第603話 お人好し


 ジュジュたちにまとわりつかれているハクの様子を確認したあと、兵員輸送用コンテナから輸送機のコクピットに移動する。ハクもジュジュたちの行動に慣れてきたのか、背に乗られたり、脚にしがみ付かれたりしても動じなくなってきていた。


 面白いことに、ジュジュたちもハクと行動するようになったからなのか、ハクの真似をして我々の話を真面目に聞くようになり、危険な場所に近づくことや危険な遊びをしないようになっていた。


 廃墟の街や危険な施設を探索するときには、ジュジュたちを同行させるわけにはいかなかったので、ちゃんと言うことを聞いてくれるようになったのは喜ばしい変化だった。


 砂漠地帯での遭遇以来、ジュジュのれは各地にある我々の拠点で共同生活するようになっていたので、ハクと行動をともにするジュジュが言うことを聞くようになったということは、拠点を遊び場にしているジュジュたちとも冷静に話ができるようになったということでもあった。


 拠点にいる子どもたちの遊び相手になってくれていたので、ジュジュたちの存在にはとても感謝していた。実際のところ、人形のように無機質で感情にとぼしい子どもたちの成長にもつながると考えられたので、遊び相手が増えたことをサナエも喜んでいたくらいだ。


 けれど、やんちゃに過ぎる個体もいるので、つねに注意する必要があった。何かの間違いで拠点を離れて、廃墟の街に遊びに行ってしまったら大変なことになりかねないのだ。


 コクピットシートに座ると、姿勢に合わせてシートクッションの形状が変化していくのが感じられた。そのまま身体からだを沈めて気持ちを楽にする。


「ジュジュたちは悪戯いたずらをしてなかった?」

 ペパーミントの言葉に肩をすくめる。

「相変わらずスイッチをいじるのが好きな個体がいるけど、とりあえず問題ないみたいだよ」

「そう」


 彼女はコンソールの縁を爪でコツコツと叩いて、それから言った。

「研究施設にいるサナエには、私たちが迎えに行くことを伝えてあるから、すぐに出発できると思う」

「彼女は何か言ってなかったか?」


「何かって?」ペパーミントは眉を寄せる。

「たとえば、不満……とか」


「そうね――」

 短い通知音が聞こえると、彼女はモニターに拡大表示された甲虫のれを見ながら言う。

「子どもたちに会えなくなることを寂しがっていたけれど、とくに不満は言ってなかったわよ」


「そうか」

 彼女はうなずいたあと、高度をあげて昆虫のれを見下ろせる位置まで移動する。

「そんなに気になるなら、サナエが保育園の拠点にいても仕事ができるように環境を整えてあげればいいんじゃない?」


「そうしてあげたいけど、戦闘艦にいなければできない仕事もある。実際、研究者として医療の現場にも携わっていた彼女の知識は必要になる」

「記憶の大部分を失っていても?」


 彼女に返事をするかわりに、モニターに表示されていた甲虫の姿を確認する。カナブンに似た大型犬ほどの体長を持つ胡桃色くるみいろの昆虫で、硬い翅鞘ししょうを大きく広げてれで飛んでいた。


「彼女と一緒に子どもたちも戦艦に連れていくのはどう?」

「戦闘艦に子どもを搭乗させるのは、さすがに気が引ける」

「なら、今は我慢してもらうしかないんじゃない?」


「ああ……そうだな」

「それに、私たちが子どもに会わせないために無理難題を押し付けていないことくらい、彼女も分かってくれている。それは拠点にいる仲間たちも理解していることよ。誰もがそれぞれの役割を持っていて、組織のために一生懸命に働いてくれている。こんな世界だもの、楽ができる環境にいるからって、遊んでいられないことは重々承知しているはずよ」


 ヘビトンボの変異体だろうか、ツノのような禍々しい大顎を持つ巨大な昆虫が突如あらわれて、甲虫のれに突進する姿が見えた。半透明の長いはねからは、周囲の枝葉を振動させるような重低音が聞こえ、恐ろしい速度で飛行しながら甲虫に襲いかかり、その硬い体表を大顎で噛砕いていく。輸送機よりも大きな身体からだを持ちながら、自在に空を飛ぶ姿は見ているだけで冷や汗をかく。


 私が黙り込んでいると、ペパーミントは不満そうに言う。

「ねぇ、レイはいつもそうやって仲間たちのことを考えてあれこれ思い悩んでいるの?」


「いや、どうだろう……」異様なヘビトンボが甲虫を咥えたまま、大樹の間に飛び去っていくのを目で追いながら考える。「ミスズたちとは家族みたいな関係だから――」


「仲間のためには犠牲もいとわないってわけね……それも宇宙軍によって叩き込まれた組織に対する忠誠心……いえ、洗脳の所為せいなのかしら?」

 彼女は溜息をついたあと、有翅昆虫を警戒して進路を変更した。


「それなら、その家族がレイのために努力していることも認めてもいいんじゃない。サナエのこともそうだけど、誰も強制されて働いているわけじゃない。レイも含めて、互いを支えようとしながら生きている。だからレイがひとりで思い悩むことなんてなにもない」


「わかってるよ。俺はただ――」

「一度、精密検査をしたほうがいいと思う。精神を転送するような技術を持った組織だもの。兵士たちの思考を操作するようなことだって簡単にやってみせるのかもしれない」


「検査って、そこまでする必要はないよ。小さな動物だって家族を大切にするし、それは悪いことじゃない。そうだろ?」


「ええ、でも家族のことばかり考えて目的を見失うことや、軽度の鬱症状が出るようになってからでは遅いと思うの。それに気がついていないと思うけど、レイは私たちのことを優先して行動するふしがある。いくら宇宙軍に教育されたからといって、そこまで仲間や家族に固執するのは異常だと思う」


「俺はてっきり、自分の目的のためだけに生きてきたと思っていたけど――」


「自分のためだけね……」彼女は私の言葉を遮る。「見ず知らずの子どもに無償で手を差し伸べる〝お人好し〟が言っても説得力がないわ。私たちの拠点も今じゃ、小さな鳥籠よりも多くのヒトが生活している。そうなってしまったのは、どうしてだと思う?」


『もしかして、怒られてる?』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、ペパーミントは眉を寄せる。

「茶化さないで、カグヤ。今はそういう気分じゃないの」


『えっと……』カグヤは困ったように言う。

『施設の近くまできたから、侵入経路を入力するね』


 施設を警備するシステムを回避するための経路がモニターに表示されると、輸送機は徐々に高度をさげながら飛行する。周辺一帯の大樹たいじゅには侵入者を監視する各種センサーやセントリーガンが設置されていたので、侵入者として誤って攻撃されないように、適切な経路で飛行する必要があった。


 我々を攻撃しないようにシステムを一時的に停止させることもできたが、昆虫にも対応する複雑なシステムが組まれているため、プログラムのバグを嫌い停止させること避けていた。拠点の〈データベース〉に余裕ができれば、まともに機能するシステムを人工知能に組んでもらうつもりだ。


 〈環境追従型迷彩〉に似た効果を発揮する〈偽装シート〉でおおわれた離着陸場に到着すると、研究施設として利用されていた洞窟の入り口まで歩いていくことにした。地下トンネルで〈母なる貝〉の聖域につながっていることもあり、研究施設として利用するため最近まで大掛かりな改修工事が行われていた。


 けれど現在は落ち着いていて、建設作業用ドローンを見る代わりに、迷彩塗装が施された〈戦闘用機械人形ラプトル〉の警備部隊をあちこちで見ることになった。


 紺色の鋼材が使われた重厚な隔壁がゆっくりと開放されていくと、洞窟内からラプトルに護衛されたサナエが歩いてくるのが見えた。彼女はいつものように白い研究用の白衣を身につけていて、すでに準備ができているのか、荷物はラプトルに運んでもらっていた。


 サナエはジュジュたちにまとわりつかれている白蜘蛛の姿に驚いているようだったが、ハクは我関せずといった態度でジュジュたちを好きなように遊ばせていた。そのうち飽きるだろうと思っていたのかもしれないが、残念ながらジュジュたちが飽きる様子は見られなかった。


 彼女に施設のことや警備の状態を確認したあと、我々はすぐに輸送機に乗り込み、砂漠地帯に向けて出発することになった。

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