45話 流血を強いる神々の宴の間

 秋が来て、冬も間近くなってきた。


 俺は屈んで、育ったアワの房を鎌で刈る。

 この鎌はヤガーの爪を研いだモノで、素晴らしく切れ味がいい。


「意外と獲れたよな」

「うむ、あまり成りはよくないがこんなものだろうさ」


 蒔いたあとは、ほったらかし。

 それでも育つのだからアワという作物の強さを感じる。


「これはよくないのか?」

「本来はもう少し早い時期に蒔くのさ。この房は干してから実をはずすのだ」


 スケサンは作業場に作った簡単な棚に房を並べていく。

 こうして見るとずいぶんと増えた気がするのだが、これは「房があるせいで大きく見える」のだそうだ。


「ホネイチ、また見張りを頼むぞ。鳥や動物がアワに近づいたら追い払うのだ」


 ホネイチが返事をするようにカクカクと口を動かした。

 そのうち話すようになるのかもしれない。


「アワがこれだけ収穫できたのは見張ってくれたホネイチのおかげだな」


 俺が褒めるとホネイチはどこか誇らしげに口をパカリと開く。

 実際にアワの収穫は鳥や動物から畑を守り続けたホネイチの働きが大きい。


「アワのわらはパコが食べればよし、食べなければ屋根の素材にすればよいだろう」

「そうだな、ピーターを呼んでこよう」


 パーシーがいなくなってより、ピーターはパコの世話をモリーやフローラと協力しながらなんとかこなしている。

 パコの調子が悪くなった時にはうろたえていたが、普段の世話に大過はない。

 今は冬場の餌にとパコのために干し草を毎日作っている。


「藁? 食べるよ。ほら」


 見ればピーターが連れてきたパコはムシャムシャと藁を噛んでいる。

 問題ないようだ。


「これも干し草にしていいかな? パコはあんまり食べないけど、それでもどれだけ食べるか心配なんだよね」

「ああ、もちろんだ。じゃあ俺も刈るから適当に集めてくれ」


 せっせと藁を刈ると、鎌の切れ味が鈍る。

 何度か交換して作業をするうちに「ベルクさん、ピーター、ご飯ですよ!」と声がかかった。


 気がつけばすっかり暗くなっている。

 食事ができたのでモリーが迎えに来てくれたようだ。


「あー、すっかり暗くなったな。日が暮れるのが早くなった」

「ホントだね。僕はパコを小屋に入れてから行くよ」


 藁から引き離されたパコたちは「メー」と「モー」の中間のような形容しがたい鳴き声を残してピーターについていく。


(なんでピーターのいうことは聞くんだろうな?)


 ちなみに俺はパコが嫌いだ。

 顔を見るたびにツバやクソを飛ばしてくるので、1回小突いたらピーターとモリーに猛抗議されたこともある。


 かめの水で手を洗い、皆が待つ食堂に行くとブナのパンが焼かれていた。

 秋の味覚、皆の好物だ。


 ピーターも駆けつけ、モリーに「手を洗いなさいよ」と叱られている。

 仲のいい姉弟だ。


 見渡せば里の様子もずいぶんと変わった。


 バーンとナイヨはいつも口喧嘩をして笑っているし、コナンとフローラも自然な感じで仲睦まじそうにしている。

 ピーターやウシカの子供たちも大きくなった。

 ケハヤ夫婦やホネイチも増えた。


「どうしたんだ? 美味しくないのか?」

「ん? いや、そうじゃないさ。気がついたらずいぶんと様子が変わってきたから驚いていたのさ。もうこの建物じゃ収まりきらないな」


 皆の様子をぼんやりと眺めていたらアシュリンに心配されてしまった。


 ここは初めの頃に作った作業場にかまどをすえただけのものだ。

 今日は晴れているが、雨の日はかなりぎゅうぎゅう詰めである。


「ほ、ほんとだな。これから子供も増えていくし、新しい建物造らないと――」

「なら木を組んで作るのがいいだろうね。アタイも大工仕事はできなくもないけど、しっかりしたものを造るならストレイドワーフの建築士を呼びたいねえ」


 いつの間にか皆でワイワイと家談義が始まった。


「べ、ベルクの故郷ではどんな家だった?」

「ん? 石だな。柱や梁は木だ」


 俺の言葉にナイヨが「石でも造れると思うよ」と提案したが、わざわざ寒い故郷の家をここで造る意味はない。


「パコと住みたいなー」

「それならスケサンさんをお祀りするのはどうかしら?」


 ピーターとモリーが信じられない提案をし、話はどんどんと脱線していく。


 最終的に新しい食堂は全員で食べれる大きな木造で瓦葺き、俺とアシュリンの家を併設する宮殿にしたいらしい。

 パコへの水やりのために井戸も作りたいそうだ。

 なんでスケサンを祀り、パコが遊ぶ宮殿で食事をするのか理解ができないが、それがヤギ人の感覚なのかもしれない。


 ちなみにピーターが考えた最強の宮殿の名前は『流血を強いる神々の宴の間』だ。

 絶対に住みたくない。


「うむ、屋敷に井戸を備えるのはよき思案だ。この里の全員が入れる屋敷を作り、壁で囲えば避難所になるだろう」

「そうか、砦だな。それなら理解できる」


 スケサンの考えは、外敵が侵入した時に籠城できる施設を用意することだ。

 ごちゃ混ぜ里には動物避けの柵があっても防衛施設はない。


 この里は噂になっていると聞く、外から来る者が常に友好的だと決めつけるわけにはいかない。


「それは大事なことだな。ナイヨは井戸を掘れるんだろ?」

「ああ、できるけど……いまはちょっと無理だね。本当は鍛治場(炭焼き窯、陶器の窯、溶鉱炉のあるエリア)にも井戸は欲しかったんだけど」


 そういいながら、ナイヨは自らの腹を優しく撫でた。

 その仕草に皆がピンときたようだ。


「あ、赤ちゃんか!」

「マジっすか? え? マジっすか?」


 アシュリンとバーンが素っ頓狂な声をだし、それにナイヨは恥ずかしげに頷いて応えた。

 これには皆が「わっ」と喜んだ。


「やったな、バーン!」

「いや、まじっすか? これまじっすか?」


 コナンがバーンを祝福するが、当のバーン本人はパニックになっているようだ。


 寡黙なウシカも手を打って喜び、ケハヤも何度も頷いている。

 リザードマンも大喜びだ。


 増えるというのは理屈抜きでめでたいことである。

 この日は酒をふるまい大宴会となった。


 里に新たな変化が訪れたようだ。




■■■■



井戸


地下水を汲み上げるために地表を掘削したもの。

ナイヨが作れるものは恐らく竪型の掘井戸である。

これは地下水源に当たるまで垂直に掘り進め、崩壊を防ぐために側面を石組などで固めたもの。

工事を人力で行っていた時代、井戸を掘ることは大変な労力を要する危険作業であったことは想像に難くない。

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