44話 初めての犯罪と裁判

 その夜中、それは起こった。


「――けてっ!」

「――るなっ!!」


 なにか争いの声が聞こえる。

 たて続けに争いの音。

 俺は重ねていたアシュリンの体から身を離す。


 彼女は「ふあ?」とか気の抜けた声を出したが、気にしてはいられない。


「アシュリン、あとで来い。弓を忘れるな」


 俺は家に立て掛けてあった角の長剣をひっ掴み、裸のままで外に飛び出した。


 騒動は1番遠い家、すなわちパーシーの家で起きていた。


「どうした、なにか問題か?」


 俺が駆け寄ると、そこには這いつくばったパーシーとそれを踏んづけて身動きを封じたスケサン、それにうずくまるフローラがいた。

 よく見ればホネイチもいるようだ。


(ふうん、わかりやすい状況じゃないか)


 フローラは怯えたように体を丸めている。

 大事には至っていないようだが、顔を殴られたような痕跡がある。


「ホネイチ、フローラを家まで送ってやってくれ。手荒にするなよ」


 俺が指示をすると、ホネイチはフローラを促してなんとか立ち上がらせた。

 彼女は重い足取りで自分の家へと戻っていく。


「さて、状況は把握したが、こちらの言い分も聞いてみるか」

「うむ、盾の両面を見ることは大事なことだ」


 俺とスケサンはパーシーを立たせ、家の中に入れた。

 狭い集落のこと、さすがに皆が起きて様子を見に来たからだ。


「パーシーの家でトラブルがあったようだ。心配なのはわかるが皆で騒ぐと小さな声が聞こえなくなる。また朝食のときに話をしよう」


 俺は皆にそれだけ説明し、一旦家に戻る。

 さすがに素っ裸ではやりづらい。


 家ではアシュリンに恨めしそうな目で見られたが、途中で終わったのはさすがに俺のせいじゃないだろう。


 長剣を置いて服を着る。

 アシュリンに「明日はたくさんしような」と伝えて家をでると、後ろから「そ、そんなんじゃないし!」と謎の言い訳が聞こえた。


 さて、パーシーだ。

 スケサンに確認すると、状況はシンプル。

 パーシーの小屋からフローラの「助けて」という声が聞こえて待機していたホネイチが反応し、乱入。

 驚いたパーシーともみ合いになったところをスケサンが駆けつけた、といったところだ。


 フローラは顔を殴られたような痕があったし、服も乱れていた。

 どう見てもパーシーがフローラを強姦しようとしていたようにしか見えない。

 段々とムカついてきた。


「昼間のお灸が足りなかったか?」

「……違うっ! それとは別の話だ! そもそもヤギ人は家長が婚姻相手を決めるし、あの娘にも伝えていた! それなのに夜中に家に来たら――」


 どうやら、パーシーの言い分としては、夜中にフローラが家に来たので婚姻の同意かと思い手を出そうとしたそうだ。

 しかし、思わぬ拒絶にあい手が出たらしい。


(あー、分からんでもない。というか、俺とアシュリンもわりと強引な感じだったわ)


 フローラやモリーは少女ではあるが、色気が出てきた年齢だ。

 二人きりのときに、ふとしたはずみで魔が差し、押し倒すのは……理屈ではない。


 これを聞いて俺は少しばかりパーシーに同情してしまった。

 もちろん強姦は許されない。

 だが、自分が言い寄っている娘が夜中に忍んできたらオッケーだと思うのが人情ではなかろうか。

 そもそも俺にはヤギ人の求愛行為は分からない『こんなものです』と言われたら否定する材料もないのだ。


「オヌシの言い分はたしかに聞いたぞ。あとは朝を待ち、フローラからの話を聞くとしよう」

「そうだな。できればヤギ人の風習や掟に口出ししたくはないがなあ、そうもいってられなくなった」


 考えてみれば昼間に殴られた鬱憤うっぷんもあっただろうし、里内の性におおらかな空気も影響したのかもしれない。


「為政者たるもの、一方の話を聞いて心を傾けるでないぞ。今はあくまでも平静であらねばならぬ」


 ごちゃ混ぜの里で発生した初めての犯罪だ。


(俺が裁くのか、人を)


 スケサンのアドバイスに、俺は頼りなく頷いた。




☆★☆☆




 翌朝、当然のことながら里の皆は激怒した。

 それはそうだろう、フローラは家族も同然だ。

 家族に危害を加えられて怒らぬ者はいない。


「違いますっ! この男はっ! 自分のケガの様子を――」


 フローラがいうには、パーシーは俺に殴られた怪我が熱を出して痛むのでピーターやモリーと共にフローラにも看病を頼んだのだそうだ。

 少しばかり不審に感じたものの、モリーやピーターが交代で看病に行ったので自分も行かざるを得ないと感じ、フローラはパーシーの家を訪れた。

 そこで押し倒され、殴られたらしい。

 ホネイチが割って入ったのはお手柄だった。


「なるほど、そもそも俺は熱が出るほど殴っていないしな。パーシーから聞いた話では――」


 俺が聞いた話を説明すると「それは違う」とモリーとピーターも証言した。

 こうなると有罪だが――


「そんなのは関係ねえ! ヤギ人は家長が嫁入りを決めるんだ! それにモリーは俺の姪だ! ヤギ人で子供が作れるのは俺とフローラしかいねえだろ!」

「あなたが家長なんて誰も認めてないわっ! 汚らわしいっ!」


 パーシーとフローラが口論をはじめた。

 そうなのだ、ここで問題になるのは『ヤギ人のルール』である。


 だが、大人しいフローラが大声を張り上げるのは珍しい。

 皆が驚いている。


「さて、どうするね?」


 スケサンが俺に問いかけるが、俺だって単なる若造である。

 人を裁いた経験などない。


(俺にはわからん、故郷ならこんなときは――ん?そうか、神に問えばいいのか)


 そう、人が裁けぬときは神が裁く。

 当たり前のことだ。


「よし、互いの言い分は理解した。これの決着は神意を問う! 酒を持ってこい!」


 俺は大切に保管してあった母ヤガーの頭骨を取り出し、その前に汲んだ酒を2椀供えた。


「ヤギ人の法では決着はつかん! ゆえに鬼人のしきたりに則り、戦神の前で決闘裁判を行う!」


 俺の宣言に皆がざわつく。

 スケサンはお手並み拝見と様子見だ。


「パーシー、フローラの決闘とする! ただし、フローラは年若い女だ! 代理人を許可する!」


 これにパーシーが青くなり「まってくれよ」と異議を唱えたが、これは1対1の平等なものだ。

 あとはより正しい者に戦神が勝利を与えるだろう。


「フローラ、誰かを指名するか?」

「……はい、コナンを!」


 これは少し意外な気がした。

 てっきり、俺やスケサンを指名するかと思ったからだ。


 だが、無言で立ち上がったコナンの顔には闘志がみなぎっている。


(ふうん、そういうことか)


 これでフローラがコナンを指名した理由が分かった。

 いつのまに、とも思うが控え目な2人は密かに関係を育んでいたのかもしれない。


 俺はそのまま決闘者たちを促し、供えてあった酒を渡す。


「素手でいいな? 互いに決着がついたと思うまでやれ」


 俺の言葉にコナンは無言で頷き、ぐいっと椀を空けた。

 パーシーは「ついてるぜ、片手のエルフに負けるかよ」と挑発する。

 意外なほどのパーシーの強気は虚勢か、それとも勝算があるのか、そこは分からない。


(ピーターやモリーにも強気な男だからな、有利と見たか?)


 弱い者に強気といえば情けなくも感じるが、この手のタイプは相手を飲んでかかると強さを発揮する。

 油断は禁物だろう。


「この勝負は互いの名誉がかかっている。パーシーが勝てばヤギ人の家長としてフローラをめとれ。フローラはなにを望む?」

「……この男の追放です」


 ハッキリと、フローラは望みを口にした。

 まさしく真剣勝負だ。


「聞き届けた、始めろ!」


 合図と共に、パーシーが飛びかかる。

 ヤギ人の蹄が生み出すその意外な瞬発力に俺は目を見開いた。


 ガツン、と大きな音と共にパーシーの頭突きがコナンの額を直撃し、血しぶきが舞う。

 ヤギ人の角を生かした見事な攻撃だ。


 コナンはそのまま後ろに倒れ、パーシーが馬乗りになる。


「ふむ、決まったな」


 スケサンが呟く。

 見ればコナンは巧みに体をさばき、馬乗りになったパーシーをひっくり返した。


 こうなればパーシーに成すすべはない。

 寝技は訓練をした者でなければ防ぐこともできないからだ。


 コナンはパーシーの脇を親指で突き、鼻先を殴り、股間に膝を落とす。

 全て『苦痛を与えるため』の攻撃だ。


 パーシーが苦痛に何度も悲鳴をあげるが、コナンは決して許さない。

 彼の怒りのほどが伝わってくるようだ。


 これを嫌がるパーシーは横向きになるが、これでおしまいだ。

 回り込んだコナンの左腕が蛇のように絡みつき、パーシーの喉を締める。


 糸が切れたように足掻いていた手足がパタリと落ちた。

 パーシーが気絶したのだ。


「私の勝ちです」

「そうだ、見事だ」


 俺がコナンの勝利を告げると、里が大歓声に包まれた。

 完全にコナンが善玉、パーシーには気の毒だが丸く治まったといったところか。


 血を流したままのコナンとフローラが熱っぽい瞳で見つめ合っている。

 俺は全然知らなかったが、2人は周知の恋仲であったようだ。


 思い返せば、パーシーの苦情を告げたのもコナンだった。

 あれも恋人を守るためだったのだろう。


「コナン、此度の戦いは感心せんな。相手をなぶるな、一思いに決着をつけよ。勝利にも格があるが、これは下の下だ」

「はい、すみませんでした先生」


 スケサンがコナンに苦言を呈する。

 たしかに相手を痛めつけるだけの行いは褒められることではない。


「後始末は我らでしよう。ホネイチ、パーシーを担いでくれ」


 気絶したままのパーシーはホネイチに担がれる。


「これ以上、不必要になぶることもない。とりあえず洞穴にでも連れていくさ」

「そうか、すまんな」


 考えてみれば移住は本人の意思とはいえ、里に受け入れたのは俺たちだ。

 この結末は少しあわれを誘う。

 スケサンはホネイチとパーシーを連れ、森へと向かった。


「さあ、小言も終わったし、コナンとフローラの結婚を祝わねばな」

「ちょっと、勘弁してくださいよ」


 コナンもフローラも、シャイなところのある性格だが皆に冷やかされてまんざらでもなさそうだ。

 長命種と短命種、いろいろな問題はあるだろう。

 だが、本人たちがよいのならば他が口出しすることでもない。

 好き会う2人が結ばれた、この結果だけを見れば最高の結末だ。


 こうして、パーシーが引き起こした一連の騒動は終わりを見た。


 こんなに小さな集落でもこうして犯罪も、争いもある。

 この地は決して理想郷ではないのだ。


 他になにかやりようがあったのではないか……自問したが結論はでなかった。




■■■■



決闘裁判


メチャクチャに思えるかもしれないが、世界各地で実際にあった裁判形式である。

通常の裁判では決着がつかないとき、立会人のもとで決闘が行われるが形式は国や時代によりバラバラである。

近世に入ると決闘は徐々に違法とされるが慣習としては根強く残り、第二次世界大戦前後まではしばしば新聞記事を賑わせたらしい。

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