第23話 天に至る道

〈セト、百層大廊下へ向かう〉


 今日は百層へ行ける日だ。学び舎裏の梯子から三十四層の物見の詰め所に入り、サラ導師に挨拶をする。


「サラ導師、早く行こうよ! 前に行ったときは役人と追いかけっこをしていたから、ゆっくり景色を見れなくてさ」

「それは追いかけっこではなく、追われていたのだ」

 

 サラ導師と共に大塔の浮遊床で中層を目指す。人が乗り込む場所は豪華な内装となっているのは、貴族や評議員など一定の立場がある人が利用するためだ。僕らのような平民は規模が小さい中塔や小塔を使うしかないので、ちょっといい気分だ。

 浮遊床の下部は貨物用となっていて、大量の魔獣石が詰め込まれていた。そのうちの一つはバル兄が倒した魔獣だろうか、こうやってクルケアンが少しずつ高くなっていったのかと思うと、正直怖い。だって魔獣のお墓にも思えてくるからだ。


「着いたぞ、ここが百層だ」

「ここがクルケアンの大廊下……」


 その景色は魔獣石のことなんて吹き飛ばした。上を見上げれば二つの巨大な双塔が螺旋を描くように天へ向かい、南を見れば海がどこまでも広がっている。


「セト、クルケアンの俯瞰的な見方を教えてやる。まずは海だ」


 サラ導師が百層南の外縁部に僕を連れていく。柵も壁もないその端を見下ろすと階段状に下層の都市が緩やかに広がっているのがよく分かる。僕は素早く後で忍び込むための道順を確認する。ええと、あそこの小塔を上れば、この下の突き出た部分に来れるから……。


「セト、下ではない、港を見るのだ!」

「は、はい!」


 サラ導師が指し示す先は、クルケアンの入江とその奥にある港だ。


「あそこに大型の朽ちかけている船が外洋船だ。四十年前、お主の祖父ギデオンがあの船で外海より来たのが最後となる。昔は穏やかな海だったのだがな、沖へ出れば波はうねり、暴風が吹きすさぶようになり、今ではこのクルケアンは孤絶してしまった」

「爺ちゃんが言ってた。死を覚悟して嵐を抜けた時、天国へ続く階段を見て心をすっかり奪われてしまったって。嵐は誰かがよそ者にこの光景を見せたくなかったのだろうって」


 導師は絡み合う双塔の下を潜り抜け、僕を反対の北側へ連れていく。この中央部分が通り抜けられるために大廊下というのだ。強風が吹くその大廊下を歩いていくと大草原のその先にあの黒き大地が見て取れた。そして眼下には崖のような北壁が最下層まで続いている。


「ここからなら黒き大地も、その奥の大森林もかすかに見える。伝承によれば、あの大森林からは大きな河が流れていたと聞く。魔獣さえいなければ木材を河で運び、煉瓦や魔獣石ではなく木材で町が発展できていたのかもしれない」


 それは過去の可能性ではなく、未来の可能性を言ったのだろうか。

 そしてサラ導師に促されて再び大廊下の中央に戻る。でもここから何を見ればいいのだろう。見下ろす場所もなく、外縁部を見ても空の色しか見えないのに。


「最後にここだ。ここだけは俯瞰できないよ。だが想像することはできる。……下に何がある」

「百層の下っていうと、大神殿のこと?」

「そうだ、百層は神殿のおおいでもある。まるで何かを封じ込めているようだろう。天には道を、地には蓋を。それがクルケアンだ」


 サラ導師は僕の顔を覗き込み、歯切れの悪い言葉で語る。


「……三百層ものこの都市はもう限界なのさ。一つは魔獣石を造れる人間、つまり私のような月の祝福者がいなくなってしまったこと。もう一つは二百層から上に住む貴族の減少だ。奴らは無為徒食をしているわけではない。奴らの魔力を利用して上層の建物を風雨から守っていたのだ」

「僕がいます! 頑張って魔獣石を造れば、まだしばらくは……」

「あぁ、しばらくは、な。いいかセト、三十年単位で考えろ、次の三十年はいい、ではその次の三十年は? 私はもちろん、セトも生きている可能性は低くなっているぞ。要するに今とは違う発想をすることだ」

「違う……発想?」

「そうだ。それこそ俯瞰だ。目の前のことばかり見ていると、遠くのことが見えないままで、いつかは道を間違う。お主は今、クルケアンの問題を知った。天に近づくために登れないのなら、飛んでしまえばいい」

「飛ぶ?」

「ものの例えだがね、違う道を創ればいいということさ。だがそれが分かるまでは私と石を積み上げていってもらうがな」

「もちろんさ!」


 そうか、サラ導師はこの百層でこれを伝えたかったのだ。クルケアンの過去と未来、そしてそのために現在をどう使うかを。 

 

「さて、ここにはめったに人は来ないのでな、セトの力を見せてもらおう。私の権能杖に魔力を流し込んでもらおうか」

 

 魔力の流し込みは日に日に得意になっていく。もしかしたらサラ導師に褒められるかと思い、僕は気合を入れる。だが権能杖を受け取る寸前、サラ導師は僕の腰帯に差し込んでいる短剣が気になったようだ。


「おや、お前の腰帯に吊り下げている、そう、その短剣を見せてみろ」

「これですか? どうぞ」


 僕はバル兄からもらった短剣を差し出す。


「これをどこで手に入れた? 大貴族が持つ業物だぞ」

「バル兄から祝福の日にもらいました」

「何家のバルだ?」

「ザイン家のバルアダンです」

「……得心がいった。それにバルというのは昨日、魔獣を倒した英雄だね?」


 サラ導師はこめかみを抑えて、ふぅ、とため息をついた。


「何の因果でギデオンとヒルキヤの孫と縁ができるのだ。これだから落ち着いて隠居なんてできやしないんだよ」


 ……サラ導師はなにやらぶつぶつといっている。思うにきっと爺ちゃんがサラ導師に迷惑をかけていたに違いない。


「よろしい、それは貴族が持つ高級な神器だ。魔力を込めてみよ」


 バル兄がくれた短剣がそんなにすごいものだったとは。嬉しくてつい、ダレトさんの修行より力が入る。胸の中で熱の塊がこねられ、僕はその熱に語りかける。バル兄の短剣に力を宿して、と。そしてバル兄がどんなすごい人かを伝え、この剣を生涯大切にしたいんだとも伝えるのだ。言葉が熱となり、両手で握りしめた短剣を包み込む。


「……ト、…セト、セト!」

「サラ導師?」

「しっかりせよ。数瞬ではあったが意識が飛んでおった」


 頭を振って意識をはっきりさせると、目の前にうっすらと光る短剣があった。刀身に綺麗に張り付いた魔力を見る限り、どうやら成功したみたいだ。


「あまりの魔力の量に神器とはいえ壊れるかと思ったぞ。だが見事だ」


 サラ導師に褒められたのが嬉しくて顔がにやけてしまう。


「次はこの石を割ってみよ。ただし、斬るのではない、突き立ててそう命じてみるのだ」


 もちろん僕の腕前で割れるわけはない。それどころか、突いて命令をするなんてどういう意味だろう。もう少し説明が欲しいなと思い、ちらりとサラ導師に視線を送るのだが、軽く睨まれた。慌てて剣を突き立てると、剣は驚くことに石に吸い込まれるように刺さったのだ。なら次は……。


「石よ、割れろ」


 その瞬間、短剣に溜めた魔力の一部が石に流れ出し、真っ二つに割ったのだ。


「次だ。今度は石よつながれ、だ」

「い、石よつながれ!」


 光が発し、石が元通りにつながる。これが祝福、そして魂の強さといわれる魔力なのだろうか。


「お主の印の祝福は、私の月の祝福に近いのかもしれない。セトよ、今、お主はクルケアンになくてはならない存在となった」

「やったぁ!」


 魔力に言葉を乗せるだけでここまでできるんだ。ならお願いすればどうなるんだろう。僕の目的であるクルケアンの頂点、そこに到達できるのだろうか。まぁ、失敗しても当たり前だ、ちょっと試してみようか。それに今度は神様にもお願いしてみようかな。


「……僕は必ず天に近づく。偉大なるイルモートよ、どうか僕に道を示さんことを!」


 その時、まばゆいばかりの光が天に向けて放たれた。

 いや違う、天に掲げた短剣から光が天だけでなく地上にも向けて伸びていったのだ。

 光りの柱がクルケアンを突き抜けていく。 


「セト、その短剣をしまえ!」


 ごめんなさい、サラ導師。体が動かないんだ。


「やむを得ない、許せよ!」


 サラ導師が僕に当て身をする。僕は剣を手放し、五イル(約三メートル)ほど吹っ飛んだ。光が消え、僕は虚ろな目でサラ導師をみる。その表情は夕焼けでもないのに赤くなっていた。


「セト、お前の目は!」

「サラ導師……」


 そして僕は気を失った。

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