第652話 偵察〈収容所〉
大通りを避けて薄暗い路地を進む。途中、騒がしいローター音で飛び回る監視ドローンや警備用に改造された作業用ドロイドと遭遇することになる。戦闘音で兵士たちの注意を引きたくなかったので、カグヤにハッキングしてもらうことにした。ジャンクタウンには旧文明の電波塔が立っているので、効率的に作業を進められるだろう。
やがて監視ドローンは私の存在そのものを認識できなくなり、警備用の機械人形は攻撃標的を教団の兵士に変更した。ジャンクタウンを警備している兵士たちは、全員が揃いの白いガスマスクとボディアーマーを装着しているので、旧式の機体でも敵を区別することは難しくないはずだ。
その収容所はジャンクタウンの外れ、孤児や浮浪者すら近寄らない場所にあるので、教団は誰にも邪魔されることなく人々を監禁し拷問してきたのだろう。だが
路地から見える大通りでは、相変わらず人々が混乱し逃げ惑っている姿が見えた。大勢の人々が一瞬にして肉片に変わるという光景は、日常的に死を間直にする人々にとっても衝撃的だったのだろう。
やがてゴミと
廃墟の街を探索していれば、それが平均的な数値であること、そして数値を問題にしていればジャンク品の回収なんて到底できないことは誰もが知っている。生きるために命をすり減らさなければいけないという矛盾を抱えているが、それが廃墟の街で生きるということだった。
空に灰色の雲が垂れこめている所為で周囲は薄暗く、瓦礫の中での移動を困難にする。が、環境追従型迷彩の効果を高められるので積極的に使用していく。
瓦礫の山に立つと、眼下に収容所の全容が見えた。年月が経ち、風雨に晒されてきた結果、建物の外観は荒廃し風化が傷跡として浮かび上がっていた。錆びた鉄板には穴が開き、倒壊したコンクリートブロックの壁にはツル植物が絡みついている。
雲間から僅かに陽の光が射し込む場所では、色褪せたペンキが壁面に残っていて、錆びついた無数の車両が過去の賑わいを
収容所には廃墟と変わらない雰囲気があり、崩壊した天井の隙間からは放置された鉄骨や重機がそのままの状態で残されていることが確認できた。かつての活気とは裏腹に、建物全体に言い知れない寂寥感が漂っている。
ハガネのマスクを使い視線の先を拡大表示すると、収容所の周囲に土嚢と柵が張り巡らされていて、厳重な警備体制が敷かれていることが分かる。戦闘用に改造された
収容所の外を巡回警備している兵士の姿も確認できた。これらの障壁を乗り越えなければ、ヨシダが捕らえられている場所にたどり着くことは難しいのかもしれない。彼を救出するため、慎重に行動しなければならないことは分かっていたが、大規模な戦闘になることを覚悟しておいたほうがいいだろう。
『複数の生体熱源を確認したよ』カグヤの声が内耳に聞こえる。
『ひとりふたりじゃなくて、かなりの数の人が収容されているみたい。この中からヨシダを見つけるのは大変だと思うよ』
「たしかに大変そうだけど、捕らえられている人をまとめて解放するつもりだから、それは問題にならない」
『ああ、そうか! 騒ぎに乗じてヨシダを探すんだね』
「いや、かれを助けるのは収容所を制圧してからだ。でないと、収容されている人々に被害が出るからな」
『ねぇ、それってすごく面倒なことだと思う』
「だからって、いずれひどい拷問を受けて殺されてしまうかもしれない人々を放っておくことはできない。そうだろ?」
『そうだけどさ……私たちが損な役割を引き受けて、善行を積む必要はないと思うけど』
「善行だって、ときには役に立つことがある」
『たとえば?』
「俺たちの行動が知れ渡る。教団や敵対組織が噂している〝悪い蜘蛛使い〟は、実は善人で弱者の味方だった。そういう噂が広まれば、俺たちに協力的な組織もあらわれるはずだ」
『同時に悪い組織にも目をつけられるけどね』
彼女の言葉に肩をすくめる。
「そういう組織は、
『この荒廃した世界で存続可能な共同体を築くためには、良き隣人と、良き理解者が必要になるってことだね』
「ああ。だからこそ今日は嫌われ者の教団相手に、派手に暴れてみせよう」
『了解。ジャンクタウンの上空を飛んでる自爆ドローンを使って支援するから、準備ができたら合図して。対空迎撃用の兵器を複数確認したから、ドローンで敵部隊を叩くことはできないけど、陽動にはなると思う』
彼女の言葉にうなずいたあと、敵の詳細な情報や配置場所を確認していく。
収容所の周囲には教団の精鋭部隊が展開しているのか、ほとんどの兵士が旧文明の高度なテクノロジーによって製造された装備を身につけていた。レーザーライフルやガトリングレーザーといった強力な火器に加え、戦闘を支援するセントリーガンや各種センサーが広範囲に亘って設置されていた。
兵士たちは顔の見えないフルフェイスマスクで頭部を覆っていて、その特徴的なマスクは有毒物質から保護する機能を果たすだけでなく、人工知能からの支援を得られる機能も備えているのかもしれない。
ガスマスクのように吸収缶や酸素供給のためのチューブが剥き出しになっていたが、視界は完全に覆われ、縦に細長い長方形のレンズが額についているのが見えた。そのカメラアイを使って視界を確保しているのだろう。
鼠色の戦闘服に軽量ながら強固なボディアーマーを装着し、アシストスーツとして機能する黄色いフレームが特徴的な外骨格を全員が身につけている。それらの装備によって、兵士たちは驚異的な身体能力を獲得し、走る速度や跳躍力が飛躍的に高められているようだ。
小型の監視ドローンも蠅のように忙しなく飛び交い、兵士たちの支援を行っていた。それらのドローンは警備隊のモノとは異なり完全に自律化されたシステムで動いていたのか、カグヤの支配下になかった。
入場ゲートには戦闘車両だけでなく、ガトリングレーザーで武装した作業用大型パワードスーツの姿も確認できた。剥き出しの金属フレームや厚い装甲は傷つき凹んでいたが、その圧倒的な制圧力と防御力で、ありとあらゆる脅威を排除してきたのだろう。
それらの強力な部隊を排除するため緻密な戦略を練る必要があったが、そんな時間もなければ支援してくれる仲間もいなかった。だからこれまで通りの方法で――
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