24話 新たな体

(まだ、息があるな)


 俺は苦しげに細くあえぐヤガーの首を抱えて引き抜くように捻る。

 もはやヤガーに反応はない。

 ただ手に枯れ木をへし折るような感触だけが伝わった。


「戦士の魂よ、しばし休め。時がきたれば再び戦おう」


 俺はヤガーに声をかけ、その目を閉じた。

 死力を尽くした戦士への礼節である。

 紙一重の勝負、初めの牙を食らえば倒れたのは俺だったに違いない。


「バーン、そちらはどうだ?」

「こっちも終わりっす」


 見ればバーンがヤガーの子供にトドメを刺し、スケサンを助け起こしている。


「うむ、見事だベルク。だが私の後ろ足は砕けてしまったようだ」


 どうやら俺の槍がヤガーの背を貫き、スケサンの腰骨を砕いたようだ。


「2人ともスゴいっすよ! 子供もほとんど成体す。ヤガーを2体も倒すなんて」


 興奮したバーンは大喜びだが、スケサンの傷は重そうだ。

 手を借りても立つことができないらしい。


「スケサン、動けるか?」

「いや、首だけ切り離そう。バーン、私を運んでくれ」


 いうが早いかスケサンの首はポトリと落ち、体はガラガラと賑やかな音をたててバラバラになった。


「うわっ! ちょっと大丈夫っすか!?」

「うむ、問題はない」


 バーンが大げさにのけぞり驚いている。


 なんとなくユーモラスな2人のやり取りを眺め、俺は手近な岩に腰をおろした。

 さすがに少し疲れたみたいだ。


「バーン、すまないが先に帰ってコナンとアシュリンを呼んできてくれ。俺たちだけじゃヤガーを運べないぞ」


 特に母ヤガーは信じがたい巨体だ。

 さすがの俺でも母子同時に運ぶのは難しい。


「それはいいんすけど、ケガは大丈夫すか? ちょっと見ますよ」

「ああ、頼むよ」


 引き裂かれた上着を脱ぐとかなり出血していたようだ。

 肩から背中、頭も爪で裂かれていたようだ。


「そこまで深くはないが広くやられたな。血はすぐに止まるだろうが熱が出るやもしれぬ」

「うわっ、痛そう。すぐに薬草もってきますから、巣穴の辺りにいてください。ヤガーの巣穴に近づくやつはいないはずっす」


 ヤガーの死体を巣穴に隠し、バーンはスケサンを抱えて戻っていった。


(スケサンの体か……ヤガーの骨はメチャクチャに折っちまったしなあ)


 ぼんやりと雨を眺めると孤独を感じる。

 傷が痛み、心細い。


(スケサンはこんな時間を独りで過ごしたんだな)


 バーンたちが戻るまでの時間はとてつもなく長く感じた。




☆★☆☆




 その後、合流したアシュリンたちにヤガーの大きさを驚かれたり(かなり大物だったようだ)、傷を心配されたりと色々あったが、拠点にもどることができた。


「すごかったっす。こう、槍でこいつを刺し殺したあとに、襲いかかってきたのを両手で絞め殺したんす」

「うむ、度胸と腕力がなければできぬ。ベルクならではの荒技だな」


 もう何度もバーンがヤガーを仕留める真似をし、スケサンがつきあっている。

 コナンやウシカは飽きたようだ。


「こいつは大きいな。毛皮にして身にまとうといいだろう」

「それはスゴいですね。こんなヤガーを仕留めた狩人を私は知りません」


 目の悪いウシカもコナンを手伝い、ヤガーを解体している。

 リザードマンは大物を仕留めたときに、狩人は獲物の心臓を食らうそうだ。


 俺は母ヤガーの、バーンは子供の心臓を食べた。

 これでヤガーの強さが身に宿るらしい。


(あのヤガーは心臓を通して俺の血肉になる……つまり、俺のなかで生き続けるということか)


 俺はリザードマンの風習を感じることができた気がした。


「こんなに傷をつくって。あ、あんまり心配させるな」


 心配したアシュリンが何度も化膿をとめる薬草を取りかえてくれる。

 獣に引っ掛かれた傷は膿みやすいらしい。


「ありがとな、アシュリンがヤガーに気づいてくれたおかげで誰も襲われずにすんだ」

「で、でもケガしちゃダメだ」


 たしかに、いちいちケガをしてはダメだ。

 もっと上手く対処できるようにならねばならない。


(もっと上手くヤガーを狩れたのだろうか)


 反省するが、なにも名案は思いつかない。

 次の機会があっても似たかたちになるだろう。


 結局、翌日から俺は熱をだし寝込むことになる。

 大したことではないが、切り傷が化膿して熱をもったのだ。


 隣には首だけになったスケサンが置いてある。

 はた目から見れば、病人が枕元にある頭蓋骨としゃべっている姿はさぞ不気味だろう。


「外ではアシュリンが皆をまとめておるぞ。此度こたびのことはよい経験になるだろう」

「そうか。賑やかだが、皆でヤガーを干し肉にしているんだな」


 ヤガーの皮はなめされ、肉は干し肉となり、骨は加工して道具になる。

 なんというか……人の営みのたくましさを感じた。


「ヤガーの骨はスケサンの体にはならなかったか?」

「うむ、ある程度は修復できるが、あそこまでボロボロでは時間がかかりすぎるな。子供の方ならなんとかなるだろうが爪や牙などは道具に加工したいようだ」


 なるほど、ヤガーの骨は使うアテがあったらしい。


「そうか。それならヤガーの巣を見に行ったらどうだ? あそこにはたくさん骨が散らばっていたぞ」

「なるほど、それもよいな。バーンに頼むか」


 スケサンの体は立派な男鹿だった。

 アシュリンたちが次の狩りでヤギやヤマネコを捕まえてもスケサンには合わないだろう。


「スケサンの体にするためにも大物を捕まえたいもんだなあ」

「まあな、やはり体がないのは不便さ」


 ぼんやりと体が癒えるのを待つのは退屈なものだ。

 そのうちにスケサンもバーンに抱えられて出かけていき、いよいよすることがなくなった。


 あまりゴロゴロもしたくないので表に出たらアシュリンが「どうしたんだ?」と寄ってくる。

 これはこれで作業を邪魔しているみたいでもうしわけない。


(どうしたもんかな)


 ぼんやりと皆の作業を眺めていると、バーンが戻ってきた。

 なんとスケサンも人の骨格である。


「おいおいスケサン、スゴいじゃないか!」

「もう歩いてよいのか? ヤガーの巣にライカンスロープの骨があってな。少し痛んでいたが、修復する手間を考えても価値は高かろう?」


 ライカンスロープとは古い言葉で犬や狼の獣人のことだ。

 見ればしっぽもついており、かかとの形も少し違う。

 あばら骨の辺りが砕かれているのが見てとれた。


「この体が修復するころには慣れるだろう。やや小柄だが問題はない」


 スケサンがニヤリと笑う。

 修復は損傷が大きければ数ヶ月もかかるそうだが、治せないこともないようだ。


 俺の熱が引く頃には雨季は終わりを迎え、季節は移ろう。

 夏の暑さがゆるむころにはウシカの子供たちも元気に姿を見せるようになった。


 そして秋口にはスケサンの体も修復が終わり、俺たちと同じように狩りや仕事をするようになる。


 少しずつ人が増えやるべきことも、できることも増えてきた。

 俺はこの地で暮らす充実感をたしかに感じていた。




■■■■



ヤガー


イメージはジャガー(もともとジャガーは南アメリカインディアンの言葉で殺し屋ヤガーが語源らしい)。

この母ヤガーは体長が2メートル、体重150キロ以上の最大級のサイズだ。

黄色の毛皮に黒い斑点の美しい毛並みをもっている。

その姿と強さから、森の部族のなかには神聖視するものもいるようだ。

爪とぎや排泄物で縄張りを主張する習性があり、これによりアシュリンがヤガーの存在に気づくことができた。

いきなり襲われればベルクでも危うい猛獣。

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