マシュマロ女子の真白さん ~学園一の美少女に惚れられたけど、残念だが俺はデブ専なんだ~

上下左右

マシュマロ女子の真白さん

「体重百キロオーバーのマシュマロ女子が空から降ってこねぇかな~」

「降ってこねぇし、死んじまうわ」


 武田は教室の扉から最も遠い席に座りながら頭の中に沸いた願望を口にすると、前の席に座る上杉が笑う。


「武田が朝から冗談とは珍しいよな」

「冗談……そう思うか?」

「面食いの武田が体重百キロオーバーのデブを求めるはずないからな」


 武田はクラスでも有名な面食いであり、学園の美少女はもちろんのこと、アイドル、歌手、果ては街の若奥様まで、美人ならチェックを欠かさない男として知られていた。


 だがそれは世を忍ぶ仮の姿であり、友人にも恥ずかしくて打ち明けられないが、本当の武田は超が付くほどのデブ専だった。


(マシュマロ女子のフワフワした脂肪にギュッとされたい。ボンレスハムみたいな足で膝枕されたい。世界中の女の子がみんなマシュマロ女子になればいいのに……)


 ダイエットなど百害あって一利なし。食糧難を生き残れるのはデブだけなのだから、世の女性はもっと脂肪を蓄えるべきなのだ。


(だがデブ専だと打ち明ければ馬鹿にされる。世知辛い世の中だ)


 悪いのは社会の美的感覚であり、自分の感覚こそ正義である。武田は口にこそしないものの、自分のマシュマロ女子を愛する感性に絶対の自信を持っていた。


「デブといえばさ、隣の席の真白さん、学校来なくなったな」

「そう……だな……」

「いじめられていたんだろ。可哀想にな」


 武田は誰もいない席を横目で見つめる。机には『デブ女』から始まり、『温暖化はお前のせいだ』や『満足に食事できないアフリカの子供たちに謝れ』といった社会問題にまで言及した悪口の跡が残っている。


「真白さん……戻ってきて欲しいな」


 武田の切実な願いだった。真白は体重百キロオーバーの巨漢であり、どこを触ってもプニプニしていそうな色白の肌と、整っている顔を台無しにする脂肪の膨らみを持ち、彼の理想を体現したような女性だった。


(真白さんと恋人になりたかったのに、心無い奴らは酷いことをする)


 武田はいじめられていた真白を見かけては救いの手を差し伸べていたが、それでもいつも一緒にいられるわけではない。もっと積極的に守ってあげていればと、彼は後悔で拳を握りしめた。


「そういや武田は真白さんと仲が良かったもんな……面食いの武田らしくはないがな」

「真白さんは優しい人だったからな」

「だな……俺も恋人にはしたくないが、真白さんのこと嫌いじゃなかったぜ。恋人にはしたくないけどな」

「二回言わなくても十分に伝わっているよ」


 武田は窓の外の景色を眺める。青い空に浮かぶ大きな白い雲はまるで真白さんのようだと思いを馳せていると、座るべき人がいないはずの隣の椅子が引かれる。


(まさか真白さんが登校して――)


 武田が隣に視線を送ると、そこにはシミ一つない白磁の肌と腰まである長い黒髪、そしてつぶらな瞳に、筋の通った鼻をしたアイドルなんて目ではないほどの美少女が座っていた。


「おい、武田。隣を見てみろ。あんな美少女、うちの学園にいたか?」

「いや、知らない」

「面食いの武田でも知らないのか。もしかして転校生か?」

「だがその席は真白さんの――」


 武田の真白という言葉に反応して、隣の席に座る謎の美少女が手を振る。何気ない仕草なのに、神話の女神が降臨したような美しさを放っていた。


「おはよう、武田くん。久しぶりだね」

「久しぶり?」

「えへへ、イメチェンしたから分からないのも無理ないかな」

「イメチェン……ってまさか――」


 武田は謎の美少女の顔をどこかで見覚えがあると感じていた。その感覚が彼女の声を聞くことで、正体へと繋がった。


「まさか……真白さん?」

「う、うん。どうかな、可愛くなったかな?」


 謎の美少女の正体が真白だと知り、武田と上杉は両極端の反応を見せる。最初に動いたのは上杉だった。


「俺のこと覚えている?」

「上杉くんだよね」

「真白さん、本当に可愛くなったよね。ビックリしたよ」

「イメチェン、成功かな?」

「成功どころか大成功だよ。蛹から蝶への変化でもここまで大きく変わらないよ」

「えへへ、上杉くんありがとう。武田くんはどうかな?」

「俺は……可愛くなったと思うよ」


 もちろんデブ専だとバレないための嘘であり、上杉は内心で反対の感想を抱いていた。


(マシュマロ女子の真白さんを返してよおおおおっ!)


「……それにしても随分と痩せたね?」

「ダイエット頑張ったからね。でも胸回りの脂肪だけは中々落ちなくて」


 真白は腰がしっかりとクビレているにも関わらず、なぜか胸だけはマシュマロ女子時代の名残を残すように大きく膨らんでいた。


(なぜ胸だけなんだよ! 脂肪を蓄えるなら、お腹も忘れるなよ!)


 だが武田の心の叫びは届かない。真白はそんな彼の心境を意に介さず、頬を赤く染める。


「私がどうしてこんなにダイエットを頑張ったか分かる?」

「さぁ?」

「それはね武田くんに見合う女になるためだよ」

「お、俺に見合う?」

「武田くん、面食いでしょ……だから私、お眼鏡に叶うように頑張ったの。武田くんのこと大好きだったから……」

「お、俺のことが……」


 その台詞をマシュマロ女子時代の君から聞きたかったと、武田は悔しさで歯を噛みしめるも、彼女の告白は続く。


「私……いままで色んな男の人を見てきた……みんな、私のことをデブだと馬鹿にするし……何度もいじめられてきた……」

「…………」

「でも武田くんだけは違った……私の外見を気にせずに優しい言葉をかけてくれたし……優しい態度で接してくれた……あなただけが私の学校生活での唯一の癒しだったの……」


 気づくと真白の目尻には涙が浮かんでいた。その涙は武田の心の罪悪感を容赦なく抉る。


(真白さんの外見が俺好みのマシュマロ体型だったから優しくしていただけなんて言えない……)


「ほ、ほら、覚えているかな。私が早朝に学校へ来た時のこと……」

「何の話だっけ?」

「私の机に書かれた落書きを消してくれていたことがあったでしょ。他にもトイレで水を被せられた時なんてタオルで体を拭いてくれた……私のような醜い女を助けても何の得もないはずなのに……この人は外見で人を判断しない、なんて心が綺麗な人なんだろうって感動しちゃった」


(真白さんに好かれるための下心ありありの行動だったなんて言えないし、タオルで拭いたこともぽっちゃり感触を楽しむのが目的だったとは当然言えない……)


「だ、だからね、わ、私、あ、あなたの恋人になりたい。駄目、かな?」


 真白の告白を聞いていた上杉は武田を恨めしそうに睨みつける。しかし忘れてはならない。彼は表面上こそ面食いを装っているが、本当の正体はデブ専なのである。心の声に従えば、この告白を断りたい。しかし彼は迷っていた。


(マシュマロ体型な真白さんと付き合いたい……だが細いままだと嫌だ……どうすれば……そうだ! 答えは簡単じゃないか)


 痩せている真白が好みでないのなら、太らせればいいのだ。


(ヘンゼルとグレーテルを思い出せ。魔女は高カロリーなお菓子を与えて、子供たちを太らせた。同じことを俺もすればいいのだ)


「ど、どうかな? 駄目かな?」

「…………」

「ご、ごめんね、やっぱり駄目だよね。痩せたとしても私なんかじゃ……」

「いいよ。付き合おう」

「ほ、本当に!?」

「ああ」

「やったぁ! わ、私、武田くんのこと絶対に幸せにするから」

「ははは、それは俺の台詞だよ」


 武田はハニカムように笑いながら、必ず真白のことを幸せ太りさせてみせると誓うのだった。


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マシュマロ女子の真白さん ~学園一の美少女に惚れられたけど、残念だが俺はデブ専なんだ~ 上下左右 @zyougesayuu

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