第78話 負けない覚悟
〈ガド、広場にて作戦会議をしながら〉
「ガド隊長、どうやってサリーヌに勝つのさ」
「武器はその隊の自由だそうだ。サリーヌはどの武器で来るか分からないが、ユバルとラザロは長剣だ。あいつら一番自信があるのはそれだからな」
「で、隊長さんよ、作戦はどうするんだい?」
ウェルとミキトが俺に作戦を聞いてくる。俺自身に策などあるわけがない。返答に窮していると、エラムとトゥイが近づいてきた。
「ガド、個人戦は残念だったな。次の団体戦も僕とトゥイは君を応援するから」
「セトとエルは?」
「あいつらは両方応援するんだとさ。僕とトゥイは今回負けそうな方を応援しようと思っている」
「正直な奴だ」
俺は思わず苦笑した。エラムも同じように笑う。なんだ、励ましに来てくれたのか。
「なぁ、お前ら、サリーヌ達に勝つすごい作戦、何かないか?」
「おいおい隊長、兵士でもないエラム達に聞くのかい」
「現状、勝つ方法が浮かばん。ウェルもそうだろう? だったら俺は誰にでも聞くさ。此の際、兵士でない方が面白いかもしれん」
トゥイがおずおずと手を上げる。
「戦い方は分からないけれど……。おとぎ話のことでごめんね、竜と戦う戦士の話。その竜は首が長く、多くの騎士が遠くから咬まれて命を落としたそうよ。頑張って近づいても爪と牙で抉られて死んでしまった」
「勝てない話か? おとぎ話なら、めでたし、めでたし、ってならないとな。俺みたいな弓使いで何とかなったのかい?」
「そう。最後の戦士には弓使いがいたの」
「おっ、いいねぇ。その弓使いが心臓を射貫いた、てやつだ!」
「ううん、弓は鱗ではじかれた」
「……そうか」
「最後の戦士達、そう、騎士ではなかったの。戦士達といっても狩人だったらしいわ。悪い竜の住処まで騎士を案内していく地元の狩人達よ」
「あたし達みたいな戦士崩れ、ってとこか。最後に活躍するとはいい話だな」
「狩人達は騎士が倒れていくなか、どうすればいいか考えたの。これは戦いではない、狩りなんだって。相手に合わせた騎士は負けてしまった。だから自分達の得意なやり方で狩ってやろう、とね」
自分達の得意なやり方、か。ウェルは二本の短剣、ミキトは弓だ。俺は……。
「それで、どうやって勝ったんだい。トゥイもったいぶらずに教えてよ」
「ごめんなさい。お話では罠を仕掛けて退治した、としか伝わっていないの。だから、もしかしたら本当にあった話かもしれない、退治した人が話をしたくなかったのかもね」
ウェルとミキトは残念そうに頬を膨らましたが、俺はトゥイの話に感謝した。正攻法では絶対勝てない。俺たちは上品な騎士ではない。サリーヌに合わせることもない。俺たちの方法で罠に仕掛けてみよう。真剣に相手を出し抜くのだ。そう、これは戦闘ではなく狩りだ。
「ウェル、ミキト、作戦だ。作戦が決まったぞ!」
「お、隊長さん、急にいい顔になったじゃないか」
「どんな作戦?」
「大作戦さ。エラム、少し手伝ってくれるか?」
俺たちは平凡だ。バルアダンさんのような圧倒的力もない。サリーヌのような経験と武技もない。セトのような世界を動かす力はあるはずもない。でも平凡なりに皆の力を合わせてみよう。
「さぁ、みんな竜退治だ!」
「団体戦に出場するものは場内へ!」
観客席から歓声が上がった。俺たちの試合を楽しみにしているのもそうだが、広場中央に進み出た審判をする騎士がバルアダンさんだったからだ。飛竜騎士団の若き英雄をクルケアンの住民は歓呼で迎えている。
相手方を見やると、予想通りに、サリーヌは槍、ユバルとラザロは長剣だった。
こちらは俺が槍で、ウェルが両手に短剣、ミキトが弓という騎士団というより盗賊団といった方がいいような組合せだ。観客席からどよめきが起きる。半分は好奇心から、半分は下品な戦いをするのかとの批判の声だ。
「槍を使うのね、ガド」
「あぁ、やっと覚悟が決まったよ」
「どんな覚悟?」
「自分は英雄じゃない、って覚悟だ。なかなかつらいものだぞ」
バルアダンさんが中央で団体戦の開始を宣言する。
「私が効果的な一撃を受けたと判断したら、その者は退場となる。もちろん致命の一撃は寸前で止めるように」
「「は!」」
「では開始しよう。団体戦、ガド隊、サリーヌ隊、始めよ」
「俺の腕をみせてやろう」
ミキトが弓を引き絞った。次の瞬間、短く空気を割く音が響くと同時に、ラザロの右手に矢が命中した。模擬戦用の
「退くな! あの弓では目に当たらぬ限り致命にはならない。甲冑で受け止め、斬りこむぞ!」
サリーヌが叱咤する。中央に長槍のサリーヌ、その左右に長剣のユバルとラザロが剣を構える。彼女の一声だけでサリーヌ隊が敢然と俺たちに迫ってくる。それはおとぎ話の長首の竜と両腕の爪そのものだった。
「これが集団の戦いか……!」
俺にはああはできない。だから、違う方法で戦うのだ。
「ミキト、上空に弓を! ウェル、突っ込むぞ!」
「応さ!」
ミキトが突撃する俺たちの後ろから上空へ矢を放つ。矢は弧を描いて、俺たちの頭を超えてサリーヌ隊の頭上を次々に襲う。
「狙いは適当だ、兜にあたったところで!」
サリーヌは矢の打撃がなかったかのように前進し、その槍を俺に突き出してきた。ユバル達はその度胸がなかったのか、矢を剣で振り払った分、少し出遅れた。
俺はサリーヌの槍を距離を保って打ち合う。サリーヌの槍術は杖術に近いものだ。槍本来の距離を取り、俺自身は守勢に徹するれば少しの時間は稼げる。
竜がその首のみを突き出した状態になった時、ウェルがその懐に入ったのだ。首を守る爪たちは俺たちにたどり着くまで、わずかではあるが時間と距離が必要だった。
「サリーヌ、悪いがもらった!」
ウェルがその双剣でサリーヌに挑む。長槍の握りを中心寄りに変え、サリーヌはウェルを迎え撃つ。間合いを近づけた分、手数の多い双剣にサリーヌは苦戦している。
俺はサリーヌを無視して突き進み、ユバルとラザロの前に立っていた。
「ガド、俺たちを同時に相手取って勝てると思うのか」
「勝てなくてもいいんだ」
「何?」
槍をラザロに向ける。間合いの長さからラザロは剣で防ぐのに精一杯だ。しかし、その隙にユバルが俺の横から突進してくる。
「ガド、お前の負けだ!」
ユバルの振りかざしたその剣は、彼の意に反して地に叩き落されていた。
「なに!」
「ユバル、先に退場してろ」
俺は槍を捨て、落ちた剣を拾い上げると彼の後ろに回って首筋に当てた。
「作戦というより博打だね?」
団体戦の直前、作戦会議でウェルはそういったのだ。俺が提案した作戦は賭けの要素が強い。ただ、自分たちの能力を十全に活かし、お互いを助け合う体制を作った上で行う勝負だ。勝算を積み上げていく戦いだ。
「まず、ミキト。君の弓でユバルたちとサリーヌを引き離す。戦闘開始前に俺の背後で弓を引き絞っておいてくれ。開始と共に俺とウィルは横に避けるからそのまま水平にラザロを狙ってくれ」
「ガド、お前も案外悪い奴だな。任せてくれ、あいつらが驚く一撃を与えてやる」
「あぁ、その後は俺とウェルは前進するので上空に矢をばらまくんだ」
「牽制のため、か」
「牽制と罠だ」
「罠?」
「あぁ、俺がサリーヌをひきつけ、その間にウェルが距離を詰めてサリーヌを押さえる。そのまま俺があとの二人と対峙する」
「おいおい、隊長さんよ。一人であいつらの相手は無理だぜ。あたしもサリーヌとやり合っているんだろ?」
「あぁ、距離が近い方にまず打ち合うさ。そして必ず遠い方が俺の横腹を狙って駆け寄ってくるはずだ。そこをミキト、寸分たがわず狙ってくれ」
「いや、な、ガド。弓は得意だけれど、クルケアンで一番てわけではないぞ。距離もとっているしな」
「あぁ、だから、ミキトが牽制のためにばらまいた矢のすぐ横に俺は向かう。一本は矢に目印をつけておいてくれ。その矢を放った時の力加減と角度は体で覚えておいてくれよ。必ず、そこに相手を誘導する。エラム、風の観測を頼む。風力と方向、今からの変化をミキトに」
全員が俺の意図を理解して立ち上がった。
「トゥイ、おとぎ話の竜退治の伝わっていない部分、再現してみるよ。お話に加えておいてくれ。もちろん最後はめでたし、めでたし、だ」
そう言って俺たちは会場へ向かった。
「ユバル、退場」
バルアダンさんの審判の声が響く。
「ええい!」
ラザロが突進してくるが、ユバルを突き飛ばしてその進路を阻み、剣でラザロの右手を打つ。ミキトが初撃で痛めたところだ。
「く!」
たまらずラザロは剣を落とした。俺は上段から剣を振り下ろし、彼の兜の上で止めた。
「ラザロ、退場」
バルアダンさんの声を聞きながらウェルを援護に向かうべく振り返る。そこにはウェルを地に伏せさせたサリーヌが、ちょうどこちらを向いた時だった。
「これで一対一ね。ガド」
「何を言っている、俺とミキトで二対一だ」
「舐めないでもらおう。サリーヌ、覚悟!」
ミキトの怒声と
「狙いが正確で助かったわ」
「ウェル、ミキト、退場。さぁ、二人とも決着をつけるといい」
サリーヌはウェルの双剣を拾い、対する俺は槍を拾い上げ、広場の中央で向かい合った。
「やっぱり、あなたは強いじゃない」
「何を言っている。サリーヌと向かい合うだけで震えが止まらない」
サリーヌは双剣を上段と中段にそれぞれ構えた。心得があるらしい。化け物かこいつは。いや、竜退治なんだ。これくらいのことはあってしかるべきだろう。
「ミキトとウェルがここまで戦えたのよ。私にはできない指揮だわ」
「本当はここで三対一にするはずだったんだがなぁ」
「ふふ、個人戦の再戦ね」
「あぁ」
槍を構え、サリーヌの目を見つめる。不思議なことに個人戦の時のような意地もない。必ず勝つと、自分を追い込む覚悟も実はなくなっていた。
「ガド、竜退治だ! 最後はめでたしめでたし、だろ!」
退場したウェルが、ミキトの介抱をしながら叫んでいる。
「サリーヌ、俺たちの仇を討ってくれ!」
同じく、ラザロたちも叫んでいる。
退場者の叫び声に合わせるかのように、会場で大歓声が起きる。
……覚悟、か。個人としての強さは見限った。もちろん強くなる努力は続けよう。だが、サリーヌのような強さは求めない。求めるとすれば、二つ。仲間と共に戦うための力と、負けないための覚悟だ。
「いくぞ、サリーヌ」
「あぁ、ガド」
槍を構えて突撃する。速度と重みをつけてサリーヌが剣で振り払えないようにするのだ。サリーヌは槍先を自分の体幹から逸らそうと、左半身を後ろにずらして、右手の剣で外に振り払う。しかし、槍は勢いをわずかに減じたのみで彼女の右肩へ強い一撃を入れたのだ。
彼女は衝撃に耐えきり、痛む右腕で槍を挟みこむと、残った左手の剣で俺の首を薙ぐかのように、水平に斬りこんでくる。
負けなければいい。それを続けていけば、いつかは勝つんだ。
俺は槍を手放したまま右の手甲で剣の一撃を受け、腕ごと兜に叩きつけられた。しかし、無理な態勢の一撃は意識を失うまでには届かず、そのままサリーヌに向かって体当たりをする。
左手でサリーヌがその右腕から落とした短剣を拾い、もつれあいながら二人とも石畳の上を転がっていった。
その回転が止まった時、お互いの首に短剣の切っ先を向けていたのだ。
「決着。両者、両隊とも引き分けとする!」
その時、俺は無音の世界にいた。景色さえもサリーヌ以外は真っ白になっていたのだ。
負けなかったんだ。とうとう、負けない戦いができたのだ。その事実にしばし呆然としていた。
気付けば、ウェル、ミキトが俺の手をそれぞれ持って高く掲げていた。
この日、一番の歓声が起きたのだと、後からエラムに聞いた。
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