26話 この骨、ただもんじゃない

 ある日、ウシカの子供らをコロコロ転がして遊んでいたスケサンが、不意に声をかけてきた。


「ベルク、そろそろ新しい体も慣れてきたようだ。少し訓練につき合ってくれぬか」

「いいけど、なにをやるんだ?」


 俺の言葉にスケサンは「ふむ」と少し考え「乱れ稽古だな」と答えた。

 乱れ稽古とは初めて聞く言葉だ。


「私は素手で立っているから適当なものを使ってかかってくるといい」

「ああ、なるほど。兵法か。あまり得意じゃないけど」


 スケサンは軍人だといっていたし、体を動かしたくなったのかもしれない。

 俺は適当に槍と棍棒を2本ずつ抱えてスケサンにつき合うことにした。


「すまんがオヌシらはコナンのとこで待っておれ」


 ウシカの子供らは手近にいたコナンに預けられ、不満げに鳴いた。


 開拓中の新しい畑を抜け、少し離れた場所でスケサンと向き合うかたちとなる。


「さて、どれでもいいぞ」


 スケサンが棒立ちのまま手招きする。

 好きな得物でかかってこいといいたいのだろう。


(うーん、なら棍棒かな?)


 棍棒のような片手で扱う武器は短柄みじかえともいい、兵法の基本だ。


「スケサンはどうする?」

「無手(素手のこと)でよい」


 はじめは「いくぞ」と声をかけ、軽く棍棒を振る。

 すると、スケサンは棍棒を持つ俺の右手を軽くはじく。

 ゆっくりした動きのわりに、思いのほか芯に残る打撃だ。

 予想外の痛みと手のしびれ――これだけで不覚にも棍棒を落としてしまった。


「遠慮は無用だぞ。とまったハエが居眠りしてしまいそうだ」


 さすがにカチンときた。

 こちらはスケサンの兵法修行も久しぶりだろうと気づかったのに、この態度には腹が立つ。


「せっかく治ったのにケガしてもしらないぞ」

「くく、それができたら大したものさ」


 俺は少し距離をとり、スケサンと睨みあった。

 体格に差があるのだ。

 この利を生かしてぶっとばしてやればいい。


「ウオオォォォォゥ!!」


 俺は獣のように雄叫びをあげ、助走をつけてスケサンに殴りかかる。

 スケサンは無反応、このまま殴りつけて体当たりをすればいい。


(すりぬけた!?)


 しかし、想像した手応えがない。

 そのまま手首を掴まれ、ひねりあげられる。


「いてててててっ! なんだこれは!?」

「騒がしいな。足元がお留守だぞ」


 そのままスケサンに足を払われて無様にひっくり返される。


「くそっ! なんの魔術だ!?」

「粗いのだ、オヌシの動きは。私を倒すのに派手な動きは必要ないぞ。もう一度だ」


 スケサンが離れ、仕切り直しになる。


「なにをされたか考えろ。敵を観察しろ。この老骨を砕くのに先ほどの大振りは必要かね?」


 この態度に少し腹が立つが一理ある。

 スケサンの体格は小さく細い。


(ならば、こうだっ!)


 俺は軽く前に跳ね、腰の辺りを狙い前蹴りを放つ。

 素早く意表をついた動きだ。


 だが、またしてもすり抜けた。

 ワケが分からない。


 そのまま踏み込んできたスケサンにピシリと目のあたりをはたかれ、視界が歪む。

 だが、ここで怯んではつけ込まれるだけだ。


(なら、こいつでどうだ!)


 殴ればすり抜ける、ならば掴めばいい。

 俺は腕を伸ばしてスケサンに掴みかかった。


 だが、伸ばした右手はスケサンの手に軽くはたき落とされ、そのまま軽く胸の下あたりを殴られる。


「ごひゅっ」


 口から変な悲鳴が漏れた。

 全く息ができない。

 そのまま、なにをどうされたのか分からぬままに再び地に叩きつけられた。


(なんで小さなスケサンが俺を投げ飛ばすんだ? なんですり抜けたんだ?)


 まったく分からない。


「……なんなんだ、なぜ投げられたんだ? なぜあたらないんだ」

わすのはオヌシの動きにあわせて体を捻るだけだ。体術ともいえぬモノだな」


 スケサンは俺の言葉を受けて自分の体をひねるように動かした。

 あれだけで躱わしたというのか……全く理解できない。


「投げたのはやわらと呼ばれる技だ」

「ヤーラ? それが魔術の名なのか?」


 スケサンは「魔術ではない」と苦笑しながら俺を助け起こす。

 また投げ飛ばされるかもしれないと警戒したが、さすがにそれはなかった。


「いまは知るだけでよい。じきに慣れてこれば教えよう。次は槍だ」


 スケサンは立てかけてあった槍をとり、2~3度軽くしごいた。

 それだけで手慣れた様子が見てとれる。


「槍はさほど得意でもないがな」

「そいつはいいことを聞いた。さっきの借りを返してやるよ」


 俺は勇んで槍を掴み、不意打ちぎみにスケサンに殴りかかる。


 結果はまあ、お察しの通りだ。

 この骨はただもんじゃない。


 倒れる俺にウシカの子供らが飛びかかってきたが、相手をする気力もない。


「いまのは練習で身につく技術なのですか?」

「そうだ。誰でもとはいわぬが、稽古の繰り返しで身につく技だ」


 コナンとスケサンの会話が聞こえる。

 どうやらコナンが子供たちを連れて見学をしていたようだ。


 寝転がったまま空を見上げると、鱗のような雲がひろがっていた。

 秋が深まってきたのだ。




☆★☆☆




「あ、す、スケサンたちと遊んでたのは終わったのか?」

「まあな、なかなかハードだった」


 拠点に戻るとアシュリンと女ウシカが食事を作っていた。

 なんとパンだ。

 驚くべきことにワイルドエルフもリザードマンも別々のパン文化があるらしい。


「ちょっと待ってろ。す、すぐできるから」


 アシュリンがブナの実をすり潰した生地に砕いたクリやトチの実を混ぜ込んでいる。

 女ウシカは潰したイモとひき肉を混ぜているようだ。


 森の民は秋になると山ほど落ちているブナの実を集め、こうしてパンにするのだとか。


 女ウシカは葉に包んで蒸し焼きに、アシュリンは陶器に張りつけて焼くらしい。


「エルフとリザードマンのパンを食べくらべるなんて贅沢だな」


 ワイルドエルフのパンはカリカリで苦さの中にもほんのりとした甘さがある。

 先ほどの訓練で疲れた体に染みるような味だ。


「ど、どうかな?」

「うまいぞ。次はこっちも食べてみよう」


 リザードマンのパンはもっちりとして柔らかい。

 肉とイモが練り込んであるためかズッシリと腹にたまる。


「これもいいな。さっきのと全然ちがう、両方うまい」


 俺が感想を述べると、アシュリンが女ウシカに向かってニッコリと笑った。

 女同士で仲良くやってるみたいだ。


「スケサン、あのヤーラって技はナントカ王の軍隊の技なのか?」

「うむ、もともとはニホンという聖霊王の祖国に伝わる無手の技なのだそうだ。それを我らの先達が打物うちもの(武器のこと)でも使えるように工夫した」


 スケサンが遠くの空を眺めるような顔をした。

 昔を懐かしんでいるのだろうか。


「無手の技は柔道といってな。洗練されていたが1対1しか想定していなかったのだよ。工夫した技術を聖霊王は柔と名づけた」

「ふうん、聞いたこともないな。遠くの国の人だったんだな……それが国を作るとはたいしたもんだ」


 スケサンはカカカと嬉しそうに笑う。


「オヌシとてそうではないか。この地に小さくとも国を興した」

「大げさだよ。そんな立派な王様と比べられたら困る」


 ここにいるのは数名のエルフとリザードマンだけ。

 皆がはぐれ者、里と呼ぶにもためらいのある規模だ。


「大きくなるぞ、オヌシも、国もな」


 俺はスケサンの予言を苦笑して聞き流した。




■■■■



ブナのパン


いわゆる縄文クッキーに近いもの。

1、集めたブナの実を水につけて選別(虫食いは浮く)をする。

2、カラをわり、なかの実をすり潰す。

3、すり潰したものを何度か水にさらし、丁寧にアクぬきをする。

4、こねて生地にする。

5、火が通るまで加熱する。

これが基本のレシピだが、ワイルドエルフ風やリザードマン風のように様々なバリエーションがあるようだ。

ある程度は日持ちするので、冬に備えてブナはたくさん集めることが多い。

日本でも稲作が始まるまでドングリは主食だったという説がある。

栄養価も高く、森の民にとって貴重な食材なのは間違いない。

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