99話 純血の鬼人
「どこから話したものか判断できんが、少なくとも、この里で奴隷などはありえないのさ」
俺が「この里では身分の上下がないからだ」と伝えると、ファリードは怪訝な顔をした。
「おかしいではないか、現にオマエは王だ。征服をし、他を従えたのだろう?」
「そこが違う。俺は征服などしていないからな」
俺はこの地を征服したわけじゃない。
スケサンやアシュリンたちと出会って、それこそ一から始めたんだ。
寝床はなく、コウモリに遠慮しながら洞穴で雨水を溜め、口にした。
狩りもできない、畑も耕せない俺がよく生き延びれたものだと感心してしまう。
「俺が里長をやっているのはたまたまなんだ。たまたま、俺が拓いた土地が大きくなったから、そのまま代表みたいになった」
考えてみれば俺が里長をやっているのは他になにもできないからだ。
巡回や治安の維持だって、休みをとらないスケルトンのほうが優れているのは間違いない。
他の仕事だって一通りはこなしたが……俺が1番だと胸を張れる仕事なんかありゃしない。
俺は決して口は上手くない。
だが、なんとしても奪うこと以外の生き方を伝えたかった。
「力を合わせて作る、ということだ。飯も、服も、酒も、国だって作れる。ファリードやムラトの……いや、ここにいる者たちの無念は分かる。だが――」
「ふざけるなっ!!」
俺の言葉を遮り、ファリードが怒りを爆発させた。
「オマエは……オマエは俺の屈辱を認めるのかっ!! 牛馬の如く荷を担がされ、鞭で打たれた日々を認めるのかっ!! そのような境遇で苦しむ同胞を見捨てるのかっ!!」
ファリードの言葉は屈辱の日々への怒りと、滅んだ国への悲しみに満ちている。
「オマエは自らの権勢を捨て、俺に従うのが惜しいのだ!! 賎しい血がそうさせるのだ!!」
違うといってやりたいが、いまのファリードには聞こえないだろう。
(なるほど、よく分かった。国や同胞は口実にすぎんわけだ)
コイツらは死にたいのだ。
できるだけ多くの人間を道連れにして。
ただ、憎たらしい人間相手に剣を振り回して憂さ晴らしをしたいだけなのだ。
これには少しカチンときた。
「同胞をダシにするな! 王を世襲し、鬼人の伝統を辱しめたのはオマエら純血の鬼人とやらだ!!」
俺の言葉を待たずして、ファリードが突進してきた。
ムラトとは違い、無言のままの体当りだ。
俺はとっさに両腕を盾にし、衝撃に備える――が、防ぎようがない。
そのまま身を低くしたファリードのぶちかましに吹っ飛ばされた。
目の前が赤く点滅するような凄まじい衝撃。
俺はそのまま壁に激突し、崩れた壁土に半ばまで埋まってしまう。
ファリードは純血の鬼人だ。
その体躯から生み出すパワーは他を寄せつけない。
(いてて、さすがに馬力が違うな)
俺が壁土をはねのけ、立ち上がるまでファリードは待っていた。
「ベルク、戦士の誇りを失ったようだな。オマエの考えは奴隷のものだ。身分がないとは皆が奴隷になることだ。血の薄れたオマエには分からぬだろうがな」
「ふんっ、負け惜しみをいうな。俺とオマエ、率いる民の姿を見ればどちらが正しいか一目瞭然だ。オマエに流れる血は古く錆びついているようだな」
俺の挑発にファリードが乗った。
雄叫びを上げ、俺に向けて横殴りに拳を振るう。
鋭い打撃、これはまともに受けることはできない。
俺は踏み込み、ファリードの腕を内側から払いのけ、そのまま足をかけて倒れこんだ。
(寝技になればしめたもんだ……!)
寝技の動きは柔を知らなければ対処できない。
俺はもつれた姿勢から体を入れかえ、後ろから首を抱えて一気に締める。
ファリードの口から「ぐええ」と苦しげな声が漏れた。
「降参するかっ!?」
「ご、こおぉぉ!!」
俺は降参を呼びかけた。
完璧に技が決まっていたからだ。
だが、信じられないことにファリードは真っ赤な顔でそのまま立ち上がり、ぶら下がる俺を振り回し壁に叩きつけた。
あまりの衝撃に目の前が赤く点滅する。
信じられない体の強さだ。
(ムラトの比じゃない、こいつが純血の力か……!)
俺とさほど年の変わらぬファリードが見せる力に、俺は改めて身震いした。
知ってはいたが、こうして戦うと俺との差に愕然としてしまう。
(こんなの、人間がどうやって捕虜にしたんだか!)
もう恥も外聞もない。
ぶっ飛ばされた俺は転がりながら距離をとり、体勢を立て直した。
さすがのファリードも無理をしたのか首を押さえてふらついている。
「手をだすなよ、これは決闘だからな!」
そう、これだけ怒り狂ってもファリードは武器を使っていない。
これは力比べなのだ。
俺は周囲に声をかけ、ファリードと向かい合った。
「ゴオオオォォォォッ!!」
「ウォオオオォォォゥッ!!」
互いに獣のように吠え、挑みかかる。
(痛めてる首を狙う!)
俺はファリードの首を手刀で打つ。
しかし、太い首の筋肉に阻まれた。
そのまま腕を掴まれ、捻り上げられる。
このまま体格差のある相手に掴まれていてはまずい。
俺は手首を返して振りほどき、下からファリードのアゴを目がけて頭突きをお見舞いした。
ガツンと骨を打ち合わせたようなとスゴい音が鳴り響く。
相手もぐらつくが、こちらも痛い。
直後にドンッと強い衝撃が頭上から降ってきた。
目の前がチカチカと点滅する。
殴られたのだ、と気がつくまでに数秒。
両者ともにふらつく体を立て直した後だ。
「強い。ムラトもやられたが、なんだその技は」
「いにしえの武術、
これは互いの時間稼ぎだ。
しゃべりながら呼吸を整え、気を巡らせる。
たったこれだけの攻防で汗がビッシリと額に張りつき、息が苦しい。
「未練だぞファリード、もはや故郷は失われた。人間に10年も居座られては――」
「いうな!! 認められるか! 自分が最後の王などと認められるか!!」
ダメージから回復したのだろう。
ファリードは両手を熊のように広げ、こちらに飛びかかってくる。
獣じみた動きだが、これだけ体力が違うと恐ろしい。
俺は掴みかかってきたファリードの右手を抑え、そのまま背を向けて担ぎ上げた。
一本背負い、柔の技だ。
「オオッ!!」
裂帛の気声が俺の口からでた。
背筋を使い、強引に巻き込むように床に叩きつける。
その衝撃で突き固められた床がくぼみ、亀裂が走った。
ファリードはうめき声を上げたが動く様子はない。
自分の勢いのまま、頭から真っ逆さまに打ちつけられたのだ。
だが、これで終わらない。
残心――技をかけた油断を突かれぬ心構え。
スケサンから伝えられた武術の初歩で、奥伝だ。
俺は警戒を解かず、ファリードの反撃に備えた。
「俺の勝ちだ、ファリード」
声をかけたが、まだ動けないようだ。
ここで俺はファリードへの警戒をとき、周囲を見渡した。
(ひどいありさまだな、これは)
ムラトが壊した椅子に、ファリードが空けた壁の穴。
床にはヒビまで入っている。
そして、離れて見ていた里の者は完全に引いていた。
鬼人3人が暴れたのだ……近づきたい者はいないだろう。
「強い者が偉い、鬼人の伝統だぞ。いうことを聞け」
俺はあらためて勝利を宣言し「ああ、疲れた」とその場にへたりこんだ。
■■■■
純血の鬼人
およそ身長220センチ~240センチ、体重は210~250キロほどにもなる巨人。
その体躯はもはや怪獣である。
鬼人の国が栄えていたころはこんなのがワンサカいたわけで、まさに無敵の略奪集団であった。
他にも生き残りがいるのかもしれないが、現在確認できるのはファリードのみ。
近い将来に絶滅してしまうだろう。
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