98話 協議の結果

 その夜、里の主だった者を集め鬼人の様子を伝えることにした。

 この場にいるのは俺の他に、アシュリン、スケサン、コナン、バーン、ケハヤ、ナイヨである。


 スケサンやエルフの3人はいわずもがな、リザードマンのケハヤはウシカ亡き後の農事の取りまとめであり、ナイヨは鍛冶場の頭である。

 彼らはごちゃ混ぜ里の顔役であり、種族を越えて大勢をまとめる存在だ。

 バーンなどはイヌ人にも顔が利く。


「なるほど、鬼人の王は援軍要請に来たわけっすか」

「そりゃ、王様が奴隷にされて見せ物のように扱われたんだ。人間に対する恨みは半端じゃないよ」


 バーンとナイヨの夫婦が頷きあう。

 この夫婦は鬼人に同情的なようだ。


「だ、ダメだ。万年咳が流行ってるようなとこに行くのは絶対ダメだっ。か、かかりはじめに薬を飲んで休まなきゃ大変なことになるぞ」

「たしかにモリーの……スタブロスとかいいましたか。あの人間もずいぶん寝たきりのようでしたからね」


 アシュリンとコナンは流行り病の蔓延する土地に出向くことには反対らしい。


「されど、人間が弱っているならば攻め入るのは手であろう。守るばかりでは業腹だ」

「いや、今回は他の里へ助力を頼むわけにはいかぬ。この地の守りも考えれば出せてスケルトンを100、他で50ほどだろう。偵察ならばよいが、それ以外はなにもできぬだろうな」


 ケハヤはリザードマンの戦士らしく勇ましい壮語を吐き、スケサンはそれを戒めた。


「最終的にはベルク様の判断になりますが、あまり無理をすることでもないですよ。我々は人間の土地も奴隷も必要としてはいません」

「うむ、鬼人を救出といわれても、どこに囚われているか……そもそも他に存在するのかという問題もある。鬼人の王が脱出した後に殺された可能性もあるだろう」


 コナンとスケサンは重ねて反対意見を述べる。


 ケハヤも強硬論にこだわった様子を見せていないし、議論のためにいっただけのようだ。


「なるほどなあ、やっぱり厳しいだろうな」


 俺も、もともと外征には気乗りがしない。


(たしかに、100や200の兵を集めたところで都市の攻略は不可能だな)


 同胞を救うためといわれたら気持ちが揺らぐが、ムリなものはムリだ。


 人間は弱い。

 だが、同時に恐ろしく巨大だ。


「……ムリだな。人間の都市は高い石の防壁が組まれ、大きなところだと何千人も住んでいるんだ。半分が病気にかかっていたとしてもどうにもならないだろう」


 人間はとにかく数が多い、それに尽きる。


 俺も森に来る前には旅をした。

 角がないし、背が低い(低くない)おかげで『デカイ人間』として人間の国を見てまわることができたわけだ。


「いまさら鬼人の国を取り戻しても手遅れさ」


 人間は『人間好み』に土地を作り変えてしまう。

 10年も占領されていれば見る影もなくなっているだろう。

 それは恐るべき人間の能力なのだ。


「うーん、でも鬼人たちはどうするんすか?」

「たしかに、我らが断っては寄る辺がなくなるであろう。大人しくこの里に住めばよいのだが、そうもいくまい」


 バーンとケハヤが懸念を示すが、こればかりはどうにもならないだろう。


「お、追い返しちゃうのか?」

「それもなんだかねえ」


 アシュリンとナイヨは女性らしい情けを見せた。


「いや、希望者は受け入れてもいいんじゃないか? いればだけどな」


 そう、希望者がいればだ。

 あの戦士2人の恨みは相当だろうし、たやすく引き下がるはずもない。


 また、鬼人は戦士以外は何も決められない種族だ。

 たとえ希望しても――いや、希望すらないだろう。

 そういうものなのだ。


「まあ、ひと悶着あるだろうな」

「うむ、だが方針は決まったな」


 そう、里として意思が固まったのはありがたい。

 俺1人では情けをかけて中途半端な決断をしたかもしれないからだ。


「一応、見張らせているが悪さはしていないようだ」

「そうか。まあ、まだ援軍を断ってないし、騒ぎを起こすほどバカではないはずだ……たぶんな」


 そう、たぶんである。

 暴れることに利があればためらわない。

 彼らはそういう種族なのだ。


「スケルトンたちは引き続き見張りを頼む。なにかあったら知らせてくれ」


 これで、この場はお開きとなった。


「い、いいのか? 仲間じゃないのか?」


 俺を気づかったアシュリンの一言が、ひどく煩わしく感じた。

 故郷を捨てた俺が、はたして彼らの仲間なのだろうか。




☆★☆☆




 翌日、俺は館でファリードたち鬼人と会った。


 今回は難民を連れた同胞と会うではなく、里長として鬼人の王を迎え入れる形だ。


 俺とアシュリンは威儀を整え壇上に座り、左右にはスケルトン隊やトラ人たちが控えている。

 皆がきらびやかなオリハルコンで武装しており、鬼人たちとの違いを嫌がおうにも感じさせた。


「ファリード、単刀直入にいこう。兵は出さない。だが、希望者はこの里への居住は認める」


 俺がいきなり本題を切り出すと、ファリードは静かに、ムラトはあからさまに怒気を発した。


「キサマァ! 王の命に叛くか!! 鉄の誓いを忘れたかっ!!」


 ムラトが吼えた。

 戦場往来の割れ鐘声だ。

 その声は空気を震わせ、圧力となって俺の肌をヒリヒリと痺れさせる。


「聞き捨てできんぞ、ここに住めとは我らを奴隷にでもするつもりか」


 ムラトと対照的にファリードの口調に激しさはない。

 だが、放たれる怒気は目に見えるほどに濃い。


「順に説明しよう。まずはムラトからだな」


 俺は人間の国が広く、続いて鬼人の捕虜が収容されている場所が全く不明である点を指摘した(そもそもいるのかという問題もある)。

 疫病が発生していても人間の数は圧倒的であり、この里の兵力ではいるかもわからない捕虜を探して全ての都市を攻略するなど不可能だ。

 そもそも疫病が蔓延している土地に民を送るわけにはいかない。


 これは昨夜、みなで話し合った通りの内容だが、改めて自分の口から説明するとよく理解ができる。

 この出兵は無意味だ。


「角なし、キサマ臆したか!? 恥を知れ!」

「恥を知るから断るんだ。戦にあたり、勝つために謀を巡らすのが戦士のはずだ。無謀な戦は勝利を諦めた臆病者のふるまいだ」


 ムラトは顔を真っ赤にし「臆病というか!」と俺に飛びかかってきた。

 その巨体に似合わず、獣のようにしなやかで力強い動きだ。


 俺は立ち上がりながらムラトの拳をくぐり、股間を殴る。

 さすがの鬼人も股間を殴られればただではすまない。


 たまらずアゴを突きだし、前のめりになるムラト。

 その体に潜り込むように低い姿勢で密着し、俺は担ぎ上げるようにぶん投げた。


 肩車――スケサン直伝の大技だ。


 ムラトは俺の椅子に頭から直撃し、うめき声をあげて倒れ込む。

 そのまま俺は背後からムラトのアゴをしぼり上げ、動きを封じ込んだ。


 ムラトは力任せに振りほどこうとするが、ここまで決まれば外れるものではない。

 俺の腕に、みしりみしりと嫌な感触が伝わってくる。


「ぐぐ、こ、これしきで」

「参ったか! 俺の方が強い!!」


 俺がさらに力を込めるとムラトはたまらず「参ったあ!!」と降参した。


「うく、く、口惜しや! 油断はしておらん、オマエの勝ちだベルク」


 ムラトが初めて俺の名を呼んだ。

 彼は潔く俺の力量を認め、敬意を表したのだろう。


 ムラトもまた、誇りのある戦士なのだ。

 自らの敗けを辱しめることはしない。


「見事だ!! 腕を上げたなベルク。その強さならば、これほどの征服を成しとげたことも納得がいく」


 ファリードも大いに感心したと俺を褒め称えた。


 鬼人は強さこそが最高の美徳である。

 俺がムラトを投げ飛ばしたことで後ろの鬼人たちの俺を見る視線が変わったのを感じた。


「だが、俺は納得しておらん! まずは聞かせろ!」


 ファリードはアゴを突きだし、こちらをにらみつけている。


(まず話を聞くとはな。丸くなったもんだな)


 俺は「わかった」と頷き、立ったままファリードと向かい合った。

 椅子が壊れたので座れないのだ。




■■■■



肩車


手投に分類される柔道の投げ技。

相手を担ぎ上げるダイナミックな技だが、相手の体勢を前方に崩し、潜り込むようにかけるため、体格の大小はあまり関係なく、小兵でも使いやすい。

レスリングではファイヤーマンズキャリーや飛行機投げとも呼ぶ。

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