第649話 ジャンクタウン
ジャンクヤードをあとにし、無数の配管が張り巡らされた狭い路地を歩いて大通りに向かう。足元には不規則な凹凸が刻まれた鉄板が敷かれ、路地に並ぶ掘っ立て小屋の壁が風に揺れている。路地の奥に見える廃墟から光が漏れ、錆びた配管に反射して奇妙な色彩を放っている。
顔を隠すようにフェイスマスクを装着し、異臭漂う薄暗い路地から抜け出る。すると
アシストスーツとして機能する外骨格を身につけた賞金稼ぎや、銃火器を手にした傭兵が大通りを行き交う姿が見えた。彼らの目は冷酷な光を帯びていて、周囲の人々を威嚇しているようにも感じられた。
髪を色とりどりに染めた男女の集まりは、ホログラムを投影するアクセサリーを身につけていて、派手なネオンカラーで発情した動物のように個性を主張していた。
ガスマスクで顔を
ジャンクタウンでは多くの起源を持つ民族が見られたが、今では日本とスラブの混血民族の姿が目立っていた。その特異なルックスは、日本人の繊細な美しさとスラブの堂々とした風貌が見事に融合している。
すれ違っていく灰色の瞳の
もちろん、浅黒い肌を持つアフリカ系の住人や、
それでも通りを歩く人々は、それぞれ異なる服装や装飾品で個性を主張し、多様な遺伝的背景を背負いつつも、鳥籠の住人としての自己を表現しているように見えた。
大通りは買い物客で賑わっていたが、以前には見られなかったモノも存在した。たとえば、通りのあちこちに
遺体の多くはカーボン製の義手や装甲代わりの金属板、それに機械人形の部品など、さまざまなインプラントが無理やり縫い付けられていた。不気味だったのは、それらの部品の多くが死後に取り付けられていたことだ。
腹部にマニピュレータアームが縫い付けられた遺体や、焦げついた電子基板で装飾された遺体は、人間と機械の融合を象徴しているようだった。この異様な光景は、教団の教義や理念に反する者たちが見せしめのために処刑されたことを示唆していた。これらの死体の背後で教団関係者の力が働いていたことは明白だ。
磔にされた遺体のすぐとなりの露店から白い蒸気が噴き出すと、奇妙な臭いが漂ってくる。露店の前に立つ人々は、不気味な笑顔を浮かべて得体の知れない肉を焼いていた。その笑顔はどこか異様で、思わずゾッとして背筋に冷たいものが走る。
『レイ、どうしたの?』
カグヤの声にハッとして周囲を見回す。どうやら通りの真ん中で立ち止まっていたようだ。通行の邪魔になっていたのだろう、青い目の女性に舌打ちされる。謝罪を口にしてから歩道に向かう。
『さっきの人、イヤな感じだったね』
「さっきの人だけじゃないさ、ジャンクタウンにいる人間の多くが何かに苛立っている」
『やっぱり、あの鉄骨に磔にされた人たちの死体の
「たしかに見ていて気持ちのいいモノじゃないな。でも、問題になっているのは教団の兵士だろ」
我が物顔で通りを練り歩く兵士たちは、露店の商品を奪ったり、買い物客を強請ったりして金品を奪っていた。狙われるのは気が弱そうな人間ばかりで、抵抗できない人間を意図的に攻撃していることが分かる。
大通りを離れ、職人の工房が多く集まる〈ジャンク通り〉に向かう。そこでは今にも崩れてしまいそうな古い建物よりも、トタン屋根の掘っ立て小屋が多く目につく。ちなみにスカベンジャー組合の本部もこの通りにある。
通りに並ぶ小屋は廃材を利用して建てられているにもかかわらず、その独特なデザインと造形美によって目を引くものがあった。コンクリートブロックの壁には様々な色に着色された金属板やジャンク品が組み込まれ、陽の光を反射して鮮やかな輝きを放っている。
商人たちが忙しなく働く工房の前には、無数のジャンク品が無雑作に並べられていて、職人たちに修理されるのを静かに待っていた。その職人たちは薄汚れたボロの作業着を身につけていたが、繊細な手つきで工具を扱っていて、その技術力の高さが感じられた。
誇らしげに掲げられた工房の看板や、綺麗に磨き上げられた工具入れが商人組合に所属する職人たちの勤勉さを物語っているようだった。
その工房の中からは、騒がしい機械音や職人たちの声が漏れ聞こえてくる。彼らは手にした廃材や部品を巧みに組み合わせて、旧文明の製品を再現しようとしていた。その技術と想像力を駆使して、廃品から新たな製品を製作しようとする者もいる。
職人たちの作品が並べられている露店も通りで見られ、修理したばかりの製品や情報端末、それに手製のインプラントなどが販売されている。それぞれのアイテムには職人独自のアイディアが込められていて、彼らが誇りをもって働いていることが分かる。
やがてスカベンジャー組合の建物が見えてくるが、どうも様子がおかしい。建物の入り口で組合の人間と教団の兵士が言い争いをしているのが見えた。建物の前に到着するころには口論は終わっていたので、彼らが何を言い争っていたのかは分からなかったが、私もゴミ拾いのネズミ野郎と罵られることになった。
兵士がいなくなると、入り口に立っていた組合員に許可を取ってから建物に入る。いつもの用心棒がいないことを不審に思いながらも、受付で組合長との面会を希望していることを伝える。受付にいたのは見知った青年だったが、規定通りに〈IDカード〉を提示して、それから手続きが終わるまでソファーに座って待つことにした。
窓際には鉄で作られた造花が飾られていて、その近くには丸々と太った猫が身体を丸めて眠っていた。それは見慣れた光景だったが、今では不思議な懐かしさを感じさせた。
やがて受付の青年がやってきて、組合長に会えることを伝えてくれた。青年に感謝してから階段を上がる。普段は多くのスカベンジャーで賑わっていたが、その日はひっそりとしていて、足音がやけに大きく響いていた。
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