第573話 相談


 砂漠に出現した〈インシの民〉の遺跡を巡る騒動から数日、私はペパーミントとインシの少女を連れて廃墟の街にやって来ていた。


 そこかしこに地割れが残る区画は倒壊した建物の瓦礫がれきで埋め尽くされていて、まるで絨毯爆撃に遭ったかのような様相をていしていた。けれど高層建築物が近くにないからなのか、無差別に破壊された区画は見通しが良く、猥雑わいざつとした廃墟の街並みに開放感を与えていた。


 上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉から受信していた俯瞰ふかん映像えいぞうで敵性生物がいないことを確認したあと、ペパーミントの護衛として同行していたトゥエルブとイレブンにあらたな移動経路を伝える。


 我々の目的地は地中深くにある〈コケアリ〉の坑道だった。そのため、地割れ付近に建設されていた前哨基地に向かっていた。なにもない区画に基地を建設することは、廃墟の街を根城ねじろにしている危険な武装集団の注意を引くことになるが、資源を手に入れる重要な拠点を野晒しにしておくことはできなかった。


 その前哨基地は現在、〈ワスダ〉と〈戦闘用機械人形ラプトル〉の混成こんせい部隊ぶたいによって警備されていた。ワスダの部隊とは短期的な契約のつもりだったが、旧文明の鋼材を含む金属等の資源が回収されるようになってからは、レイダーギャングや組合に所属しない傭兵団からの襲撃が多発していて、長期的な警備をになってもらっていた。


 変異体や〈混沌の子供〉たちによる襲撃が絶えない坑道ほどではないが、地上もキナ臭くなっていた。

 噂をすれば影がさす。通知音のあと拡張現実で表示されるディスプレイが目の前にあらわれて、カラスから受信していた俯瞰ふかん映像えいぞうが拡大表示される。どうやら敵対的な組織の戦闘車両が基地に接近して来ているようだった。


 と、前哨基地に接近していたヴィードルが攻撃を受けて多脚が吹き飛ぶのが見えた。射撃音が遅れて聞こえてきたときには、すでに敵戦闘車両は瓦礫がれきの間にある地割れに落下して爆散ばくさんしていた。映像の視点を変更すると、前哨基地に築かれた防壁の側にある監視所に人間が立っているのが見えた。


 浅黒い肌に丸刈り頭の女性には見覚えがあった。ワスダの部隊に所属している凄腕の狙撃手だったと記憶している。先程さきほどの攻撃は彼女の長距離射撃だったのだろう。敵戦闘車両とは二キロほどの距離があったが、彼女は正確に弾丸を命中させることができていた。狙撃銃が優れているのは当然として、彼女の腕も相当なモノなのだろう。


 続けて攻撃が行われるが敵部隊も狙撃を警戒していたのか、遮蔽物しゃへいぶつとして瓦礫がれきを利用しながら接近してくるようになった。けれど前哨基地の対応も早かった。基地内に設置された迫撃砲にも似た筒状のランチャーから、徘徊型兵器である多数の自爆ドローンが発射されるのが見えた。


 雲ひとつない青空に向かって次々と打ち上げられるドローンは、折りたたまれていた翼を展開すると、前哨基地に接近していた戦闘車両に真直ぐ飛んで行く。そして機首に弾頭を搭載したドローンは敵車両に突撃して爆散ばくさんする。


 炸裂音が廃墟の街にとどろいて砂煙が立ち昇る。が、敵部隊はなおも進攻を続ける。味方車両を多数失っていたので、ここで諦めるわけにはいかないのだろう。


 すると前哨基地の門が開いて、安価なロケットランチャーを肩に担いだ〈ラプトル〉が姿を見せる。ラプトルは〈アサルトロイド〉と同程度の脅威になる危険な機械人形だったが、廃墟の街では存在を知られていない機体だったからなのか、武装集団は警戒することなく接近してくる。


 それらの車両に対して対戦車ロケット弾が撃ち込まれる。誘導機能を持たないロケット弾だったが、充分に接近していたので問題なく命中させることができるだろう。

 数回の爆発音が聞こえた。しかし敵戦闘車両のなかには、旧文明の合金で造られた装甲板を使用していた車両があったのだろう。数台の車両が無傷の状態で基地に突撃するのが見えた。


 しかしラプトルは慌てることなく敵戦闘車両に向かって駆け出すと、飛び乗るようにして車両に掴まる。そしてアームの前腕部分を変形させて装甲の隙間にレーザーガンを押し込み、操縦者に向かって容赦ようしゃのない攻撃を浴びせた。


 攻撃を終えた機械人形か車両から飛び降りると、制御を失った数台の車両が前哨基地の防壁に衝突して炎上する。しかし周辺一帯に散乱する旧文明の鋼材を含む瓦礫がれきを利用して築かれた壁は頑丈で、傷ひとつ付かなかった。


 戦闘が終わったことが確認できると、我々も前哨基地に向かって移動を再開する。基地に到着したころには、すでに敵対組織が使用していたヴィードルや装備が回収されていて、かろうじて原形が残っていた遺体は、変異体のえさにならないように焼却処分されていた。


 襲撃者たちから手に入る装備品の多くは〈ジャンクタウン〉や、行商人たちとの取引に使用されることになる。そのほとんどは旧式の装備なので我々の役には立たないが、実用性があり信頼できる火器と物資は〈大樹の森〉にある基地に送られて、〈境界きょうかいびと〉たちに無料で提供されることになる。


 ヴィードルなどの車両も整備されたあと輸送機で森に運ばれていたが、戦闘で破壊されて動かなくなったモノは、その場で鉄屑にされて資源として再利用されることになっていた。


 基地の周囲には防壁と同じ建材を使用して造られた障害物が多数設置されている。旧文明の鋼材を含むコンクリートの塊が、そのまま障壁や監視所として利用されているのだ。これらの障害物は、武装勢力が多用する安価なロケットランチャーや迫撃砲による攻撃から警備部隊を守ってくれている。


 紺色がかった灰色の壁は敵を威圧する以上の利点がある。まず、障壁の材料となる旧文明の鋼材が含まれる建材は、基地の周囲に散らばる瓦礫がれきから充分な量を確保することができた。瓦礫がれきに含まれる鋼材は決して多くないが、障壁としての役割は果たしてくれた。たとえ破壊されたとしても、すぐに代わりのモノが用意できるので破壊されても惜しくないのだ。


 その前哨基地で我々を出迎えてくれたのはワスダの部下で、先程さきほどの戦闘で見事な狙撃を披露してくれた女性だった。

 インシの民と深いかかわりがある少女を〈コケアリ〉たちに会わせるため、坑道に向かうと事前に伝えていたので大きな混乱もなく迎えられることになった。無骨な狙撃銃を胸に抱いた女性はちらりと少女に目を向けるが、すぐに視線をらして我々を案内してくれる。


 リンダの一族である〈アシェラーの民〉のように、人間離れした美しい少女にも人々を魅了みりょうする不思議な性質が備わっていることを伝えていたからなのか、彼女は少女のことを必要以上に警戒していた。差別的とも取れる態度だったが、それは仕方がないことだった。


 数日前、横浜の拠点を警備していた彼女は、商売のために拠点の近くに来ていた行商人が〈アシェラーの民〉の素顔を見て、狂ったように彼女たちを求める姿を見ていたのだ。たとえ同性であったとしても、同じ症状が出ることを知ることになった。だから警戒するのも仕方がないのかもしれない。自分の意に反して、発情期の動物のような醜態しゅうたいはさらしたくないのだ。


 案内されているとき、基地に対する襲撃についていたが、やはり頻繁に攻撃されているようだ。回収される資源の多くは輸送機によって各拠点に運ばれていたが、さすがに毎日のように輸送機が飛んでくれば嫌でも目立ってしまう。

 輸送機で都市の上空を飛行する際には細心の注意を払っていたが、敵対する組織が増えてしまっている現状、その存在を隠すことも難しくなっていた。


 案内してくれたワスダの部下に感謝してから、建設人形の〈スケーリーフット〉によって急遽設置されたしゃこうエレベーターを使って坑道に向かう。

 少女と手をつないだペパーミントがエレベーターに乗ると、トゥエルブとイレブンも油断なく乗り込む。そのエレベーターが動き出すと、転落防止のために設置されていた上下可動式の柵が床下からあらわれる。


 その柵の向こうに見えるのは、かつてこの場所で資源を回収していたスカベンジャーやレイダーギャングによって設置された足場や照明装置だった。しかし地中深くに進むにつれて、施設の残骸や得体の知れない生物の巨大な骨、それに蜘蛛の変異体が残していったと思われる巣のようなモノも見られるようになった。


 少女は刻々こっこくと変わる景色を眠たそうな目でじっと見つめていた。

 深い眠りから目覚めた少女は、まるで自意識を持たない〈人造人間〉の子どもたちのように無気力で、言葉を話すこともしなかった。


 それが〈集合精神〉から切り離されてしまった影響だったのは、誰の目にも明らかだった。そこで少女を心配したミスズやペパーミントの提案で、コケアリたちに少女の状態について相談することになった。


 本来は少女を〈しろ〉にしていた女神にくべきことだったが、あの騒動から女神は姿を見せなくなっていた。〈インシの民〉を知るコケアリなら、何か知っているかもしれないと考えたのだ。


 少女について考えていると、我々の下方に広がる暗闇から地響きを思わせるうなり声のような音が聞こえてきた。柵から身を乗り出して暗闇を覗き込むと、恐ろしく巨大な生物が通過するのが見えた。その体長は数十メートル、いや、数百メートルはあるだろうか。くらかった所為せいでハッキリと分からなかったが、とにかくヘビのような胴体を持つ巨大な生物だった。


 スケールの基準になるモノがないので、なんとも言えないが、あれだけ巨大な生物が地中深くに存在している事実は、恐怖以外の何ものでもない。先程の生物についてもコケアリたちに確認しておいたほうがいいのかもしれない。我々は廃墟の地下に潜むモノについてあまりにも無知だった。


 エレベーターが止まった先には、地下で暮らす人々の居住地がある。ここから案内してくれるのは、〈第七区画・資源回収場〉の責任者でもある〈マキシタ〉だ。その居住地も地上の基地と同様、今ではコンクリート障壁で囲まれていて、地下に生息する危険な変異体から住人を守ってくれていた。いくつかの監視所には機械人形が配備され、ワスダの部隊の指揮によって安全性が確保されている。


 居住地には〈転移門〉として機能する装置が設置されていたので、〈空間転移〉の能力を使うことで簡単に行き来することができるようになっていた。現在では多くの拠点で問題を抱えていて解決する必要があったので、最近は空間転移で移動するようになっていたが、自分以外の人間が使えなかったので色々と不便だった。


 しかしコケアリたちと共同で建設を進める予定になっていた地下鉄道が完成すれば、それらの問題も解消されていくだろう。

 坑道に向かうときには、〈働きアリ〉たちと一緒に作業している機械人形を多く見るようになっていた。住人たちの生活環境も向上しているので、いずれ大規模な開発拠点になることを視野に入れて施設の建設を進める必要があると感じていた。


 コケアリの坑道に到着すると、〈兵隊アリ〉の部隊が〈闇を見つめる者〉が待つ砦まで案内してくれることになった。その道中、我々は〈女王の魔術師〉である〈探し続ける者〉に会うことになった。彼女は坑道に存在する〈古の遺物〉に異変が起きていることを知り、その調査を行っていたのだ。


 砂に埋もれた〈立方体〉に変化が起きたようには感じられなかったが、魔術師である彼女には、我々に見ることのできない世界が見えているのだろう。

 その立方体は〈混沌の領域〉につながる空間のゆがみとしての性質も備わっているので、彼女は坑道に化け物が出現する可能性について危惧していた。すべてを呑み込む勢いで坑道に溢れた化け物は、いずれ廃墟の街に向かう。それを阻止する必要があるのだという。


 砂漠地帯でシステムの復旧作業が進められている軍艦の能力を使えば、混沌の勢力に対抗できる戦闘部隊を用意できるかもしれない。しかし重要なのは〈混沌の領域〉とつながる〈神の門〉を出現させないことだった。だから彼女は女王に派遣されて調査していたのだ。


 〈探し続ける者〉の仕事を邪魔したくなかったが、少女のことを紹介して診断してもらうことにした。彼女の魔術師としての能力が役に立つと考えたのだ。けれど心配するような症状ではないことが発覚した。〈集合精神〉から切り離されたことで、少女の精神は混乱していたが、人間の赤子のように自意識を確立している段階であり、自然に自我が芽生えていくとのことだった。


 思わぬ形で目的が達成できたが、我々にはまだ課題が残されていた。インシの民とコケアリの女王の会談について話し合う必要があった。

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