第662話 執念


 人造人間の注意を引きつけるため、フルオート射撃で〈徹甲弾〉を叩き込みながら接近する。光沢感のない鈍い金属におおわれた殺人機械は、銃弾を嫌うように腕を交差すると、顔面の損傷個所を守ろうとするが容赦なく弾丸を撃ち込んでいく。


 貫通力のある弾丸が超音速で人造人間に向かって飛んでいくと、射撃の反動が肩から腕、そして手に伝わっていくのを感じた。その徹甲弾が殺人機械に命中するたびに、金属の骨格から火花が飛び散り、甲高い音が聞こえる。


 しかし人造人間は怯む様子もなく、そのまま前進を開始する。その間も攻撃は続けていたが、胸部を覆う装甲を破壊することはできず、無駄に弾薬が消費されていくだけだった。けれど焦らず冷静に照準を合わせ、銃身が真っ赤になるまでフルオート射撃を続ける。


 人造人間に決定的な一撃を叩き込む機会をつくるため、このまま囮になって注意をそらし続ける必要がある。ハクの登場によって形勢が逆転したように思えたが、得体の知れない念動力を使うため気を抜くことはできなかった。


 前進を続ける敵の動きを止めるため、ショルダーキャノンから〈貫通弾〉を撃ち込む。人造人間は凄まじい衝撃を受けてよろめくが、四本の脚でしっかりと地面に立ち、足先を変形させて地面に突き刺すようにして近づいてくる。


 土砂降りの雨のなか、ライフルの銃身から蒸気が立ち昇るようになると射撃を止め、すぐに防壁の制御システムに接続する。


 拡張現実のインターフェースが視線の先に浮かび上がると、防壁に設置されていた装備の一覧が表示されていく。監視のための〈動体検知装置〉や〈超小型偵察ドローン群〉、床から格子状のレーザーを投射して侵入者の肉体を切断する〈レーザー・グリッド〉など、多種多様な防衛装置が表示されていく。


 その中から回転砲塔を備えた〈オート・キャノン〉を選択すると、壁の内側に収納されていた兵器が次々と起動していくのが見えた。


 その攻撃タレットから短いビープ音が聞こえると、複数の砲身を持つ回転式機関砲がゆっくりと回転を始めるのが見えた。兵器の起動を確認すると、ライフルから手を離し、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。直後、雨の音を掻き消すように、腹の底に響く射撃音が周辺一帯に響き渡る。


 背後から弾丸を浴びせられるようになると、さすがの人造人間も動きを止める。けれど次の瞬間には肩部の装甲を展開し、ミサイルポッドの発射口を露出させると、無数の小型ミサイルを発射するのが見えた。薬指ほどのミサイルは煙の尾を引きながら高速で飛び、攻撃タレットに次々と着弾し爆発していく。


 厄介なことに人造人間の攻撃はそれで収まらなかった。炸裂音がとどろくなか人造人間がこちらに腕を向けると、手首が回転しながら変形し、金属に覆われた腕が変形していくのが見えた。そして赤紫色のレンズを備えた装置があらわになったかと思うと、次の瞬間、重低音を響かせながら高出力のレーザーが発射される。


 視界が霞むほどの雨のなか、真っ赤な閃光が迫ってくる。しかし極限まで研ぎ澄まされた集中力によって、時間がゆっくりと流れていくようになる。その〝加速された意識〟のなか、紙一重のところで熱線をかわし、そのまま人造人間に肉薄する。


 レーザーの熱に顔をしかめながら手の甲に長く鋭い〈ハガネの爪〉を形成すると、人造人間の腕に向かって振り下ろす。しかし貫通弾すら防ぐ金属に全身が覆われているからなのか、甲高い金属音を響かせるだけで、腕を切断することはできなかった。


 けれどその強力な一撃によって腕の向きが大きく変わり、高出力のレーザーは制御を失い、見当違いの方向に発射され続けることになる。真っ赤な熱線は周囲の瓦礫や廃車を切断していき、飛び散る粒子によって鉄屑は熔解していった。


 そのレーザーの照射が止まると、今度は人造人間の肩部が変形していくのが見えた。すぐに地面を蹴って距離を取ると、超小型ミサイルが次々と発射される。それは榴散弾りゅうさんだんになっていて、空中で炸裂し弾体から数え切れないほどの散弾を撒き散らした。遮蔽物や瓦礫の山に飛び乗るようにして何とか避けていくが、爆風に巻き込まれ、ついに逃げ場を失くす。


 しかし小型ミサイルによる追撃が行われることはなかった。人造人間の背後に回り攻撃の隙をうかがっていた白蜘蛛が吐き出した糸によって、ミサイルポッドの発射口が塞がれ、直前に発射されたミサイルが糸と肩の間で行き場を失くし次々と爆発し人造人間の肩と腕を吹き飛ばした。


 鋭利な金属片が四方に飛び散り、激しい火花が飛び散る。人造人間は腕を失っていたが、その状態でも攻撃の意志が衰えることはなかった。四本の脚を変形させ、足先に鎌のような刃を出現させると、こちらに猛然と突進してくる。


 けれどハクが吐き出した網状の糸が脚に絡まると、人造人間はバランスを失い泥のなかに倒れる。しかしそれでも殺人機械はこちらに頭部を向けると、半壊していた顔面の金属プレートを放射状に展開させ、その中心に真紅の光を集束させていくのが見えた。


 すぐに瓦礫の山から飛び降りる。熱線は瓦礫ごと周囲の鉄屑を融解させ、凄まじいエネルギーの放出によって爆風を生じさせる。


 立ち昇る煙の向こうにいる人造人間に銃口を向けるが、殺人機械は脚の刃を使い、強度のある糸を切断して拘束から逃れていた。そこにハクが飛び掛かり、人造人間に覆い被さるようにして金属の身体からだを押さえつける。


 頭部が展開してレーザーを発射しようとするが、ハクはその顔面の中心に容赦なく鉤爪を突き刺した。直後、気色悪い液体が噴き出すと、人造人間は金属の身体を痙攣させる。それをチャンスと捉えたのか、ハクは無数の脚を使って何度も攻撃を行う。


 ハクの鉤爪でも人造人間の骨格を傷つけることはできなかったが、関節部を集中的に攻撃することで徐々に金属の身体を破壊していった。


 そうこうしているうちに、壁の外に派遣されていた兵士たちが集まってくるのが見えた。かれらの動きを止めるため、修復機能によって使用可能になっていたライフルを構えると、数百発の銃弾を撒き散らし制圧射撃を行う。


 そこに火砲を搭載した多脚車両ヴィードルがあらわれると、射撃を続けながらショルダーキャノンの砲身を向け、貫通弾を撃ち込んで操縦席を保護していた装甲を貫く。厚い鉄板の隙間から大量の血液が噴き出し、車両の動きが止まったときだった。ハクに押さえつけられていた人造人間の身体が、突如電光を帯びながら発光していくのが見えた。


 目も開けていられないほどの眩い光が放たれたかと思うと、凄まじい衝撃波を受けて地面を転がることになった。どうやら念波を伴う強烈な衝撃波を放ったようだ。悪足掻わるあがきにしては、強烈な攻撃だった。


 ハクも吹き飛ばされていたが、空中でくるりと体勢を整えると、落下しながら糸を吐き出す。地面を這いずるようにして逃げていた人造人間は、その糸で再び拘束されることになった。


 ハクは着地と同時に人造人間に向かって跳躍すると、長い脚を振り抜いてもろくなっていた接合部から下半身を切断する。四本の脚を失くした人造人間は、もはや逃げることも反撃することもできなくなった。ハクは冷静に、そしてどこか恐ろしげな雰囲気で人造人間の頭部を切断すると、残っていた胴体に何度も鉤爪を叩きつける。


 やがて人造人間だったモノは、液体状の金属に変化し、雨水と一緒に地面に散らばる瓦礫の隙間に入り込むようにして消えていった。


 増援としてやってきていた戦闘部隊の全滅を確認し、安全な場所に隠れていたジュジュと合流すると、我々はその場をあとにした。人造人間だったモノがどうなったのか確認したかったが、別の人造人間がやってくる可能性があったので撤退するほかなかった。

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