43話 ヤギ人の問題

「少し、いいでしょうか」


 ヤーラの訓練中、コナンが思い詰めた様子で口を開いた。


「……ふむ、稽古にも身が入らぬようだな」

「すいません、少しここだけで話がしたくて」


 コナンが口を開くと、フローラとピーターが不安げな顔を見せた。

 どうやら彼らに関わりのあることのようだ。


「実は、パーシーのことなのですが、ピーターにずいぶんとツラく当たるようで――ピーター、少しいいか?」


 コナンがピーターの服をまくり上げると、いくつかアザがあるようだ。

 棒のようなもので叩かれたらしい。


「それに――フローラ、俺の口から説明してもいいか?」


 コナンがフローラになにやら確認している。

 どうやら思ったより深刻なようだ。


「パーシーがフローラに関係を強引に迫るようなのです」


 コナンがいうにはパーシーはヤギ人の族長気取りで他の3人に横暴な行いをするらしい。


 特に、かなり執拗にフローラに迫り、それを見かねたコナンがこうして申し出たようだ。

 そこにはパーシーと近い血縁にないヤギ人はフローラのみという口実がある。

 コナンが抗議したが「ヤギ人は家長が全てを決める、エルフが口出しするな」といわれては難しいらしい。


「なるほどな、ヤギ人のことに口出しするな……か」


 エルフのリーダーはアシュリンだ。

 この地にくる前よりの関係を継続しているので無理がない。


 リザードマンは盲目のウシカに若いケハヤが教えを受ける形だ。

 さらにリザードマンの女性はほとんど自己主張をしない文化もある。

 こちらも問題はない。


 だが、ヤギ人は違う。

 年長者のパーシーが1番の新参者なのだ。

 しかも、あまり好かれてはいない。

 フローラとのことだってヤギ人の事情を考えれば理はあるのだが……問題はパーシーが嫌われていることだ。


 ピーターとのことも、技術を覚えるために痛みを伴うことはある意味で当たり前だ。

 事実、俺は柔を覚えるためにスケサンから痛みを与えられている。

 強くなるためには必要なのだ。

 だが、パーシーにはピーターにそれを納得させることができない。

 つまりはパーシーの人格の問題なのだろう。


「フローラ、ピーター、よくぞ辛抱した。具体的にどうするとはいえぬが、私とベルクが気をつけよう。なにかあったらすぐにいうがいい」


 コナンは少し不満げだが、一応は納得したようだ。

 稽古も終わり、皆が仕事に戻る。


「うーん、難しいな。ヤギ人の風習に口出ししたくはないが、当のヤギ人に不満があるとなあ」

「うむ、それに一方的な言い分を信じてパーシーを罰するわけにはいかぬ。それは悪しき前例になるだろう」


 俺とスケサンは『気をつけて見守ろう』という結論で落ち着いた。

 だが、これが上手くいかなかったのだ。


「――水を替えろといったろうが!!」

「痛い、ごめんなさいっ!」


 数日、気にして様子を見ていると、パーシーがピーターを棒で殴る場面に遭遇した。

 どうやらパコの世話で不手際があり、パーシーが折檻せっかんをしているらしい。

 大した打撃には見えないが、何度も振り上げられる棒にピーターはすっかり怯えている。


(ふうん、たしかにやりすぎだな)


 俺は後ろから近づき、パーシーが振り上げた棒を取り上げた。


「やりすぎだ、1度叩けば覚える」


 驚いて振り返るパーシー、鬼人とヤギ人では体格差があり、俺が見下ろすかたちとなる。


「ちっ、これは仕事を教えてるんだ、邪魔しないでくれ!」

「そうだな。ピーター、先ほど怒られた理由は分かるか?」


 俺が訊ねると、ピーターは「パコの水が汚れてたんだ」とハッキリ答えた。


「ピーターは覚えてるぞ? これ以上は無意味な暴力だ。やめておけ」

「これはヤギ人のやりかたなんだよ! 家長が何度も叩いて体に教え込むのは当たり前だっ! ヤギ人のことに口出ししするな!」


 これにはカチンときた。


(意味もないのに殴る、弱い者いじめがしたいだけか)


 俺は弱い者いじめは嫌いだ。

 そりゃそうだろう、それが嫌で故郷を出たのだから。


 俺の顔色が変わったのを見て、パーシーもヤバいと思ったのか必死で言い訳をはじめた。


 だが、もう遅い。


「そうか、なら俺は里長として、ヤギ人のやりかたでお前に里のルールを教えるべきだな」


 棒を振り上げるような無駄な動きはしない。

 だらりと下げた状態からパーシーの胸を突いた。

 パーシーは「げっ」と低い声を出してうずくまる。

 手加減はした、打ち身以上の怪我はしない。


「里の者を無意味に傷つけることは許さん」


 俺はもう一度棒を振るい、パーシーの横面を打つ。

 大げさに転がりながら「助けてくれ」とパーシーが泣きを入れた。


「ダメだ、何度も体に教え込む。それがオマエのやり方だろう?」


 悲鳴を上げて身を丸めたパーシーの背を突き、尻を叩く。


 肉の厚い部分を狙い、ケガをさせないように打ったのだが、パーシーはヒイヒイと泣き出した。

 とても殴られて育った男には見えない。


「仕事を教えるのに必要ならば殴るのもいいだろう。だが、ピーターは俺の家族だ。無意味に家族を傷つけることは許さん」


 これだけ脅してまだやるようならば実力行使(これくらいは鬼人にとって制裁ではない)しかないが、それはあまりしたくない。


 俺は棒をへし折り、パーシーのそばに投げ捨てた。

 こちらはもういいだろう、あとはピーターだ。


「ピーター、なにかを覚えるってことは我慢が必要さ。柔もそうだろ?」


 ここでピーターを甘やかして仕事を変えるのは違うだろう。

 ヤギ人たちはパコの世話をしながら生きてきたのだ。

 できればピーターにも伝統は継いでほしい。


 俺はどんとピーターの胸を拳で叩き「強くなれ」といい聞かせた。

 ピーターはちいさく咳き込んだが、しっかりと胸で拳を受け止める。


「仕事もしっかり覚えて、スケサンの柔で強くなって、姉ちゃんやフローラ、ヤギ人を守れよ」

「……うん、パコの世話をしっかりして、スケサンみたいに強くなるよ!」


 そこは俺みたいにじゃないのかよと苦笑いをし、ぐりぐりとピーターの頭を撫でる。


 これで一件落着。

 このとき俺は、そう信じ込んでいた。




■■■■



パーシー


モリーとピーターの叔父。

・年長者である自分がヤギ人のリーダーである。

・ヤギ人の生き残りで血縁が遠いフローラは自分と結婚するべきである。

・パコの世話はヤギ人にとって大切なことなので、ピーターには厳しく仕事を教える。

まあ、彼の主張はわりと常識内の行いではあるのだが、いかんせん人望が足りなかった。

人は『どんな意見か』よりも『誰がいったか』の方が大事なことは往々にしてある。

利己的で、愚痴っぽくて、昔の苦労話を大げさにいって、怠け者で、臆病で……と書くと最悪に思えるが、ようは普通の人である。

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