第159話 賢者の死⑨ 愛しい子供達へ
〈シャンマ、落陽の草原で〉
「ガド隊長!」
僕は隊長に声を掛け続けたが、まだ意識は朦朧としている。
「ミキト先輩、隊長が、まだ……」
「落ち着けシャンマ、サラ導師の治癒は受けたんだ。今は待つしかない」
既に夕日はその地平線上にかかって、ミキト先輩やゼノビア先輩の横顔を照らしている。僕にはその光が陰っているように思えた。
「太陽に黒点が!」
太陽の中に黒点が現れ、その数は次第に増していく。やがてその黒は白に変わり、魔獣の形をとっていった。
「神獣騎士団、西の方角から来ます!」
「ガド小隊、エルシードとイルモートはゲバルの兵と共にハドルメの城へ」
「サラ導師、僕たちもまだ戦えます」
「もう十分だ、次は大人の戦いだ」
ギデオンさんが僕の肩を掴んでそういった。そしてエルシードさんとイルモートさんを抱きしめる。
「すまんな、人格が違うことは分かっているのだが、こう呼ばせてくれ。セト、エル。儂の自慢の孫達よ。クルケアンに戻ったらみんなによろしく言ってくれ」
「ギデオン様? 何を……」
「エル、お転婆を直して素直になれよ。そんなことじゃセトに逃げられてしまうぞ?」
「ギデオン殿、貴方は死ぬおつもりか?」
「セト、いつかクルケアンの頂にいけるといいな。いやお前ならきっと行ける。助けてくれる友人を大切にな」
そういってもう一度二人を抱きしめた後、ギデオンさんは振り返らずに神獣騎士団へと飛竜を飛ばしていった。
「シャンマ、ガド小隊に入ったんだ、私の孫のバルアダンにもぜひ会ってほしい。世界で一番勇ましい自慢の孫さ。あぁ、あと父と母によく孝行するよう伝えてほしい」
「ヒルキヤさん、それはご自分で伝え……」
ヒルキヤさんは返事の代わりに僕の頭を撫でた。
「シャンマ、私からも伝言を頼みたい」
「シャマール様まで!」
「ハドルメの未来はアスタルトの家と共にあり、それだけでいい」
「シャマール様がこの時代に残る意味が分かりません! なぜ一緒に帰らないのですか!」
僕の言葉は泣き声に変わっていった。シャマール様にきちんと伝わっていただろうか。尊敬するシャマール様を置いていけるわけはない。魔人としてこの世に再び生まれてから、なぜかシャマール様をお慕いしていたのだ。父のように、兄のように。
「シャンマ、タダイが奪っていった石像は恐らくお前の姉、シルリが石化したものだ」
「!」
僕の外見はそのシルリさんの弟にそっくりらしい。恐らく魔人化するときに取り込んだ魂の一つがその弟なのだろう。
「私はクルケアンの民のシルリを愛していた。お前も弟のように思っていたとも。あぁ、再び会えて嬉しかった。だからこそ兄の務めとして弟を守らせてくれ」
ガドと共にいれば大丈夫だ、そうシャマール様は僕を抱きしめると、ガルディメルさんと共にラメドさんの飛竜に飛び乗った。泣き叫び、シャマール様についていこうとする僕をゼノビア先輩が羽交い絞めにする。シャマールさんの姿が見えなくなるころ、ゼノビア先輩の涙が僕の首筋に落ちてきて、僕は気力を失って座り込んだ。
最後にサラ導師が夕陽を背に僕たちに語り掛ける。その日の光は落陽の最後の一筋であり、頭上には月が輝き始めていた。
「現世に戻る方法は一つ。月の祝福者の命をもって時間を変化させることだ」
「ならばタダイを殺しましょう!」
ミキト先輩が叫んだ。
「おいおい、ガドが聞いたら怒るぞ? まぁ、意識が戻っていない今の状況はちょうどいい。私の命を以ってお主達を帰還させる。向こうは私の力を使って帰還させるつもりかもしれんが、その筋書にはのらん。どうせ全員を返す力なぞない」
「サラ導師……」
「ミキト、ゼノビア、シャンマ。ガドをよろしく頼む。エルシード、イルモートよ、ナンナの眷属としてお主達に伝える」
夕日は沈み、月光を受けたサラ導師の体が変化していく。エルシードさん達が驚いたように叫びをあげた。
「ナンナ様!」
「百十二年前に世界に溶けたはずでは!」
「ナンナはこの世界を愛していた。草も木も生き物も。神の形を失ったのではない。月光に同化して見守っているのだ。全ての魂が安らぐ場所を作るためにナンナとタフェレトは世界に消えた。この神代の月の光を見るとな、その意志が伝わってくるのだ。さぁ、クルケアンの賢者サラとしてお主らに道を示そう。イルモート、エルシードよ、クルケアンの最上階を目指せ。そこで選択するがよい。人として生きるか、神として永遠となるかを」
そういうとサラ導師は皆を抱きしめた。柔らかい月の光が僕たちを覆っていく。
「……イルモートよ、今から見る光景は辛いものとなろう。しかし、私を信じよ。この螺旋に続く世界を必ず元に戻し、生きた者の積み重ねで時間が進むよう世界を導いていく。大人の私達が責任をもって、必ずガド達の現世へ歴史を紡いでみせよう」
イルモートさんは頷き、何かを言いたいように口を開く。
「サラ、あぁ、何か言いたい。何かを言わないといけない。でもすみません、僕にもわからないのです」
「私も、わたしも! サラ、もう話せないの? わたしはまだあなたと話したい!」
「まだその時ではないが、こう呼ばせておくれセト、エル。私の愛しい弟子達よ。どの時代でも月光がお主達を見守ろう」
「サラ!」
それから、僕たちはハドルメ城壁で、神獣騎士団とバァルと鉄塔兵、そしてサラ導師達の戦いを見守っていった。
バァルの力はすさまじく、神獣を騎士毎両断していく。こちらが有利かと胸を撫でおろした時、タダイが石像に手をかけた。石像から発せられた月の祝福と地下から漏れ出した赤い祝福が呪いとなって鉄塔兵たちを包み込み、彼らの背中から翼が生えてくる。
「飛竜だ……!」
神人たる鉄塔兵が竜へと化身していくのだ。怒り狂うバァルも、ナハルさんも竜へと姿を変えていく。イルモートさんがその光景をみて泣き崩れた。僕の力の所為だと呻いて床を叩く。
サラ導師がその力で鉄塔兵を守ろうとするが、アサグ、タダイの槍で串刺しにされ、僕たちは悲鳴を上げた。サラ導師の力が失われ、元の姿に戻っていく。
「……サラ導師、サラ導師!」
「ガド隊長、意識が……」
意識が戻ったガド隊長が叫ぶ。その声が聞こえたかのようにサラ導師は血を吐きながらこちらを向いた。僕にはサラ導師の口が少し動いたように見えたのだ。
サラ導師は権能杖を高く掲げ、その光は僕達へと届く。目の前が明るい光に包まれ景色が歪み急速に遠ざかっていった。
「何が賢者だ、サラ導師の大馬鹿野郎! 一緒に帰ろうって……」
ガド隊長の叫びと共に世界は光に包まれた。光の洪水が起こり、それは僕たちを濁流のように流していく。イルモートさんとエルシードさん、アッタルさんがたちまちのうちに僕達から離れていってしまった。隊長や先輩たちの必死で呼びかけにも関わらず彼らの声は小さくなっていった。僕達も濁流の中に飲まれ、やがて意識を失った……。
「おや、帰ってきたか」
気が付くと教皇のシャヘルが僕たちの前にいた。
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