骨正月 20200120
食卓には正月から今日までに食べきれなかった肉、野菜を使った料理や、ごちそうが並んでいた。席に着いたねずみたちは一心に夕食を食べている。布ごしに岩を擦りあわせるような咀嚼音が響なか、ぼくも椀を手に取り、みそ汁をすする。大根の甘みと肉のうまみ。これは、イノシシ、だろうか。クセが強いがそのぶん力強い味だ。この木の椀もいい。確かな硬さはあるが、決してこちらを刺激しないやさしい作り。汁の後は、実を味わう。つみれを口に入れ、ひと噛み、ふた噛み。噛むほどに肉汁が溢れる、いいつみれだが、中に何か硬いものが混じっている。
ぼくは長老ねずみに、この硬いものは一体なんなのか訪ねた。
「それは骨じゃな。今日は骨正月。残った食べ物は身も骨も全部食べる。それをもって正月を終りとする」
正月のものを全て食べ尽くすことで、正月気分も終わらせる、そういう節目としての意味もあるのかもしれない。
ぼくが勝手に感心していると、長老ねずみはどこか遠いところを見ていた。正月の間、食事の時間になると彼はときどき、この痴呆のような表情をしているのを何度も見た覚えがある。
「うむ、年の暮れにいなくなった猪とはな、ずいぶん長い間友だった。おおざっぱで、阿呆の類であったが気のいい奴だった。その友を、今わしは食べている」
感傷、だろうか。亡くなった動物は、無駄にならないようにキチンと食べる。当たり前のことだが、長老ねずみにとっては、ぼくたちが感じているものとは違う、何か特別な意味を持つようだった。
「ま、歳をとると色々なことを考えるようになるものなのだ」
そう言ってぼくの頭をなでる長老ねずみの表情は花のようであり、またそれは目を離した瞬間に枯れていそうなほど、刹那的な笑みだった。少し、寂しい。
ぼくは彼の手をなで返した。細く、弱く、でも暖かい。
「ふふふ」
少しの間そうしていると、ぼくと彼は居間にいるねずみたちの目がこちらを見ているのに気づいた。無機質なねずみの目の、その奥に潜んでいる慈しみの感情を素直に受け取るには、今のぼくらは心を開きすぎていたのかもしれない。無防備な場所を不意に直接触られたような反射的な驚きと、恥ずかしさがあった。
ぼくは顔を真っ赤にして固まり、長老ねずみは喉を鳴らすやいなや、にわかに歌い始めた。
ねずみの男に生まれたからにゃ はたらけ腰ふれエンヤコラ
ねずみの女に生まれたからにゃ こをうめ機おれエンヤコラ
なんでも食べるは いいねずみ
草だけ 肉だけ だめねずみ
手を洗え 顔洗え
食って寝て働け 食って寝て働け
食って寝て腰ふれ 食って寝て腰ふれ
あゝ ねずみの世は早い
だから慌てる ねずみの音頭
その後は、みんな狂ったように呑んで踊っての大騒ぎ。何もかも忘れて正月を終えたのだった。
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