第5話 旅人 2
昔も昔、大昔。まだ神々がこの地上に降臨し、その辺を歩き回っていた頃のこと。
世界を作ったとされる創造神ギリトワイトと、その影から生まれた邪神アレクバイド。彼等の戦いによって世界は七つに引き裂かれ、欠片となった世界は互いに隔絶されて独立した存在となった。世界を繕う力を持つギリトワイトは戦で受けた傷が元で裂け目に落ち、未だにそこで傷が癒えるのを待っている。
七日の聖戦。あるいは分断の七日間と呼ばれる話で、アリアに限らずこの世の子供の殆どはこの話を寝物語に聞いて育つ。現実主義的な人間に囲まれて育ったせいかアリア自身は別段信心深い方では無いし、週末の集会にも出かけたことは殆ど無かったが、この話だけは十五の歳を迎えた今でも細部まではっきり覚えている。
何しろ、アリアはこの世界な奇妙な有様を、説明出来る話を他に知らない。
この世界――セプトレーフは確かに分断されている。
欠片とされる世界は七つ。アリア達が居を置く第一世界片(ネセルテ)を初めとして、第二世界片(ラテウ)、 第三世界片(イフレ)、第四世界片(ニウド)、第五世界片(アレス)、第六世界片(カルド)、第七世界片(ギルス)と呼ばれる七つの世界片。それぞれに特徴があって、昨日までアリアがいたイフレは砂漠と火山帯がその面積の殆どを占め、点在するオアシスに群がるように人間が暮らしている一方、今居るアレスはその大部分が樹木に覆われ、森林の中で人々は細々と田畑を拓き、生計を立てている。その他の世界もそれぞれ偏りともいえる奇妙な特徴があって、丁度良くバランスが取れているのはアリア達の本拠ネセルテくらいのものだった。
この事実を実体験として知っている人間はそう多くは無い。大半の人間は生まれた国を出ることは無いし、国と国の間をうろうろする旅芸人や商人達も、世界と世界を隔てる「狭間」を越えることは出来ない。行き来する人間が少なければ少ないほど伝わる情報は少なく、情報が少なければ当然関心は薄くなる。だからこの世界に生きる多くの人々にとって、他の「欠片の世界」はおとぎ話に出てくるそれと大差無い存在に過ぎなかった。どうせ見る事も行く事も出来ないのだ。大体の人間はそんな幻のような存在の情報をせっせと集めるほど暇ではない。
アリアだって自分がただの平凡な農家の娘だったなら、この神話にさほど興味は持たなかっただろう。少なくとも、教典に出てくる他の話と変わらない程度の興味しか持たなかったに違いない。しかし、実際に分断された世界と世界、その間を渡り歩く身となれば、成り立ちとされる話に興味が出てくるのは当然だろう。例えがそれが真偽の疑わしい神話であっても。
分かたれた世界を渡れる人間は少ない。人間がその術を持つことすら知らない人間が多くいる中で、実際にそれを行使する人間は実に希少だ。
アリアの知る中で、世界を渡れる術を持つ人間は二種類。「旅人」と「巡礼僧」がそれで、アリアは前者、旅人を生業とする人間の一人だった。
旅人は平たく言えば賞金稼ぎの一種である。通常の賞金稼ぎと違い、その依頼内容は動植物のサンプル採取や物資の運搬、罪人の討伐、地質調査に魔物退治と実に広い。専門知識を持たなければやれない依頼も多いから、ある程度内容によって住み分けはされているものの、基本的には受けた依頼は何でもこなす。要は世界規模の何でも屋であり、堅い仕事では決して無い。職業を告げればそれは何だと問い返されることが殆ど。稀に存在を認知している人間に出会っても良い顔をされることはまず無い。眉をしかめられるかあからさまに避けられるか、さもなければ相手もお天道様の下を顔を上げて歩けない人間であるか。大体はそんなところだ。
今回アリアが手がけた火熊の角の採取は、旅人の依頼の中でも最もポピュラーな素材採取と呼ばれる部類のもので、狩る対象によってその難易度が大きく変わる。火熊は元々大人しい性質の魔獣ではあるが、絶滅に瀕しているために殺しは不可、更には住処となる火山の条件が厳しいことなどから、今回の仕事はそこそこの料金が期待できるだろう。更にここ、アレスでの依頼はそれに輪をかけて高額の賞金が狙える。逃す訳にはいかなかった。
「早く追いつかないとどやされるなぁ、これは。」
待っている男の顔を思い浮かべ、げんなりとした顔で溜息をつく。彼がこのヤクモに潜んでおよそ五日。得体の知れないハンターのせいでアリアの仕事を急がねばならなくなったから、対象を監視するため、この寒い季節に野宿を余儀なくされているのである。
「不機嫌だろうなぁ…。」
アリアだって同じ立場ならば機嫌は良くないだろう。森林で野宿するだけで大変なこの季節、寒いわ食料の確保は大変だわ、おまけにターゲットに気付かれる可能性があるから満足に火も焚けない。炭を入れる携帯用の懐炉と防寒具だけで寒さをしのぎ、乾燥して味も素っ気も無い携帯食で食事を済ませる。水場が遠ければ、飲み水だって最小限に抑えなければならない。それを五日も続ければ、どんなに懐の広い人物だって苛々しようというものだ。
せめてもの機嫌取りにと、目にした食べられる木の実の類をもぎ取りながら歩を進める。今の時期なら秋グミが美味しい。赤い果実は汁気が多く、酸味と甘みのバランスが絶妙で疲れも取れる。用意の皮の小袋に、潰れない程度に詰め込みながら、アリアは辺りに探し人の痕跡が無いかどうかを見回した。
この広い大森林、呆けていてはちっぽけな人がつけた印などすぐに見落としてしまう。狩人が獣を跡を追うように注意深く見なければ、とても合流することは叶わない。
枝を折る、木の幹に印を残す、草を刈り取る或いは結ぶ。合図の方法は無数にある。どういう方法で後続のアリアに合図を残すのか、それは先行するアリアの探し人が、状況を見て判断する。ターゲットはどういう性質を持っていて、どこに行くのか。それを追う彼はどういう道筋を辿って、どこに合図を残すのか、アリアは見極めなければならなかった。
木々が鬱蒼と茂る森の中。獣道と呼べる程の道も無く、草を掻き分けながら進まねばならない今の状況ではまず地面に合図は残さない。そんなことをすればそれこそ一生かけても見つからないし、わかり易いように草を刈れば今度は一瞬でばれてしまう。気をつけるべきは同じターゲットを狙う同業者、或いはこの土地の賞金稼ぎである。彼らの中にはライバルを後ろから刺し殺してでも金を手に入れたいという無頼の輩も少なくない。ヤクモ大森林の奥深くにまで分け入って来られるくらいなら当然ある程度腕も立つ。すぐにばれるような不用意な合図を残すわけには断じていかないのだ。
ならば上だ、とアリアは周囲の木の中でもとりわけ大きな一本に歩み寄り、徐に幹に手をかける。幹の太さは大人七人手を繋いでやっとというところだろうか。無論、抱え込むことは出来ないから、瘤やささくれを足場にし、それでも届かない箇所には用意の短刀を刺して足場を作る。そうやって木の中ほどまで登ったところで、今度は太めの枝に腰掛けて、しげしげと辺りを見回した。
「ん~?」
視界を埋める木の数々。その一つ一つを見るのでは無く、なるべく焦点を拡散させるように意識して、広い範囲に意識を凝らす。そうやって辺りを見回すと、違和感のある箇所がまるで静かな水面に浮かぶ泡の如く意識の端に引っかかるのだ。特にこのヤクモ大森林は人の立ち入らない自然の迷路。人為的に何らかの痕跡が残されていれば、必ず強い違和感を残すはずだった。
「…あった!」
最初に見つけたのは、この森の中では比較的若い樫の木だった。若いとはいえ、すでに幹は十分に太い。枝ぶりもまた見事で、巨人が指を広げたようにしっかりと四方に枝を伸ばしている。
その一番下の枝。東の方角を向いた見事な一本、そこから分かれた細い枝の先端数メムのところが、鋭利な刃物で切り取られているのが見えた。
「東ね。なら次は…」
切り取られた枝が指す方向に視線をやると、更に十歩程離れた場所にまた一本、数メム先の欠けた木が見つかる。更に欠けた枝が指す方角にはその次が、という風に枝の指す方角に歩いて二時間程。こちらも腹がなり始めた頃、ようやく視界が開けた場所に出た。
突如として現れたのは断崖絶壁。殆んど垂直に落ち込んだ地面は、大小に隆起しながら糸のように細く見える深い紺色の水面に続いている。そんなに細く見えていても、その河は実際に岸に立って見れば丸太三本渡してもまだ対岸には遠い。雨季ともなれば水位が上がり、小型の船など木っ端のごとく飲み込まれてしまう、どんなに熟練の船乗りでも避ける難所だ。そしてその河を懐に抱く峡谷もまた当然のように大きい。こちらと同じく巨大に育っているはず対岸の木々が、ただの緑色の塊にしか見えない。
その緑の襞の合間に、不意に白い影が現れる。木間に蠢くその影は、一瞬アリアの視界を横切りすぐにまた木々の中に埋もれてしまったが、その影の尋常でない大きさだけははっきりとわかる。
「いた…!!」
アリアは登った樅の枝が折れそうなほどに身を乗り出し、嘗めるように周囲の地面を見回した。
あれが居たということは、必ず近くにいるはずだ。
神経を研ぎ澄ます。木々の合間、岩の影、茂みの中、どこかに自然ではあり得ない何かが必ずある。
「そ、こだぁ!」
恐らく数年前に木が倒れたのだろう。少しばかり開けた空間に比較的若い木が集まる辺り。群生している白樺の若木が、何かに引っ掛かっているかのようにたわんでいる。
弾むように枝を蹴って樅の木から飛び降り、目星をつけた場所に向かう。近づいて見ると、数本の若木がロープで束ねられ、円錐形を形作っている。その円錐形の内側には暗緑色の防水布が張られており、よく見ればその防水布には一箇所、人が這い込めるように縦に切れ込みが入れてあった。 森に分け入る狩人達がよく作る簡易の寝小屋である。木々が密集している場所でしか作れないが、木を切る手間も要らない上、若木同士を括りつけている紐さえ解いてしまえば完全に元通りになる。場所を荒らす心配が無い。
入り口から中を覗いてみると、防水の油紙の上に落ち葉が敷かれ、隅には畳んだ寝袋と火の消えたランプが置かれていた。
留守か、と肩を落とした瞬間だった。
「遅い」
背後から声がした。日常的に戦いの中に身を置く者として、アリアはいつも周囲の気配には気を配っているし、気配には聡い方だ。そのアリアの背後に忍び寄れる人間となれば、自然と数は限られる。
「師匠」
呼ばわって振り返る。
立っていたのは長身の若い男だった。何故か片手に山鳥を丸ごとぶら下げた彼は腰に届く金髪を首の辺りで一つに括り、その女のような髪型が浮いて見えない程度には整った顔立ちをしている。不機嫌そうな切れ長の目は若草を思わせる緑で、への字に結んだ口元の周りにはだらしの無い無精髭の類は見られない。すらりとしながら要所にきちんと筋肉のついた体型と相まって、美丈夫と言って申し分ない容姿だが、如何せん美形は三日で飽きるのだ。幼子の時分から付き合いのあるアリアにとって、彼は技を仕込んでくれた師であり、共に暮らす家族。それ以上でもそれ以下でも有り得なかった。
彼の名前はラクス。アリアと育ての親を同じくする兄貴分であり、十の歳から旅人稼業に足を突っ込んだ先輩でもある。凡人という線から一歩足を踏み外した連中が多い稼業ではあるが、流石に十歳で業界入りは極めて異例であり、目立つ容姿のせいもあって旅人業界の中ではちょっとした有名人だ。何せ彼の旅人階梯は今のところ最高であるAA。十年近い経験を持つとはいえ、未だ到達する人間の少ない最高階梯審査を十代でパスした偉業は本部でも語り草だという。
その業界でも注目の有望株は、切れ長の目に苛立たしげな色を浮かべてアリアを見下ろしている。
「何をぐずぐずしてたんだ。俺一人で片付けて帰ろうかと思ってたぞ」
四つん這いの体勢から見上げると、この男の顔は遥か高みにある。立った状態で並んでも頭一つは違うのだからそれも当然で、しかしそのまま見下ろされているのも業腹だから、アリアは掌についた砂を軽く払って立ち上がる。
「仕方ないでしょ。意外に粘っこいハンターが張り付いてて、なかなか巣から出てきてくれなかったんだから。ボクのせいじゃない。それに、流石の師匠だって一人じゃ荷が重いから待ってたんでしょ?なら文句は言わない」
「待ってたんじゃない、待ってやってたんだ。弟子に少しでも多く経験の場を与えてやろうという心遣いだ」
「はいはい。それで?ターゲットは今どの辺?」
心にも無い台詞を吐く己の師の首から遠眼鏡を引っぺがして己の首にかけ、アリアは手近な木に登ってそれを目に当てた。
緑の木々の葉が襞のように連なる森が、その円形のレンズに切り取られた瞬間に枝や幹の細かな様子までもが鮮明に映し出され、目の中に飛び込んでくる様はいつ見ても見事だ。仕組みはさっぱりわからない。作った男は光がどうの屈折がどうのと訳のわからないことを長々と喋ってはいたが、半分もまともに聞いてはいなかった。
樹下の師が指差す方向に遠眼鏡を向ける。針葉樹が多く暗い色合いの緑の辺り、そこに目線を向けるとその暗い緑の隙間にちらちらと白い何かが見え隠れしている。木々の大きさと比べて見れば、その白い物が相当な大きさであることはよくわかる。恐らくは二メル以上、一瞬逸らすように伸ばした首の長さも含めるのならば三メルはあるだろう。
「大人の雄…三歳くらいかな?」
アリアが足元よりも下にいる師に問いかけると、彼は首肯でそれに応えた。
王鳥。極めて大型の鳥型魔獣で、通常はニウドにしか生息しない種である。歳を経た雄の個体ならば稀に七メル近い体躯を持つものもいる種で、肉食ではあるが空腹で無い限り温和な性質。知能、学習能力が共に高く、リスクを伴う狩りは最小限に抑える特性を持つ彼等が、人間を襲うことは滅多に無い。ニウドには王鳥を手懐けて、荷物や人の運搬で生計を立てる部族すら存在した。
さて、今アリア達が立っているこのヤクモ大森林は第五世界片―アレスの南東部に存在している。アレスは地表面積の実に七割以上を森林に占められており、僅かな平野部に都市が密集していた。対して王鳥が本来生息するニウドはその大部分が草原か、殆ど岩山に近い峰が連なる山岳地帯であり、アレスとは対極の様相を呈している。大地に愛され植物が存分に根を張るのがアレスなら、気ままな風が奔放に舞い踊るのがニウドなのだ。王鳥はそのニウドに適応するよう進化を遂げてきた生物であり、翼を広げる隙間も無い森林ばかりのアレスになど住み着いて住み易いわけが無い。そもそも彼等は世界を隔てる境である狭間を越える手段など持ち合わせていない。
それなのに何故王鳥がこのヤクモ大森林にいるのか?
その理由こそが、今アリア達がこの場にいる理由でもあった。
「本っ当に迷惑!規定守れないなら旅人になるなっていうの!」
旅人の規定はそれ程多くない。他の世界に渡った旅人が、そこで犯罪行為を犯そうが、遭難して死のうが、基本的に本部は無関心である。一応職業ギルドの体を保ってはいるが、旅人は基本的に何もかもが自己責任で成り立っている。自分の身も守れない弱者のことに、一々かかずらってはいられないのだ。
そんな職業であるから、旅人の行動を縛る規定は概ねただ一つの概念に拠ったものになる。
即ち、隔てられた世界片同士を不用意に交わらせること罷りならず。特に世界片間における生物の持ち運びはかなり厳密に規定を敷かれており、下手に持ち込んだ旅人は速やかに粛清され、生物は回収される。そしてこの任を負うのも、無論旅人の仕事なのだった。
「片外外来種はマニアの間で高値で取引されるからな。見つかれば問答無用で粛清される危険な賭けだが、上手くいけば一生遊んで暮らせるだけの金は手に入る。だが王鳥とは…。また下手打つ馬鹿がいたもんだ」
あれだけ巨体の生物を、一体どうしたら隠し通せるというのか。大方、大枚を叩いて雛を手に入れたは良いものの、育てていけなくなってヤクモ大森林に放置した馬鹿野郎がいたのだろう。そう冷静に分析する師の言葉に、アリアは眉を吊り上げた。
「馬鹿で本人が痛い目見るだけなら良いけど。人間に酷い目に合わされた王鳥は二度と人間に気を許さない。…あの子、もう二度と家には帰れないんだ」
野生の王鳥の巣は人間が立ち入るには困難な場所にあるため、密輸入される雛の殆どは、王鳥乗りと呼ばれる部族の集落からこっそり盗み出されたものだった。
人と生きるために生まれた彼等は、それでも二度と元の暮らしに戻ることは叶わない。王鳥は記憶力が非常に優れている。温和な性格で、ニウドでは人と生活を共にする彼等だが、人との絆を作る前に人間に酷い目に合わされれば二度と人を信用しないし、人を背に乗せることも絶対にしなくなる。ただ餌を消費するだけの肉食獣を養う理由も余裕も、風の国の一部族には持ち合わせが無い。だから厄介者と化した王鳥は、そのまま野生として離され、縄張りを侵されて怒った他の王鳥から追い回されて惨めな最期を遂げるのが一般的だった。
目の前の王鳥を待ち受ける悲惨な運命に、アリアは遠眼鏡を握る手に力を込める。同胞もいない、碌な狩場もない、この森林に覆われた大地でたった一羽懸命に生きてきた。望んだわけでも無いのに故郷から連れ出され、しかしその故郷に戻っても、今更その故郷は彼を歓迎しはしないのだ。
「…同情するなとは言わんがな。どうしようもない事ってのは、この世の中に幾らでもある。どんな運命が待ち受けていようと、こいつは元の世界に戻さにゃならん。それは飲み込めよ」
「わかってるよ。ここにあの子がいたら、ヤクモの生態系が崩れかねない。そしたら皆が迷惑するもんね」
ヤクモ大森林は畏れと尊敬を集めるアレスの聖地だ。また数限りない貴重な薬草が自生する場所でもあるため、薬師達は年に数回、迷わないように念入りな用意をしてからこの森林にやってくる。勿論、奥まで入り込んでくる事は無いが、もしそういう人々と王鳥が行き会ってしまえばどうなるか。一般的には人を襲わない王鳥だが、このアレスには大型の獲物が少ない。動きの遅い人間は、飢えた王鳥には格好の餌と映ることだろう。
ラクスはアリアの真意を見定めるかのようにじっと弟子の顔を観察していたが、数秒の間を置いて「よし」、と短く言って頷いた。テントの入り口に立て掛けていた彼の得物を取り上げ、右手に持ったままだった山鳥をアリアに向かって放り投げる。まだほんのりと体温の残る山鳥に外傷は無いが、既に息は無かった。恐らくは血の匂いをさせないように、吹き矢で眠らせた後で首を折ったのだろう。
「お前にはこれをくれてやる。後で食うから綺麗に使えよ」
「…師匠、ボクを待ってたのって、これがやりたくなかっただけだよね?」
「つべこべ言わんとさっさとやれ。血抜きは早いうちにしないと不味くなる」
「はいはい、わかりましたよ!その代わり、次の洗濯当番は師匠だからね」
「いちいち洗わないで捨てろ、そんなもん」
「これ結構高いんだけど!!」
防刃仕様のベストの下に着込んだ濃いグレーのシャツを指して抗議の声を上げるアリアを無視して、ラクスはその長躯もなんのその、器用に枝に登ってターゲットの動向を確認する。もうそろそろ動くな、と嘯く彼の横顔に悪びれた様子はまるで無い。
このクソ師匠!!
アリアは山鳥をぶら下げて風下に移動する傍ら、涼しげな顔で木の枝に佇む師の背後で、べえっと思い切り舌を出した。
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