第3話
2020/01/17 00:51
FBIとして仕事をするのは久しぶりの事だった。
エメルは歴史の彼方に隠れてしまった故郷を想うが、世界のどこにも存在せずとも心の中に焼き付いているのは景観ではなく、そこで生活していた人々の顔や声だった。
世界で最悪の魔法の国(故郷)へFBIの一員として、想い人を助けに仲間や義父達と踏み込んだ時を思い出す。
古びた中古マンションや団地の向こう側で、紫色に輝く扇状の黄昏が小さく風に揺れる艶やかな彼女の長髪を照らしている。
(義父さんにどやされるな)
警察、FBI入りを強硬に反対していた義父とは顔を合わせていない。娘がCIA入りしている事実は他組織、徹底した秘密主義のCIAとはいえ、エメルは自身の近況は義父に伝わっているはずだと思う。
「難しい顔してるな、氷の魔女にも難問なのか? 今回の件は」
真横で同僚のチェンの声がふってきた。
どんな修羅場の中でも、皮膚が凍結したように無表情で仕事を終わらせる事から不名誉なあだ名がついた。
「いや、義父さんにどう言やいいかなって・・・・・・。CIAにいること知らないんだよね、実は」
「お義父さんはFBIに? 日本にいらっしゃる?」
応援が数名まだ日本にやってくるらしいことは聞いていた。
「来ないよ。でも、思い出したんだ。昔、私もFBIで少し働いた事あって、その時の事から、故郷(サンエスペランサ)の事を」
「とっくに知ってると思う。エメルの活躍ぶりは何せ・・・・・・CIAの枠にハマらないというか」
隠密行動
苦笑めいた微笑みをチェンに返す。彼の顔は影法師のようになっていて見えない。
「昔は変質者に追われて泣き叫んでたって、信じるか?」
「映画の『シャイニング』みたいに?」
「本人はジョン・マクレーンのつもりだったんだよ。『ダイ・ハード』の」
「変わった少女時代だったんだな」
「変わってた。今も変わってる、先に言っとく」
魔法使いだってさ、エメルは心の中で誰かに話しかける。
「仕事はバカな富豪のノラ息子の救出だったな?」
「警察との顔合わせまで時間がある」
( エメルはテレビをつける。パンダの赤ちゃんが生まれたニュースが映し出される)
問題は日本で発生する年間 件の誘拐事件の内の一件になっている。富豪宛に脅迫状が届いたが、国際芸術際を一週前に控えており、両国とも大きな問題にしたくないとのことだ。事件は内密に、精鋭を揃えて犯人側の要求に応じるらしい。捕らえる予定だが、身柄はFBIが引き受ける。
「エメルを指名したのは向こうらしい」
「・・・・・・そりゃ、初めてきいたよ」
彼女が指名される時は、相手を力でねじ伏せるパワープレイや難易度の高いアジア圏での潜入捜査が主だった。
主に個人で任務をやり遂げてしまう。
それを可能にするのは人智の及ばない魔法の力だ。
孤独を好むのは人間離れした行動を見た仲間の目に決まって怯えが混じるからだ。彼らの目は彼女を人間扱いしていない。
指名がかかるのは、そういった事情を知っていて、主に彼女を人間扱いしていない数少ない誰かだ。
「依頼者のことを・・・・・・」
(みーんなでー力をあーわーせてーてー♪)
「日本のアニメか・・・・・・」
『魔法少女 !!!!!』
(ゆーめーをー♪ こわす あいつを♪ ゆ・る・さ・な♪)
「早めに出てコーヒーでも飲まないか?」
「コーヒーなら目の前にあるだろ」
「じゃあ、このチャンネル変えよう」
「何で?
「調子狂うんだよ、この歌」
(ち・か・ら・をあ・わ・せ・て♪)
「社会現象になった作品だと聞いている、一度見ておきたい」
「見たいのか? お前」
「社会現象だぞ」
「冗談だろ!!!」
「勝手にしろ! 私は先にいくぞ」
エメルは席を立ち、脚でリズムを取っている同僚を置いて玄関へ向かった。
(彼女は孤独を許さない だれかがひとりぼっちになるのを 見つけては いつでもそばに・・・・・・♪)
静かに閉じたドアの向こうからはもう、何も聞こえてこなかった。
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