死者はでるし、補うために血が薄れて今に至るわけだ。

 残念だが、種族の在り方として、鬼人は何世代も前に舵を誤ったといえるだろう。


(まあ、だからといって先祖を責める気にはならんがな)


 俺がその場にいたって名案が浮かんだわけでもないだろう。

 過ぎたことを批判するだけなら誰でもできるのだから。


「ならば、鬼人は滅べというのか?」


 意外と話を聞いてくれているムラトが疑問を発した。


「そうじゃないさ。できないことをハッキリとさせただけだ。故郷は戻らない。人間も倒せない」

「ならば座して滅ぶだけではないかっ!!」


 ムラトは立ち上がり、歯をむき出にした。

 傷だらけの面構えと相まって、ちょっとすごい顔になっている。


「慌てるな、土地は奪わずともある。故郷は新しく作ればいいんだ。そう、国は作れるんだ」


 俺は地図で大森林を示し、次いでファリードが空けた大穴を指差す。


「地図はここで終わってるけど、まだまだ世界は広い。この先には連なる山があってな、越えると塩が湧く湖があるそうだ。その先にもまだまだ地は続く。見たことのない民が暮らしている」


 塩が湧く湖など俺も見たことがないし、想像もつかない。

 だけど、そこから採れた塩はヌー人によって運ばれ、ごちゃ混ぜ里に届く。


「旅をしろよ、ファリード。そして新しい土地を見つけ、仲間と鬼人の里を作れ。オマエは最後の王でなく、最初の王になればいい」


 この言葉で、めそめそしていたファリードの気配が変わった。


「作れるんだ。国でもなんでも。必要なことはこの里で学べばいいさ。これは無理矢理やらされる奴隷の仕事じゃない。新たな国を作る戦術を学ぶんだ」


 鬼人だって、初めから奪うだけの民ではなかったはずだ。

 実りの薄い北の大地では『欲しければ奪え』が合理的だっただけだろう。


「もちろん、里の掟を守りここで住むなら受け入れる。これは強制ではないし、一人一人が考えてほしい。考えて、それでも人間と戦いたいと思う者がいたら止めはせん。よく考えるんだ」


 ファリードも、ムラトも唸りながら考え込んでしまった。


 戦士以外は顔を見合わせて戸惑っている。

 彼らは戦士になれなかった時より徹底的に『戦士に従え』とだけ教えられた存在だ。

 こうなると、思考や判断力が極端に低下してしまうようで「自分で考えろ」といわれると困ってしまうのだろう。


「少し考えさせてくれないか……なんというか、その――」

「もちろんだ。ゆっくり考えてほしい」


 ファリードも混乱しているようだ。

 戦うことしか頭になかったところに別の選択肢が生まれたのだから無理もない。


「ふん、納得できんな。俺は戦士だ。いずれ戦で死ぬために鍛練し、生きている。奴隷のように働けるか」


 ムラトが言葉を吐き捨てた。

 これが普通の反応だろう。


「それならそれで構わないさ。ただ、他の者が結論を出すまで待っていてやれよ。あとは――」


 俺は言葉を溜め、周囲を見渡す。

 つられてムラトもキョロキョロと視線を動かした。


「壊したものは直せよ。自分でな」


 この言葉を聞いたときのムラトの顔は、なかなかの傑作であった。


 その後、鬼人たちはドワーフやスケルトン隊に助けなれながらも穴を塞いでいた。

 ムラトは不器用ながらも熱心に作業していたようだ。

 真面目は真面目なのである。




☆★☆☆




 数日たち、鬼人たちは結論を出したようだ。


「俺はこの者らと旅にでることにした。新しい土地が見つかれば拓いてみたいものだ」


 ファリードは11人も率いていくようだ。

 少し不安げだが、今までの価値観を捨てて生きるのは辛いことだと思う。


 だけど、俺がいるのだ。

 実際に故郷を捨てて里を拓いた鬼人がいる。

 俺にできて彼にできない道理はない。


「納得いくまで里で訓練すればいいさ。12人もいるんだ。分担して仕事を覚えれば早い」

「すまんが世話になる。どれほど訓練すればいいのか見当もつかんが……」


 居候だが、食いぶちは自分たちで狩でも漁でもすればいい。

 家もそのうち建てさせようと思う。


「俺は人間と戦いに戻る。やはり生き方は変えられん」


 ムラトはそれだけをボソリと呟いた。

 彼は身の回りの世話をする年老いた老婆のみ連れて人間との戦いに戻るそうだ。

 荒野をわたるためのラクダ人との伝もあるらしい。


 この決断は尊重すべきだろう。


「わかった。なら餞別に俺の武具を渡そう。好きなのを持っていくといい」

「おう、それはありがたい。遠慮はせんぞ」


 ムラトはニカッと嬉しげに笑う。

 戦うことが喜びなのだ。


 結局、俺の防具ではムラトに合わないために調整し直した。


 数日のみの滞在ではあったが、ムラトは横柄な物言いや態度は見せるものの、暴れだしたり住民を傷つけたりはしなかった。

 彼なりの気遣いがあったのだろう。

 硬革の防具に身を固め、オリハルコンの剣と槍を身につける姿は同じ鬼人から見て誇らしくなるような武者振りだ。

 盾と大弓を背負い完全武装である。


「うむ、我らで見送ろう。ムラトどの、荒野まで先導いたす」

「許す、案内は任せた」


 ムラトはスケサン率いるスケルトン隊に見送られ、ラクダ人と共に荒野へ旅立った。

 鬼人として、正しい生き方を貫いたのだ。


 そして、残りの2人は里に残るそうだ。

 双方共に鬼人の男だが、片方は単純に戦技に才がなく戦士たりえなかったようだ。

 もう1人は生まれつき極端な鳥目だったらしい。

 夜目が利く鬼人には珍しいが、これも血が薄れた影響なのかもしれない。


 彼らはゆっくり里に馴染めばいいだろう。


「よ、よかったな。新しい里ができたらシーラのお婿さん貰えるぞ」

「ああ、まあな。たしかにそんな見方もできるな」


 俺はアシュリンののんきな言葉に苦笑する。

 だが、この言葉に救われたのも事実だ。


 故郷を捨てた俺が、鬼人の先行きを決めてしまった

 本当にこれでよかったのだろうか、まだなにかできたのではないか。

 自問するが答えはない。


 シーラや、その子供が成否を判断してくれるのだろうか?




■■■■



塩の湧く泉


いわゆる塩湖のこと。

出口のない湖はミネラルが蓄積し、塩分濃度が高くなる。

この塩湖には多くの隊商が集まり、塩を各地へ運んでいく。

ファリードたちもここを訪れることがあれば、新たな出会いがあるのかもしれない。

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