42話 不協和音

「で、パコってどう育てるんだ?」

「へへ、コイツらは放し飼いにするんで簡単なんで。夜は飼育小屋に入れれば大丈夫さ」


 俺がパコについて訊ねると、パーシーがニヤニヤと笑いをしながら答えた。

 モリーやピーターもよく笑うが、叔父とは思えぬほどに笑顔が似ていない。


「そうか。なら飼育小屋を造るぞ」

「えっ? 俺はパコの世話があるし――」


 コイツはなにをいっているのだろう?

 パコの世話で必要だから飼育小屋を造るんじゃないのか。


「スケサン! コナン! ピーター! フローラ! ホネイチ! ちょっと子供たちをつれて来てくれ!」


 使っていない畑でヤーラの稽古をしていた一同に声をかけ、集まってもらう。

 彼らは暇なときにスケサンから柔を習い、体を鍛えていた。

 最近ではホネイチも参加することが多いようだ。


 俺は……まあ、習うがなかなか上達しないな。

 スケサンがいうには「腕力に頼りすぎ」なのだとか。

 正直よくわからん。


「稽古中にすまん。実は今から俺とパーシーがパコたちの家を造る。そこでパコの世話などを手伝ってほしいんだ」

「ふむ、ならばパコに慣れているであろうフローラとピーターが世話をせよ。コナンは飼育小屋を手伝え。私とホネイチは子供たちとアワを撒く畑を作るぞ」


 あっという間にスケサンが仕事を割りふっていく。

 誰も文句をいわないのはスケサンの人徳だろうか。

 不満げなのはパーシーだけだ。


 バラバラと皆が散り、俺とパーシーとコナンのみが残る。


「それで? どんな建物なんだ?」

「おー、おう……俺たちの家や飼育小屋は石でできた建物なんだ。木で骨組みを作って、石を積んで、屋根は――」


 パーシーは「なんども作っている」と威張っているが、どうにも怪しい。

 結局、俺とコナンで相談し、石を並べたあとに土で固めることにした。

 ようは石を多めにして、いつもの家を造ろうってだけだ。


 パーシーは「いや、そうじゃなくて」などといっているが、無視でいいと思う。


「広さがあり、安全で、雨風をしのげて、クソを掃き出せる小穴があればいいんだろ?」

「まあ、そうだけどよ」


 ブツブツいっているが、これはクセだろう。

  つねに不満が口からでる、こんなヤツはわりといる。


「じゃあ、俺たちはエルフの里跡で石を集めるとしよう。木はコナンに任せていいか?」

「ええ、柱にできそうな細い木はナイヨさんが薪にしてなければ、いくつかあるはずです」


 さすがにもうエルフの里跡で木材や草を採集するのは厳しいが、壁の中に使っていた礎石はまだある。

 それを利用しない手はない。


「ほれ、いくぞ」


 俺はもたつくパーシーを引き連れて向かう。

 ぶつくさいってたが「川原で石拾いするか?」と訊ねたら黙ってついてきた。


 なんだかんだで小屋造りも慣れたものだ。

 俺も木の切り出しを手伝い、草を集めて素早く作業を行う。

 さすがに一晩ではできなかったので、俺がパコを1頭預かって家に入れたらツバはかけてくるし、尻尾でクソは飛ばすし最低だった。


 絶対に俺はコイツらの世話はしない。

 



☆★☆☆




 翌日、スケサンたちが作ってくれた畑でアワを撒く。

 とはいえ、畑とは名ばかりの荒れ地だ。

 子供たちが大きな石を取り除き、スケサンとホネイチが草や低木を取り除いただけのモノである。

 森の木々はそのままだ。

 立ち木は避けて植えるらしい。


「本当にコレで大丈夫か?」

「うむ、アワは非常に強い。湿気がこもらぬならば大抵はどこでも育つものだ」


 スケサンは骨でできたツルハシで地面を削り、アワの実を4~5粒ほど撒いた。


「あとはこうして埋めておけばよい。てきとうに間隔を空けるのだぞ。ホネイチ、私の真似をせよ」

 

 撒いた実を雑に踏みつけ、スケサンはまたツルハシを振るう。

 ホネイチも真似してアワを植え始めたが、本当に簡単な作業らしい。


(まあ、同じことしても意味がないか)


 俺はスケサンに「柵を作るよ」と声をかけてナイヨのところに行く。

 炭焼き小屋の側ではナイヨとバーンが炉に隠れてイチャついていた。

 この炉は銅を加工するものである。


 炉は石と粘土で作られた煙突みたいな形だ。

 中に木炭と銅を入れて用いる。

 強い炎によりドロドロ溶けた銅を型に入れて加工するらしい。

 らしいというのは、俺には理解できないからだ。


 鍛治はドワーフや人間ヒューマンの秘技であり、一朝一夕に身につくものではない。


「ああ、そのまま続けてくれ。木材を取りに来ただけだから」


 俺はバーンの上にまたがるナイヨに声をかけ、溜めてある木材をいくつかチョイスした。


 物陰からは再び嬌声きょうせいが聞こえ始める。

 見つけたときはわたわた・・・・と脱ぎ捨てた服で身を隠していたナイヨだったが、すぐに気を取り直したようだ。


(ま、俺たちだってもよおしたら物陰でするしな)


 わりとオープンな里なのである。

 たまにモリーが覗いてるのは知ってるが、そういう行いに興味がでてくるお年頃なのだろう。


 俺は手頃な資材を担ぎ、畑に向かった。

 足りない分は伐採だ。

 細木を石の斧で伐り、銅の斧で加工する。

 ずいぶんと作業が楽になった気がする。


(まあ、気のせいかもな。俺が慣れただけかも)


 柵を作っていると怒鳴り声が聞こえた。

 この里では喧嘩のたぐいは珍しい。


 ふと、目を向けるとヤギ人だ。

 パーシーがピーターを酷く叱りつけているらしい。

 どうやらパコの世話に不手際があったようだ。


(ふうん、張り切ってんなあ)


 まあ、徒弟が親方に叱られるのはよくあることだ。

 俺もずいぶんと先達の戦士には殴られた。


「いかぬな」


 いつの間にか隣に来ていたスケサンがポツリと漏らす。


「どうした?」

「あのパーシーはヤギ人では年長者だ。家長気取りでモリーやピーターのみならず、フローラにも横柄な物言いをする」


 なるほど、いわれてみればそんな気もする。

 モリーやピーターの叔父だから、とは思ったがフローラは面白くないだろう。


「年長者とはいえ、新参者だ。しかも、ヤギ人は家長の権限が強いらしい。叔父という立場もある。これでは上手くいかぬだろう」


 スケサンは「なによりパーシーの人品は卑しい」とため息をついた。


「だけど、なにもないのに口も出せんさ」

「……そうだな」


 俺とスケサンは作業に戻った。

 遠くではヒステリックなパーシーの怒鳴り声が聞こえた。




■■■■



アワ


漢字で書くと粟。

縄文時代の日本では主食に近い食べ物であったらしい。

湿地を嫌い、乾燥に強いので稲作に向かない山間部などで栽培された。

日本では昭和の中頃より生産量が減り続け、今やわずかに栽培されるのみとなっている。

しかし、栄養価が高いのは昔から知られており、病人食に使われたほど。

今では雑穀米に入れたりと健康食品扱いである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る