第27話 嘘つき男と淑女

〈セト、神官学校にて〉


 レビが来た翌日、僕は彼女を連れて神学校へと向かった。


「ダレトさん! おはようございます!」

「おはよう。セトは朝から元気だね。レビ、昨日はぐっすり休めたかい?」

「…うん。何から何までありがとね、ダレト」


 ダレトさんがレビの頭をぎこちなく撫でる。視線を少し逸らせているのは照れ隠しだろうか。レビも照れながら笑顔を浮かべていた。

 良かった、レビはエルのおかげですっかり元気になったようだ。今朝、いったいどうしたのとエルに聞いたのだが、乙女の秘密と言って教えてくれなかった。乙女ってどこにいるの、と思わず呟くと、エルから頬を抓られた。レビからは冷たい目を向けられ、女心を知るようにと注意を受ける。よく分からないので何でも知ってそうなダレトさんに後で聞いておこう。

 そのダレトさんはレビと何か話しているようだ。そして困った顔をして僕の方に向き直った。


「セト、レビに魔力の制御を見せてあげてくれないか?」

「お願い。あたいは魔力を扱えるようになりたいの。早く強くなるにはこれが一番だと思うんだ」


 そうか、レビがダレトさんに話していたのはこのことか。強くなりたいということは、もしかして敵を討ちたいと考えているのだろうか。


「僕は性急に事を進めても無理だといったのですが。まぁ、交換条件で文字の学習や、神殿のお祈りなどをきちんと学んでもらいます。レビ、いいね」

「う、勉強は嫌だけど、ダレトこそ、このあたしをちゃんと教えられるの?」

「威張るところではないでしょう。それにこれでも学問は得意なのですよ」


 ダレトさんとレビさんはやいのやいのと言い合っているが、レビはその掛け合いを楽しんでいるように見える。ダレトさんが権能杖を取りに席を外した時にそうからかうと、レビは腕を組んで大まじめに頷いた。


「ダレトは表情を隠してごまかそうとするの! 自分の気持ちは隠す癖に、そのくせおせっかいを陰でしてくるんだから。だから少しくらいからかって本音を引き出してやる!」

「……レビ、本人の前で陰口を言うもんじゃない」

「あら、もう戻ったの。これは陰口じゃありません。本人が聞いていたなら悪口です」

「では訂正しておくれ、僕はおせっかいじゃない」

「バル様から聞いているわ、あたいの今後の身の振り方とか、ほとんどダレトが面倒を見てくれたんでしょう。ちゃんとお礼を言いたいのになんで隠すのさ!」

「そ、それはバルアダン、いやバルの方で……」

「そう? それなら後でバル様と一緒に話しましょう。あたいもバル様に会う口実が欲しいしね」


 権能杖を持ったダレトさんが口を尖らせて抗議するも、エルと同じく口が達者なレビはあっという間にやり込めてしまった。確かに僕から見てもダレトさんは女の子の扱いが下手で、レビを相手におろおろしている。残念だが女心を聞くのはあきらめた方がよさそうだ。


「ではこれより魔力の訓練を始める。セト、始めなさい」


 ごほん、と咳をして、厳かにダレトさんは宣言する。取り繕ってももはや威厳があったものではないが、僕とレビは吹き出して権能杖を握った。

 僕は権能杖に魔力を吸わせる一連の流れを見せる。うん、この数日でだいぶ魔力の操作に慣れてきた。レビはというと、魔力を体の中心に集めることは出来た。でもそれを動かすことはできない。僕の場合はここで魔力をこねて大きな円にしていくのだけど、レビはこねるというより押し潰してぐちゃぐちゃにしてしまうのだ。集めた魔力を潰したことにより多くの魔力が放出され、レビは力が抜けたように尻もちをつく。


「何なの、これ……」

「僕がいうのもなんだけど、初日だよ、気にしないで」

「セトはすぐに出来たっていうじゃない。落ち込むなぁ。ねぇダレト、早くうまくなる方法はないの?」

「レビ、こればかりは才能だ。努力云々の問題ではないんだ。厳しいかもしれないけれど、自分のできることをした方がいい」

「何さ! じゃぁ、あたいにできることは何なの?」

「勉強さ、レビ。それでは不満かい。文字を読み、世間を知り、その力で強くなるんだ」

「本を読むことが力になるの?」

「本も含めた知識こそ力さ。……みんなこっちへおいで」


 そして僕達は半壊した図書館の奥の部屋に連れられて行った。ダレトさんは鍵と窓を閉め、他の誰にも見られないようにしてから、背負っていた大きな荷物をおろした。


「ダレトさん、これは……」

「古代の青銅板だ。四百年以上前のものだよ」

「すごいや、あの神と人が分かたれたという神代に近いものなんだ!」

「ダレト、これってもしかしてお爺ちゃんの――」

「そうだ、君の祖父が残したものだ。そして君が所有すべきものだ」

「あたいが?」

「君のおじいさんはこれを僕やバルに託そうとしたんだ。本そのものは燃えてしまったが、この青銅板だけでも計り知れない価値がある」

「でも、これが何の意味があるの?」

「恐らくクルケアンの秘密だ」


 ダレトさんが昨夜調べたところによると、レビのお爺さん、ヤムさんはサラ導師と並ぶ賢者だったらしい。というよりサラ導師の師匠であったということだ。その賢者ヤムはある日突然、公の場から姿を消した。サラ導師曰く、禁術を求め続け神殿からかなりの圧力を受けていたそうだ。


「賢者ヤムはこの本を託して、時代を変えよと言ったんだ」

「でも、表紙だった青銅板だけでは、知識なんて得られないじゃない」

「神殿が探している禁書を、賢者ヤムがあの地区に置いていたとは思えないし、神殿もヤムが持っていた本は調べているだろう。きっと内容はでたらめで、神殿も禁書には値しないと考えていたはずだ」


 ダレトさんは興奮気味にそう言った。目が鋭くなり、語気も強い。レビはそんな様子のダレトさんに戸惑うこともなくただ見守り続けている。


「表紙の板だけが本物だったんだ。王の書と呼ばれるこの本は、もしかするとクルケアンの隠された真実に近づく鍵になるかもな。はこの板に隠された秘密を解き明かし、神殿のやつらに――」

「ちょっと待って、あなた一応は神官よね。なにか神殿に敵対するように聞こえたけど」

「……大丈夫、僕は神殿には敵対しないよ。でもこの板に秘められた知識があれば神殿も良い方向に動かせると思うんだ。レビにはその手伝いをしてほしい。魔力ではなく知識でクルケアンを支える人になって欲しいんだ」


 嘘つき、とレビはダレトさんに聞こえないように呟き、そしてやや怒ったように手を挙げて賛同を示す。


「分かったわ。出来ない魔力の訓練よりも勉強を優先する。今の文字も古代の文字も覚えて見せるから」

「よし、ではこの青銅板は僕がレビの部屋に置いておこう」

「ちょっと待って? 今、あたいの部屋っていった?」

「あぁ、そうだ。言い忘れていたが、レビ、君は三十三層にある、今はサラ導師が管理している学び舎で住むんだ。昼から夕方まではセトがいるし、君は兵学校が終わったら部屋に戻って勉強をしておきなさい」

「見ての通り素寒貧だし、家賃とか払えないよ」

「大丈夫だ、神殿で君の生活費を出すよう手配しておいたから」


 レビは僕の顔を見て、ほら、嘘つきでしょう、と肩をすくめる。結局、レビの面倒を色々と見ているのはバル兄ではなく自分だということを告白したようなものだが、当の本人がそれに気づいていない。嘘がつけない嘘つきとは珍しい。


「ダレトって、相談もせずに一方的に物事を進めていくのね」


 ダレトさんは痛いところを指摘されたらしく、体が固まった。恐らく色々な人に言われてるのだろう。


「でもありがとう、ダレト」

「……もう一つ、決まったことがある。学び舎の東が君の部屋だが、学び舎を挟んで反対側の西側に僕が住むことになる。いや、なった」

「ど、同居? また勝手に決めて!」

「いや、これは引き換え条件で出されたもので――」


 困り顔のダレトさんがあたふたしながら事情を説明する。

 何でもサラ導師の依頼だということだ。成人まで保護者が必要であるし、サラ導師は所用が多くその責任を果たせない。ダレトさんは神官という立場があるので年頃の娘に問題は起こさなだろうとのことで保護者役を命じられたのだ。何より、サラ導師が一層上の部屋にいるので何か問題があれば伝声管を通して自分を呼べばいいとのことだ。

 サラ導師に微妙に信用されていないダレトさんの方では、伝承研究などで忙しくなり、資料も多くなるので神殿の宿舎では手狭となってしまったらしい。よって作業ができる私室が欲しかったとのことだ。


「そういうわけだ。レビ、君の生活には干渉しない。まぁ、保護者というより警護役程度に考えてくればいい」

「そういうわけにもいかないでしょう。家事の分担はしましょうよ」

「あぁ、そうだな。あ、そういやもう一つあってね」

「まだ勝手に決めたことがあるの!」

「バルも時々だが泊まりに来る。部屋は空いているから、拠点の一つをここにおいて下層の警護にあたるらしいよ」

「バル様が? それはとてもよろしい!」


 一気にレビの機嫌がよくなる。かっこいいバル兄への扱いはともかく、ダレトさんの扱いが悪いような気がして少し同情をする。でもバル兄も時々ここにいるということは、アスタルトの家のみんなも来て夜を楽しく過ごせるかも。僕やレビがそれぞれの楽しい生活に思いを馳せつつ、にやけた表情を浮かべる。こうして騒ぐうちに時間は過ぎていった。ダレトさんは青銅板を厳重に包みつつ、夕方に三十三層の学び舎で会おう、と言って出ていった。


「レビ、本当はバル兄より、ダレトさんと一緒に住めることの方が嬉しいんだよね」

「ん、何?」


 レビは満面の笑顔でこっちを見る。きっと幸せな未来を思い描いていたんだろう。ダレトさんも嘘が下手だが、レビも似た者同士らしい。


「いや、何でもない。さぁ、早く三十二層の食堂街へいこう。アスタルトの家のみんなが待っているよ。紹介するのが楽しみだ」

「セト!」

「何?」

「あたし、いまとっても楽しい。エルやセトと会えてよかった!」

「まだまだこれからだよ。もっと友達は増えていくんだから!」


 そしてレビは飛び跳ねるように走り出した。僕はそっちじゃないよと叫んで、レビを追い抜いて道を指し示す。いつの間にか競争となって、僕達はアスタルトの仲間のもとへと向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る