25話 森の夏

 盛夏が過ぎ、やや暑さもゆるんだ。

 この森はなかなか湿気が多く過ごしづらいが、食料と水は豊富である。

 難をいえば虫が多いが、こればかりは仕方ない。


 夏がきて、この拠点が変わったところは2つ。

 まず、新しい住民だ。

 ウシカの子らが元気に転げ回り、それをスケサンが相手をしている。


 リザードマンは生後すぐに動けるようになり、歩けるようになるまでは母親と巣ごもりをして過ごすらしい。

 そして、2ヶ月足らずで2本の足で歩ける程度に成長し、集落の中で暮らすのだそうだ。

 森のなかで生存率を高める工夫なのだろう。


 ウシカの子供は男の子の双子だ。

 例によってウシカとおとウシカと呼ばれているが……正直、俺には区別がつかない(スケサンは見分けがつくそうだ)。


 彼らは言葉はまだしゃべることができないが、ミニチュアリザードマンといった風情でなかなか楽しい。


 スケサンは転げ回る彼らに弱らせたカエルなどを与えて狩りを教えたり、コロコロ転がして遊んでいる。

 コロコロ転がすというのはスケサンの不思議な術だ。

 子供らが外に出そうになったり、火のついたかまどに近づくとヒョイと子供の向きを変えてやるのだ。

 ケガをしないようにひっくり返すこともある。


 どこにも力を加えていないのに、手を出せばふわりと子供が転がる様子は手品のようだ。

 子供たちはこれが楽しくてたまらないらしく、いつもスケサンの周囲を走り回っている。


(まあ、スケサンだからな)


 これで納得するしかない。

 そもそも、しゃべる骨などという未知の存在なのだ。

 魔術くらい使えるのだろう。


「うむうむ、兄ウシカは体の使い方がうまいぞ。弟ウシカは獲物への反応がよい」


 子供の相手をするスケサンは実に楽しそうだ。

 リザードマンの子供は集落の皆で育てるらしい。

 この地で産まれた子はこのように皆で育ててやりたいものだ。


「よしよし、父に負けぬ立派な男になるのだぞ。オヌシらの父のおかげでこの地に畑ができ、オヌシらが産まれたのだ。偉大な父への恩を忘れるでないぞ」


 そして、折に触れてスケサンはウシカの功績を子供らに伝えている。

 子供らが言葉を理解しているかは別問題で、語り聞かせることが大切なのだそうだ。

 ひょっとしたら周囲の大人に聞かせているのかもしれない。


 こうしたこともあり、今ではスケサンが拠点の留守番をすることが多い。


 余談だがスケサンも服が欲しいといったので、なめし革で作った簡素な衣服をきている。

 やはり裸は落ち着かないらしい。

 なめし革も作られ、簡素だが衣服も作れるようになったのだ。


 そして、2つ目の変化は農業だ。

 いよいよ1面の畑ができ、作付けが始まった。

 今はウシカ夫妻が畑の管理をしてくれている。


 そして俺とコナンは畑を獣から守る柵づくりだ。

 もちろん資材はエルフの里跡からの再利用である。

 もう放棄されて数ヶ月だが、まだまだ利用できるものは多い。


「このくらいの間隔かな?」

「もうちょっと狭めましょう。高さは十分だと思いますよ」


 コナンもすっかり肩がよくなり、力仕事もかなりこなすようになった。

 ただし、右腕が肩より上がらないのは変わらない。


「これが終わったら、またかまを造りたいんです。焼いた土の塊や割れた陶器を使えばより強い窯になりますし、新しい薪小屋を作るのも……」

「そうだな。逆がわにも新しい畑を作るわけだからなあ。どんどん木を伐採するし、使わなきゃ薪を置くところがないか」


 開拓した土地の木を無駄にしたくはないし、新しい窯で器を作るのはよいアイデアだ。

 まだまだこの地にはなにもかもが足りていない。

 なにかを作ってあまることはないだろう。


 開拓といえば、伐根した根っこを固めて置いといたらキノコが生えてきた。

 中には食べれるものもあるらしいが、毒キノコも薬にすることがあるらしい。


 順調なのだろう。

 少しずつ、俺もこの地に根を生やし始めたようだ。


「スケサン、お、大きいカマキリ捕まえた。子供たちにあげてもいいか?」

「うむ。よき獲物になるだろう」


 狩りから帰ってきたアシュリンが子供たちに大きなカマキリをあげて大騒ぎになっている。

 どうやら子供が噛まれたようだ。


「アシュリンさまも変わりましたよ。里にいたころは子供嫌いだったんです」

「へえ、自分が子供みたいなのにな」


 考えてみればリザードマンの子供らは言葉を発せず、泣いたりもしない。

 スケサンや女ウシカを呼ぶときに不思議な鳴き声を上げるだけだ。


 つまり、ピーピーと泣いたりしない。

 これは子育てのストレスの大半が軽減されているのではないだろうか。


「か、仇を討て! 逃がすなっ!」


 アシュリンが子供たちをはやし立て、カマキリにけしかけている。

 その姿からは子供嫌いなど見てとれない。

 多種族との関わりのなかでアシュリンにも変化があったのは間違いないだろう。


 ぼんやり眺めていると「わっ」と歓声があがった。

 どうやら飛んで逃げようとしたカマキリを双子の片方が捕まえたようだ。

 そのまま憐れなカマキリは補食される運命となった。


「スゴいな、リザードマンは。産まれて数ヶ月であんなに動けるんだから」

「いや、あれはスケサンどののお陰だ。リザードマンの里では年寄りが面倒を見るために狭い柵に入れることも多いのだ」


 なるほど。

 たしかにあれだけ動く子供らを老人が世話をすることを考えると、柵などに入れるのは効率的だ。

 だが、ここでは疲れを知らないスケサンが面倒をみているために子供は自由に暴れまわっている。

 それがよい影響をあたえているのだろうか。


(俺の子供もあんな風に育つのかな……ちょっと想像できないけど)


 鬼人とエルフは長命なだけに子供はできづらい傾向にある。

 それはそれで、いざ産まれれば長生きするわけだから一長一短ではあるのだが……楽しそうな子供たちを見れば、自分にも子供がいてもいいような不思議な気持ちになる。


「俺も子供が欲しくなったなあ」


 つい、思考が漏れた。

 これがどうアシュリンに伝わったのかはよく分からないが、この日からしばらくいつにも増してベタベタされることになる。

 別に構わないけど、ちょっと回数が増えたくらいで急にできたりはしないと思う。


「なあ、アシュリン。子供ができたらどんな名前にするんだ?」


 ある晩、ふと気になり尋ねてみた。

 鬼人とエルフじゃ名前が違うからだ。


「そ、そんなの決まってるだろ。キアランだ」

「そうか。決まっていたとは知らなかった」


 よくわからんが決まっていたらしい。

 決まった名前なら下手にいじるのはゲンもよくないだろう。


「だ、だめか?」

「いや、ベルクの子キアラン。いいんじゃないか?」


 こうして、この森で過ごすはじめての夏が終わる。




■■■■



森の夏


ベルクたちの拠点は川が近いので湿気が多く、気温のわりに過ごしづらい。

エルフが長年にわたり植樹したために、近くにはスモモ、ビワ、サクランボなどの果実が豊富にある。

川では魚がなどもとれ、食料事情はよい。

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