第9話 出会い 2

 捜索の結果、ブルーノはあっさり見つかった。

 ブルーノが持ちだした物は金製や銀製の神具が主だった。ならば必ず貴金属を扱う闇商人と繋ぎをつけようとするはずだ。骨董品として売り捌こうとしても、教会の香の匂いが染みついた品など誰も手を出さない。しかし宝飾品の類を扱う商人ならば、必ず職人に伝手がある。鋳つぶしてしまえば元の形などわからない。

 宝飾品そのものを売るより勿論価値は落ちるが、盗んだものだから元手は無料である。価値が落ちるといっても質さえ良ければ一財産になるだろう。

 しかし、それなりの重量の金銀の対価をその場で支払える宝石商は限られる。闇市だから皆綺麗な体ではないといえ、教会のものを流しても大丈夫だと確信できるだけの人脈も必要だ。それを持っていそうな商人ともなれば、そう多くはない。絞るのは難しいことではなかった。

 法の目を掻い潜って存在しているだけに、表の市よりも圧倒的に何でもありな闇市だが、それなりのルールは存在し、更に明確に商人同士の間に序列が存在する。

 要するに、有力な商人とそうでない商人では出店するエリアが違うのだ。この辺りの序列は表のそれより厳しい。売る側も買う側も一定以上のリスクが伴う以上、リスクに対処出来る力を持った商人に品物を売らなければ双方の不利益につながるからだ。

 そんな訳で、大量の金銀、更に絹の衣服。そんな物を扱えそうな商人に目星をつけ、密かに見張ること半刻。意外なほどすぐにその男は姿を現した。

 筋肉の盛り上がった大柄な体躯、硬そうな黒髪を短く刈り込み、殆ど繋がった眉毛の下には三白眼が残忍そうな光を放つ。鹿皮の上着に熊の腰巻と、まるで狩人のような恰好をしているが、携えているのは弓ではなく両刃のずっしりした剣だ。担いでいる袋には、戦利品が詰め込んであるのだろう。盗んだものは到底担げる量ではなかった筈だが、一旦めぼしいものを引き渡した後、商人に引き取りに来させるつもりかもしれない。

「支部で参照した人相書きと一致する。行くぞ」

 物陰から意気揚々と歩く男の姿を認めたラクスが、小声で言う。

「…全然警戒してなさそうだけど、あれってもしかして追跡されてないと思ってるのかな?」

「まさかそこまでアホではないと思いたいが…あの様子では可能性は濃厚だな。変装すらしていないとはな。恐れ入った」

 呆れた風にそう言うラクスに、アリアは無言で頷いて同意を示す。

 教会から旅人本部に依頼が来たのは確かに異例の事態だ。しかし、旅人に依頼をかけた教会がただ手を拱いていたとはとても思えない。祭事前で手が足りないとはいえ、彼に持っていかれた神具の数々がなければ儀式に影響を来すというなら動かないわけにもいかないだろう。

「なんかさぁ、本部に依頼かけなくても良かったんじゃない?巡礼僧何人か寄越せばそれで足りたじゃない」

「まあ旅人の方が旅人の情報を集めやすいのは確かだから効率的ではあるんだが…。しかしこれだけ杜撰な仕事だと、旅人じゃなくても間に合っただろうな。寧ろなんであいつに盗まれたんだ…?」

 ラクスが疑問を呈すのも無理はない。

 教会はこの世界において最高級の権力を持つ機関の一つ。光の善神ギリトワイスを祀り、人々の信仰を一手に集める彼等の元には、人も金も勝手に集まる仕組みになっている。いくら大規模な儀式の前で忙しかったとはいえ、目の前の田舎山賊もどきに大事な神具を盗まれるような薄い警備を敷いている筈が無いのだ。

「金で雇ったっていう他の連中が優秀だったとか?」

「いや、それは無いだろう。そうだったらたかだか二日で情報屋に身元が割れてるわけがない。そもそも、殆どの連中が裏路地の破落戸に毛が生えたようなレベルだぞ」

 言ってラクスは暫く何かを思案する風に眉を寄せたが、それもほんの少しの時間のこと。すぐにアリアに耳打ちする。

「…計画を変更するか。アリア、このまま泳がせるぞ」

「へ?良いの?」

「ああ。あのアホがどんな勇み足踏んでも、あいつ程度が簡単に教会に潜入出来るわけがない。黒幕がいるか裏があるか…。とにかくここで手を出すのは早急だ。最悪罪を擦り付けられる可能性もあるかもしれん」

「…根拠は?」

「勘だ」

 きっぱりと恥ずかし気もなく言い切るが、熟練の勘というものは強ち侮ったものでもない。何となく今日は気が乗らない、何となく嫌が予感がする。その勘に従って命が助かった例は意外と多い。

「キャンセルするの?」

「いや。ただもう少し様子見する。今ここでわざわざ奴と接触しなくとも、あいつは十中八九売り物の残りをどこかに隠してるだろう。商人を連れてその査定に戻る可能性は高い」

「尾けるんだね?」

「そういうことだ」

 言ってラクスは目立つ長身を建物の影に隠す。

 予定ではここでラクスがブルーノと接触、挑発して路地裏に誘い込み、隠し場所を吐かせて盗品を奪い返す手筈だった。盗人と直接接触を持つかなり荒っぽい手段だったが、ブルーノ程度が相手ならば問題は無い。しかし、奴の裏に黒幕がいるかもしれないとなれば話は別だ。慎重さは身を救う要素である。

 案の定アリア達が目をつけていた商人の所に品物を持ち込んだブルーノは、一しきり何か話し合った後、商人を伴って店を出てきた。たかだか市の露店といえど、商いが大きい連中は何人かは腕の立つのを連れている。その内の二人に店番を任せ、残る一人を伴って、露店の店主はブルーノの後をついて歩く。街の豪商人のように派手な恰好をしているわけではないが、身に着けている物は見る者が見れば高価だとわかる品ばかり。特に魔技師が加工する特殊な装備品と見受けられるマントは、並の宝石より遥かに高い。そしてそのマントの下、左腰の辺りにサーベルのような細身の剣を提げている。

「…結構やりそうだな」

「ブルーノよりは確実に強そうだよねー」

 本人がその調子なのだ。勿論護衛は言わずもがな。

 気配を察知されないよう、苦労して距離を取りながら後を尾けると、ブルーノはそのまま船には乗らずに路地を折れて町の郊外へ向かって歩いていく。複雑な路地を右に折れ左に折れして、やがて橋の下に設けられた水路の脇に辿り着く。

 地上の水路以上に、ラテウの地下水路は複雑だ。慣れない人間が入ればまず迷う。古い地下水路など存在を把握されていない所すらあって、そういう場所は犯罪者の恰好の溜まり場となっていた。ブルーノが目をつけたのもそんな場所の一つだろう。

 橋の下にあるものの、まず橋自体が相当に古い。ラテウでよく見るレンガ造りのアーチ橋だが、赤いレンガにはところどころに割れや欠けが見られ、更に橋梁には濃い緑の蔦が絡まっている。これが日当たりの良い空気の穏やかな路地の一角に設けられた橋だったら、さぞ人の目を楽しませてくれたことだろうが、生憎とこの橋の下を流れる水は濁って異臭を放つ泥水だった。

 十五年程前に新しい汚水処理施設が完成してから、カメンテールの汚水は島の東に位置する処理施設に集まるようになっている。恐らくこの流れもそこに引き込まれているのだろうが、この近辺に関しては古い水路をそのまま使っているようだった。新しい物なら汚水をそのまま地上に晒すような造りにはなっていない。恐らく新設備が出来る前は、この辺りに古い汚水処理の施設でもあったのかもしれない。その証拠に、地下への入り口には、すっかり錆び付いた扉がついていた。通常ならばただの水路に扉はつけない。中に水門等を操作する設備があったり、或いは重要な施設に繋がる通路が設けられている場合に限って、鍵のついた扉が設けられているのが普通だった。ブルーノは鍵を回す様子も無く開けていたから、鍵自体はブルーノが壊したか、もっと前に自然に壊れていたのだろう。

 錆びた蝶番を軋ませながら扉を開け、入り口のところに置いてあった松明に火をつけて、ブルーノは商人達を先導しながら扉の奥へと入っていく。

「他に見張りの気配はないな。行くぞ」

 完全に扉が閉まったのを見届けて、ラクスが動く。アリアとラクスが二人で観察したところ、水路の入り口の外に他の人間の気配は感じない。錆び付いた蝶番に武器の手入れに使う油を差し、音を立てないようにしてこっそりと中に侵入した。

 通路の中は意外に乾いていたが、傍に汚水の川があるせいかはっきりそれとわかる悪臭はするものの、目に沁みる程の匂いではない。ブルーノも特に用心するでもなく普通に松明をつけていたし、ガスが発生しているような箇所は無いのだろう。

 通路の壁には小さな明かり取りの窓が幾つか設けられていたが、蔦にでも覆われてしまっているのか明かりらしい明かりは入ってきていないが、目が慣れれば周囲の様子は大体わかる程度の光はある。普通に歩く分にはやや不便だが、この薄闇の中で灯りをつければブルーノ達が振り返りでもしたら、一発で所在が知れてしまう。第一、この程度の暗がりで参っているようでは到底旅人など務まらない。

 水路脇の通路だけあって、ひび割れた石畳の床はあちこちに苔が生えていた。壁から天井にかけては昔ながらの赤レンガを積んだ工法で、年月を経た今になってもなかなかしっかりしているように見える。苔は足音を消すには都合が良いが、下手をすれば滑って足を取られかねないから、下手に踏まないように注意しながら、アリアは先に行くラクスの背を追った。そうやって暫くラクスを追いかけたところで、アリアは不意に立ち止まった彼の背中に鼻をぶつけた。下手に声を上げられないから目線で抗議するも、大人げない師匠はまったく意に介した様子がない。

「あそこだな」

 ラクスが小声で囁く。

 いつまでも膨れていてもこの男が何か反応を示すはずが無いと知っているから、アリアはその声が示す方を覗き込もうと、無駄に長身の師の右側からひょこりと顔を覗かせた。

 通路はラクスがいる場所から三歩程奥に行ったところで二股に分かれていて、ラクスが示しているのは正面に伸びた通路の突き当たりに位置する扉だった。

 遠目に見てもその扉は妙に新しい。昨日今日出来たものでは無いにしても、確実にここ数年以内に取り付けられたものだろう。木で出来ているのに目立った割れもなく、上方に丸く取られた物見窓のガラスも、割れたり罅が入っている様子はなかった。

 その丸いガラスから、煌々と明かりが漏れている。試しに左に伸びたもう一本の通路も覗いてみたが、こちらはアリア達が今いる場所と同じ、薄暗い通路が延々と続いているだけの、全く代わり映えしない光景がずっと先まで続いている。

 よくよく見れば、二股になった通路の先、正面に続く通路の方は壁や天井に使われている石材や工法も微妙に違うようだった。さも、元から二股に通路が分かれていたのだという風に装ってはいるが、まじまじと見ればこちらの方が新しいことがわかる。

「師匠…これって…」

「一種の闇倉庫、だろうな。この辺りは盗品のやり取りが多い。大方、元々下水施設があったここに悪徳役人がこっそり手を入れて、倉庫として場所を提供してるんだろう。多分ここだけじゃなく、そういう場所が幾つかあるんだ。闇市は毎日あるわけじゃないし、日によって商人の顔ぶれも違う。自分の持ってきた物が必ず捌けるわけじゃないからな」

「なるほど。だからこういう場所を貸してもらって、自分の持ってきた盗品を高く買ってくれる商人が来る市が立つまで隠しとこうってわけね。役人が相手なら官憲に踏み込まれる心配もないもんね」

「そういうことだな。ここまで特に鍵がかかってたわけじゃないし、あの扉にも錠らしいものは無い。あの部屋の中に更に隠し部屋があるということだろうな」

 行ってラクスは長身を屈めて素早く扉の前に移動し、部屋の中の様子を窺った。アリアも師に倣ったが、聞き耳を立てても特に何の物音もしない。人間が中で活動している様子は無かった。試しに扉を形成している板の継ぎ目にも目を当ててみるが、見える範囲に人影はない。ラクスを見上げて一つ頷くと、服の内側からナイフを一本引き抜いて、それを構えながらラクスがそっと扉を開ける。指一本分ほど開けたところで再び中の様子を窺うも、やはり中に人影はなかった。

 扉の内側はこぢんまりとした部屋だった。

 普通に見れば、下水施設の施設管理者が用事がある時に滞在する部屋のように見えるだろう。扉から正面には暖炉、その暖炉の右側の端には木で出来た椅子と机。机のすぐ左隣に小ぶりの棚があり、上には日誌のような帳面が数冊。左端には簡単な造りのベッドの枠があるが、上には布団は乗っていない。部屋の丁度真ん中の位置の天井からは、鉤が下がっていて、そこに錆の浮いた大ぶりのランプが吊ってあった。

 アリアが端から端まで歩いて精々十歩程度の小さな部屋。何も知らない人間が見れば、古い施設の部屋がそのまま残されているのだと、疑いも無くそう思うだろう。

「んー、こういう場所で怪しいのは大体暖炉って相場が決まってるんだけど」

 アリアはそう言いながら赤い化粧レンガを貼った暖炉を眺める。

 暖炉は他の床や壁とは造作が違う。従って違和感を感じさせることなく扉を仕込みやすいのだ。あとは作り付けの大きなクローゼットや本棚、絨毯敷きであればその裏と、普段目に見えないのが自然な場所に設けられていることが圧倒的に多い。どんな腕利きの職人であろうと、平坦な床や壁に扉を完全に同化させることなど不可能なのだから、それも当然の話だ。

 暖炉の大きさはアリアの腰よりやや上の高さ、幅は二メル程だろう。貴族の邸宅のそれとは違ってマントルピースには特に飾り気はなく、ただレンガが組まれているだけ。正面には火のついた薪が崩れてこないように柵が設けられていて、その先端に丸い飾りが施されているのだけが唯一の装飾といえるだろうか。使用していない部屋を演出しているのだから当然灰や燃えかすの類いは無いが、内側は煤けたような汚れがついていた。

「芸が細かいねーっと…これかな?」

 手前に設けられた柵。炉床の手前の方に固定された横棒に、格子状に何本か鉄棒が溶接されている。その格子の中の一本に溶接されていないものがあって、どうやら回る仕掛けになっているらしかった。

「師匠、あったよ」

 周囲の探索をする場合、身長の都合でアリアが低い位置、ラクスが高い位置を担当するのが常だ。棚の上やらランプを釣っている鉤やらを調べていたラクスに声をかけると、ラクスが音もなく近づいてくる。

 ブルーノが扉を通って恐らく十分程。品物の査定をする分の時間があるとはいえ、余りこちらの作業に時間はかけたくない。

 ラクスが長身を屈めて暖炉の底をこつこつと叩くと、明らかに埋め込まれたレンガを叩くのとは違う調子の音がする。板戸の表面を加工した物にレンガを薄く切断したものを貼ってあるのだ。

 それを確認したラクス一つ肯いて、内懐を漁って小瓶を二つ取り出した。一つはコルクの栓がされた細長い瓶で液体が入っており、もう一つは素焼きの小さな壺に粉末が入っている。

 ラクスはコルクの栓を開けて素焼きの壺に入れて再び栓を閉め、更に念入りに振った。粉と液体が完全に混じったのを確認して、アリアに頷く。

「開けろ」

「りょーかい!」

 ラクスの合図を受けて、アリアは素早く、しかし静かに格子を回す。何かがかちりとかみ合う音がして、暖炉の底の一部が盛り上がったのがわかった。丁度男の手でつかめるほどのその出っ張りは明らかに取っ手で、持って引き上げると、重くはあるが確かに開く。

 取っ手を持ち上げながら、出来た隙間を覗き込む。

 扉を開けてすぐは短い石段。勾配の急な階段とはいえ精々五、六段だから地下としては余り深くない。石段の幅は大人が二人通れる程で、幅に合わせて短い通路が切ってある。石段を下りた突き当たりは壁で、右手側に隠し部屋への入り口が開いていた。

 構造上隠し部屋の中から階段の上にある入り口は見えない。商人は護衛を連れていたが、通路に見張りは立たせていないようだった。恐らくはブルーノに襲われる事も考えて、商人に張り付いているのだろう。

「大丈夫。行けるよ」

 頷きながら扉を引き上げる。軋む音が響かないようにゆっくりとそれを引き上げると、すかさずラクスが中に入る。扉を開けたまま中の様子を見守っていると、音を立てない身のこなしで階段の下まで下りたラクスが、手にした素焼きの壺を室内に投げ入れるのが見えた。

 下りて投げて戻ってくる。見事な速さでその動作を終え、ラクスの金の尻尾が入り口を通り抜けたのを確認して、アリアはすかさず入り口の扉を閉めた。いくらも経たない内に扉の隙間から白い煙の筋が漏れ出てくるのを見てから、水路側に続く扉を開け放つ。

「五分くらいかな?」

「それだけあれば十分だろう」

 言って師弟で顔を見合わせて、互いに悪い顔で笑った。

 ラクスの持っていた薬は眠り薬の一種で、粉にした眠り薬を液体に混ぜて揮発させて使う、煙幕の仲間である。大人で問答無用で眠らせる威力を持つ分持続時間は短いが、無頼漢の一人や二人や三人、縛り上げて無力化するには十分な時間は稼ぐことが出来る優れものだ。

「いいの?高いんでしょ、それ」

「今回は支部の人間に恩売ってるからな。報酬に上乗せしてもらうさ。支部協力の必要経費として申請する。ついでにちょっとばかり色もつけてもらう」

「うわぁ、かわいそうに」

 この薬を作ったのは王鳥の時にも使った手投げ光弾や拘束具を作った優秀な男だが、品質相応の値段に更に上乗せして要求してくるがめつい面も持ち合わせている。法外だと――そもそも合法も非合法もあったものではない仕事だが――怒る程で無い値段な辺りは流石だろうか。他に同じ品質を提供出来る人間がそうそういないことを知っているからこそ出来る、強気の商売である。勿論、高額報酬の仕事が多い旅人のラクスだからほいほい支払えているのであって、下級支部員などに軽々しく払える金額では絶対にない。

「こんな面倒な仕事受けてもらったらそれだけで御の字だろうさ。本部としても教会の依頼なんて受けたくなかっただろうが、ただでさえ微妙な仲なんだ。一層拗れる原因は作りたくないから受けたんだろうな。それで支部の連中に押しつけるのはどうかと思うが、本部に集まる連中がやるとは思えないからな。下級階梯の誰かに拾わせるつもりだったんだろうが……」

「どう考えても関わりたくないよねえ」

 トラベラー本部と教会は水と油の間柄。そんなことは経験の浅い低階梯トラベラーでも知っている。特に低階梯の人間は、自分が縄張りにしている世界片に止まって仕事をすることが多く、世界片を余すところなく回る巡礼僧には下に見られて嫌がらせじみた扱いを受けることも多い。教会に良い印象を持っている人間などまずいない筈だ。

 そう、その支部員は運が良かったのだ。報酬の良い依頼を好んで受ける高階梯の旅人は、報酬も低く面倒なしがらみの匂いがするこんな依頼は普通ならば絶対に受けない。経費に色をつけてもらったとしても、報酬自体が低いのだからお話にならない。低階梯の人間だってこの報酬ならば別の依頼でも稼げなくはないし、そもそも期限内に依頼をこなせる能力が無い者だってたくさんいる。

 アリアは見上げる位置にあるラクスの無駄に整った横顔を見て口元を緩めた。

 色をつけるだの何だの言ってはいるが、件の支部員に経費を引っ張ってくるだけの力が無ければ、個人でも支払えるレベルまで要求は下げるだろう。場合によっては要求を取り下げることだって十分あり得る。

 アリアの師であるラクスはそういう男で、アリアも師匠のそういうところが嫌いではない。今回の依頼にしても、教会相手に点稼ぎが出来たと本部の人間に恩着せがましく言ってやれるくらいの利点はあるのだし、たまにはこういう事があっても良いだろう。

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