第818話 外来生物
宇宙港の入場ゲートに近づくと、厳格な警備体制が敷かれているのが目に入る。殺傷能力の高いレーザーガンで武装した警備用の〈アサルトロイド〉が配置され、我々の動きに合わせるように、微妙に姿勢を変えているのが見えた。我々のIDを参照しているのかもしれない、機械人形のカメラアイが赤く明滅するのが確認できた。
ゲートの周辺には各種センサーが埋め込まれていて、微弱な振動や熱反応までも逃すことなく捉えていて、あらゆる侵入者に対処できるようになっていた。入り口には半透明の薄い膜が展開されていて、シールドの見えない壁によって通行が制限されていた。
濃い霧が立ち込めるなか、我々はゲートの前で立ち止まり周囲を見回した。宇宙港内には不気味なほどの静けさが漂っていて、生物の気配は感じられない。ゲートの周囲に投影されていた警告によると、どうやら何か騒ぎが起きて施設が閉鎖されたようだ。
「なぁ、ペパーミント。宇宙港が閉鎖された理由が分かるか?」
『調べてみる』
原因を確認すると、どうやら宇宙船内に入り込んでいた〈特定外来生物〉による襲撃事件が発生していたことが分かった。
「……人間を襲ったり、生態系に被害を及ぼしたりする生物に対処するために施設が閉鎖されたのか?」
『そういうこと。宇宙船の機関室や貨物に侵入していた生物が天敵のいない宇宙港で繁殖して、大量発生してしまったみたい。すぐに警備隊が派遣されたみたいだけど、そのあとの記録は確認できなかったから、侵略的外来生物が完全に駆除されたのかは分からない』
「危険な生き物が〈異星生物〉と一緒に地球に入り込んだってことか……ソレがどんな生物だったのか、記録は残っていないのか?」
『ログを漁ってみるから、ちょっと待ってて』
「了解」
機械人形の視線を避けるようにして、慎重にゲートに近づく。警備の〈アサルトロイド〉はテンタシオンの接近に反応して動きを見せたが、我々が遠隔操作している機体は、もともと浮遊島に配備されていた機体だったので敵対されることはなかった。
シールドのそばに立って霧が立ち込める宇宙港を覗き込んでいると、霧の向こうから微かな機械音が聞こえ、その直後にスチームサイレンを思わせる長く尾を引く鋭い音が聞こえてきた。その音に耳を澄ませていると、異様な音が混じっていることに気づく。それは金属を引っ掻く音のようにも聞こえた。
『宇宙港に設置されている監視カメラの映像だけど、それっぽい生物の痕跡を見つけることができたよ』
ペパーミントの声が内耳に聞こえると、〈戦術データ・リンク〉を介して映像が共有される。すぐにファイルを展開して拡張現実のスクリーンで映像を確認すると、大型輸送コンテナの中で
それは猫ほどの体長を持つ三葉虫に似た生物だったが、頭部があるべき場所には無数の触手が生えていて、それは発光しながら絶え間なく揺れ動いていた。その触手の奥には鋭い牙が見え隠れしていて、黒く艶のある半透明の体表はドロリとした粘液に覆われ光を受けて不気味に輝いていた。
その生物が重なり合うようにして蠢く姿を見ているだけで、全身に寒気が走り、鳥肌が立つのを感じる。その存在は異質で、ある種の嫌悪感を抱かせる。あるいは、それが地球外の生物だと知っているからなのかもしれない。いずれにせよ、黒光りする体表に浮かぶ奇妙な模様や粘液が滴り落ちていく様子を見ているだけで吐き気を催す。
生物が移動する姿もまた奇怪だった。地面を
別の映像を確認する。薄暗いコンテナの中で奇妙な生物が壁や床で蠢いている様子が見られた。どうやらコンテナに保管されていた鉱物に群がっているようだ。生物たちは時折痙攣するような動きを見せ、そのたびに床や壁が微かに波打つ光景が確認できた。目の錯覚やカメラの異常を疑ったが、生物が発生させる振動に反応しているようだった。
「たしかに奇妙な存在だけど、施設全体を閉鎖するほど危険な生き物には見えない」
『見てもらいたいのは、コンテナに残された傷痕だよ』
疑問を口にすると映像が切り替わり、閉鎖された区画内の様子が俯瞰映像で映し出された。整然と積み上げられた輸送コンテナが視界に入るが、その多くは粘液にまみれていて、キノコとも苔ともつかない奇妙な物体に覆われているのが見えた。
コンテナの外壁には巨大な爪痕が残されていた。傷痕は深く、鋼鉄製のコンテナは薄い紙のように引き裂かれていた。その傷痕の周囲にも粘液がべったりと付着していて、先ほどの三葉虫めいた生物が粘液の中で這い回っているのが見える。粘液を使って金属を溶かして食べているようにも見えたが、実際にそこで何をしているのかは分からない。
コンテナに残された爪痕の数はひとつやふたつではなく、まるで縄張りを主張する捕食動物のように、無数のコンテナに傷痕が刻まれている。それは、かつてこの場所に存在した恐ろしい生物の存在を示唆しているようでもあった。
「コンテナの中に閉じ込められていた生物が、無理やり外に出ようとしたようにも見える」
『そうだね。研究用に〈異星生物〉を輸送していたのかもしれない』
「それで――」と、入場ゲートの向こうに立ち込める霧を見ながら言う。
「その生物は今も宇宙港を徘徊していると思うか?」
『どうだろう……』ペパーミントは唸るように言った。『この映像もすごく古いモノだから、宇宙港がどうなっているのかは、正直なところ見当もつかない』
ゲートの入り口で展開していたシールドに近づくと、拳大の小型ドローンが音もなく飛んでくるのが見えた。重力場を利用して滑らかに空中を移動する球体は、ぐるりと我々の周囲を飛ぶようになる。光沢を帯びた銀色のボディは光を反射し、機体中央に取り付けられた赤紫色のレンズは明滅している。
そのレンズから扇状に広がるレーザーが発射されると、足の爪先から頭のてっぺんまでスキャンされていく。やがてスキャンが完了すると、ドローンは小さなビープ音を鳴らしながら静かに去っていった。
入り口のシールドが徐々に透明になり、やがて完全に消失した。視界が開け、宇宙港に続く通路が霧のなかに姿をあらわす。通常なら立ち入りが制限されている場所だったので近づくことも許されなかったが、我々が遠隔操作している機体は警備用に登録されていたので、大きな問題もなく入場許可が与えられた。
「もう入って平気なのか?」
『ええ、もう大丈夫。宇宙港の地図を表示するから確認して』
拡張現実で宇宙港の詳細な地図が投影される。立体的なワイヤーフレームで各区画が表示された地図には、それぞれのエリアの用途や施設の名前が表示されていた。飛行機のように長い滑走路を用いて離陸するための〈マスドライバー〉が一際目立ち、その巨大な設備が港内の広大な空間を占めていることが確認できた。
垂直に打ち上げるための従来型の発射台も複数用意されていて、宇宙船らしきモノが――あるいは、その残骸が設置されていることも確認できた。
『目的地は物資が搬送される倉庫区画の近くにある施設だよ』
彼女の声が聞こえると、地図が変化して倉庫区画が大きなブロックで示され通路や倉庫が詳細に再現されていく。目的地に設定された施設は、その倉庫区画のすぐとなりに位置していて、赤く点滅する矢印で強調されていた。どうやら宇宙船の設備と組み立てに利用されていた施設のようだ。
『その施設なら、リアクターに関する情報が手に入れられるかもしれない』
「この機体でどこまで行けるか分からないけど、その施設に行ってみるよ」
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