101話 うれしい報せ
雨季、じっとりとした湿気に森全体が包まれる季節だ。
人間の侵攻もなく、里は平和なものである。
最近の里では揉め事も少ないし、小さいことならその場で解決されるようになった。
つまり俺は暇だ。
最近では、力を節約するために広場でボンヤリしていることの多いスケサンを捕まえ、雑談をするのが日課となりつつある。
スケサンはスケルトンたちから報告を受けているため里の隅々まで詳しい。
つまり、これは里の運営における打ち合わせなのだ……決してサボリではないぞ。
「モリーはな、もう2人目が腹におるそうだぞ」
「そりゃすごいな。子供だと思ってたのに大したもんだ」
正直いって、長命種からみれば短命種の成長は分かりづらい。
いわく説明し難いが、犬や猫が年寄りになってもかわいい感じだろうか?
俺からみればモリーやフローラは初めの印象からあまり変わらないところもある。
「オヌシのところはどうなのだ? いつまでもシーラが一粒種とはいかぬだろう?」
「そうはいうがなあ、こればかりはなんとも……アシュリンもだいぶ体調がよくなったし、早く弟でも作ってやりたいんだけど」
繁殖力――こればかりは短命種にかなわないところだ。
子作りの成績になるとちょっとバツがわるいので、俺は話をそらすことにした。
「そういや最近、人間をとんとみないな。侵略をあきらめたのかな?」
「いや、一度湿地に侵入されたではないか」
スケサンは「ほれ、ビーバー人の」と続け、俺の記憶を掘り起こそうとする。
「ああ、あったな。ビーバー人のな」
雪が溶けてから1度だけ、冒険者と呼ばれる集団の侵入があった(スタブロスに確認したところ、冒険者とは小規模な略奪者のことらしい)。
だが、侵入した小舟2隻は兄ウシカ率いる哨戒部隊に発見され、ビーバー人に船底に穴を空けられて沈没した。
武装していた人間はリザードマンやカエル人によって湿地に引きずり込まれ、溺死したらしい。
湿地帯で暮らしていたビーバー人やカエル人らは、冒険者とやらを心の底から憎んでいる。
俺やスケサンが報告を受けたときには皆殺しにされていた。
「ノミで船底に穴を空けたんだろ? ビーバー人って意外と荒っぽいよな」
「くっくっく、鬼人のオヌシがそれをいうかね」
スケサンが愉快だと声をあげて笑う。
たしかに鬼人は荒っぽいので反論はむつかしい。
館での大暴れは記憶に新しいところだ。
「まあな、でも真面目にやってるみたいじゃないか」
「うむ、不器用ながらも体力があるからな。土木や開墾には向いておるだろうさ」
ファリードたちはごちゃ混ぜ里の外縁部に自分達で家を作り、生活を始めていた。
里を興すため、さまざまな技術を実践で学んでいる。
少々、というか鬼人は結構な不器用なので苦戦しているようだが、寿命は長いのだ。
焦らずやってほしい。
「して、里に居住希望の鬼人の様子はどうだ?」
「お、ハサンとジャミルか。ジャミルはなかなか目端が利くな。ハサンは……ゆっくり慣れてるとこさ」
ノロマのハサンに鳥目のジャミル。
いわゆる鬼人の落ちこぼれだが、性質は真逆だ。
ジャミルの目は昼間なら問題はない。
なかなか目端が利き、すでに里にも慣れたようだ。
問題はハサンだが、こちらも不器用なだけでトラブルを起こしたわけではない。
時間をかけて慣れれば大丈夫だろう。
「いまは2人とも色々やって試しているところさ」
「ふうむ、こうしてみると、オヌシは鬼人の中では異例なほど器用な
スケサンがいうように、俺は人間やドワーフの血も混じってるし、わりと器用な方だと思う。
だけど、それは『鬼人にしては』というだけだ。
さまざまな種族が暮らすごちゃ混ぜ里ではぶきっちょの部類だろう。
(そう考えると、鬼人が戦に特化したのは間違いではないのだろうな)
だが、いまの鬼人には他種に戦をふっかけて略奪をするほどの頭数がいない。
不器用なりに生きていくしかないのだ。
「ふむ、体が大きいのだからな。それを活かした仕事を任せたいところだな」
しばらく2人でぼんやり話し込んでいると、腹の大きな男の子がシーラの手を引いてやってきた。
バーンとナイヨの長男ドルーフだ。
「おじさん、ヌーのおじさんがきたよ。おじさんかせんせいにあいたいんだってさ」
「ん? ノーマンかな? 分かったよ、ありがとう」
ドルーフは体が大きく、ガキ大将のような存在だ。
なかなか面倒見がよくシーラのような年下の世話もよくしているらしい。
「今日はドルーフが小さい子の面倒みてるのか? 偉いな」
照れくさそうに「ん」とだけ返事をして、ドルーフはどこかに行ってしまった。
ドルーフをはじめ、コナンとフローラの子供たちやケハヤの子供たちなども親戚の子みたいなものだ。
あんまり遠慮もないが愛想もない。
「さて、ノーマンか。なにか噂でも拾ってきたのかな?」
「さてな、本人から聞くより他ないだろうさ」
俺とスケサンは連れだって常設の市に向かった。
ノーマンは隊商から独立し、小規模な行商を行っているヌー人だ。
彼は元の隊商と商路が重ならないようにごちゃ混ぜ里、入り江の里、山のヤギ人の里などを中心に回っているらしい。
「おっ、やってるな」
市に着くと、にぎやかな鈴や笛の音が聞こえる。
隊商は到着すると、こうやって人を集めるのだ。
「やあノーマン、景気はどうだ?」
「おかげさまさ。入り江から干し魚と、ヤギ人の里から『いい話』と顔料を持ってきた」
俺とノーマンは一緒に旅をしたこともあり気心は知れている。
こうしたやりとりも遠慮がない。
「へえ、いい話か。干し魚とそれを分けてもらおうかな?」
「まいど。ベンが『今年の秋に花嫁と共に訪ねる』そうだ。もう1度私が往復できるが伝えたいことはあるか?」
俺とスケサンは思わず「おおっ」と喜びの声を漏らした。
とうとうヤギ人の里からピーターの花嫁が来るらしい。
「これは慶事だ。こちらからも祝いの品を届けねばな」
「ああ、ヤギ人の里が楽に冬が越せるほどの食料や毛皮を運んでもらうとするか!」
ノーマンは「勘弁してくれよ」とぼやき、3人で笑ってしまった。
(そうだ、この荷運びには鬼人のハサンとジャミルに任せてみよう)
体の大きな鬼人は意外と隊商に向いているかもしれない。
「よし、今晩はピーターを囲んで前祝いだな」
こうして、里に新たな変化が訪れる。
里の拡大はとどまるところを知らないようだ。
防壁の外まで家が建ち並び、その営みは新たな住民を呼び寄せる。
この市にも見たことがない獣人がちらほらいるようだ。
「ごちゃ混ぜ里の市は評判だからね。わざわざ遠くからやってくるのさ」
「うむ、人が行き来をすれば道が拓かれモノが動く。商売人の先は明るかろう」
ノーマンとスケサンも嬉しげに周りを見渡す。
「うむうむ、この営みの全てが愛おしい。ベルクよ、私が
なに気ないスケサンの一言が、いつまでも俺の耳に残った。
■■■■
ハサン
鬼人の下人。
知恵の巡りが鈍く、運動神経も悪い。
戦士ではない鬼人の扱いは恵まれていないが、ハサンは特にいじめられていたようだ。
穏やかな人柄というよりは感情の起伏があまりない。
ジャミル
鬼人の下人。
夜目が利く鬼人にしては珍しく、極端な鳥目。
賢く器用だが、朝駆け夜討ちが当たり前の鬼人の戦士団では不適格とされた。
ベルクよりやや年嵩だが、まだまだ若い。
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