第561話 調査


 ひとり広大な空間にたたずんでいると、嫌な胸騒ぎがして落ち着かなくなる。まるで深い森に降る雪のように、静寂があらゆるモノの上に堆積し時間すらも覆い隠そうとしているように感じられるからなのかもしれない。


 ふと足元に視線を落とすと、綺麗に磨かれた四角い金属パネルがデッキに埋め込まれているのが見えた。そこには見知らぬ生物のレリーフがられていて、その生物に関する情報らしきモノも一緒に刻まれているようだった。しかし未知の言語だったので、猿にも似た人魚のような生物の正体は分からなかった。


 全身を保護していたハガネの状態を確認していると、マーシーが拡張現実で目の前に出現する。彼女は自分自身の姿が完全に再現できているのかを確かめるように、その場でクルっと回転したあと私に視線を向けた。

『キャプテン、準備はできた?』

「ああ、いつでも動けるよ」

『なら操作できそうな端末を探すから、適当に格納庫を歩いてみて』

「適当か……」視線を動かすと、ワスプに似た機体がずらりと並んでいるのが見えた。行き先も分からずに、闇雲に歩き回るには格納庫は広すぎるように思えた。「格納庫の地図はダウンロードできないのか?」

『もう話したと思うけど、今の段階で私たちが操作できるのはワスプだけだよ』

 彼女の目線を追うようにして振り返ると、ずんぐりとした大型機体が目に入る。ワスプの機関はすでに停止していて、機体後部の気密ハッチは閉じていたので仲間たちの姿を確認することはできなかった。


「カグヤ、周辺一帯の索敵を頼む」

『もうやってるよ』と、偵察ドローンがカメラアイを発光させながら飛行する。『汚染物質や変異ウィルスのたぐいは確認できないけど、危険だから近くにいてね』

「了解」

 ドローンのあとを追うように歩きながら、カグヤもマーシーと同じことを考えているのか質問してみた。

『クルーがなんらかの病原体の所為せいで、人擬きみたいな化け物に変異しているかもしれないってやつ?』

「そうだ」

『どうだろう』と、カグヤは戦闘機らしき機体をスキャンしながら言う。『この軍艦で何かが起きている。それは人気ひとけのない格納庫を見れば一目瞭然だけど、さすがに乗組員が化け物に変異しているって考えるのは難しいかも』

「それなら、カグヤは乗組員に何が起きたと考えているんだ」


『そうだな……』彼女はあれこれと考えながら言う。『作戦遂行中に不測の事態に巻き込まれた。それがなにかは分からないけど、敵対する種族から攻撃を受けて全滅した可能性も考えられる』

『興味深い推理だけど』と、マーシーが立ち止まりながら言う。『軍艦が出現したときの映像を見た限り、船体に戦闘の痕跡は確認できなかった。つまり、クルーだけが蒸発して消えてしまうような、そんな器用な攻撃を受けたってことになるよね』

『人間の身体からだを分子レベルまで分解して、肉片や一滴の体液すら残さずに消滅させる兵器だって存在するんだよ。なにが起きていても不思議じゃない』

 マーシーは肩をすくめると、格納デッキに並べられている戦闘機を眺めながら歩いた。


 それらの戦闘機は大気圏内外での作戦行動を想定して開発されているのか、一見すれば翼のないロケットのような外見をしていたが、主翼や垂直尾翼は折りたたみ構造になっていて、いつでも機体に収納、展開できる形状になっているようだった。


 機体には白を基調とした塗装が施されていたが、機首と収納されていた翼の一部は鮮やかな深紅色に染められていた。しかし見る角度によって装甲の色合いが微妙に変化していたので、環境追従型迷彩のような、自由に機体の色を変化させられる技術が採用されていると推測することができた。


 それと同様に、装甲表面の凹凸おうとつによって大気圏内で発生すると思われる衝撃波も制御され、隠密性を高める超技術が使用されているのかもしれない。そしてその考えが正しければ、装甲表面に見られる日本語と英語による過剰なまでの注意書きや、不必要にも思える無数のメンテナンスパネルが存在することにも、ある程度の理解を示すことができた。


『ねぇ、レイ』と、カグヤの声が聞こえる。『気がついた?』

「何に?」

『この戦闘機、廃墟の街で見かけた機体にそっくりだよ』

 彼女の言葉をうたがっているつもりはなかったが、顔をしかめて思わず首をかしげた。

「まったく似ていないと思うけど」

『似てるよ。廃墟で見た機体はひどく損傷していたし、雑草に埋もれた状態だったけど、いくつかの特徴が完全に一致していることが確認できたんだ』

「でも宇宙軍の機体がどうして単機で廃墟の街に?」

『さあ、それは分からないよ』

 たしかに似ているのかもしれないが、少ない情報で同型機だと断定することはできなかった。


 相変わらず生命の気配が感じられない格納庫は、しんと静まり返っていて、自分自身の足音しか聞こえなかった。

「なぁ、マーシー。格納庫の戦闘機もワスプみたいに動かすことができるのか?」

『戦闘機は機密情報の塊でもあるから、キャプテンの権限でも動かせないと思うよ』

「ワスプはどうして大丈夫なんだ?」

『軍の装備をいくつか搭載しているけど、あれは民間でも運用していた機体だからね。キャプテンの権限があれば、システムを掌握することは難しくない』

「あれが使用できないのは残念だ」と、戦闘機を見ながら素直な気持ちを口にする。

『それより、目的のモノが見つかったみたい』


 マーシーが指差した方向に視線を向けると、リング状の巨大なレールが格納庫の天井に沿って設置されているのが見えた。機体保持用のクレーンが無数に吊り下げられていて、用途不明のケーブルとダクトが、レールの限られた空間を有効活用するため壁や天井に整然と固定されているのが見えた。そのすぐ真下に複数の監視用モニターとコンソールパネルが置かれた部屋があるのが確認できた。


 センサーが動きに反応したのか、制御室に入ると格納庫内の様子が次々とモニターに表示されていく。けれどそこでも人間の姿は確認できなかった。

『接触接続が必要になるから、適当な装置に触れてくれる』

 マーシーの指示に従って制御卓に触れる。するとハガネが生成していた金属繊維を通して、微弱な電流が手のひらに流れてくるのが感じられた。


『ありがとう』と、彼女は眼鏡の位置を直しながら言う。『あとはカグヤに手伝ってもらうから、キャプテンはそこで大人しく待ってて』

 制御室内の装置をスキャンしていた偵察ドローンは、機体の一部を変形させてフラットケーブルを伸ばす。コネクターの規格は制御室内の端末と一致しているので、制御卓の差込口に問題なく接続することができていた。


 カグヤとマーシーが軍艦のシステムに侵入を試みている間、ワスプで待機しているアレナや砂漠にいるペパーミントと現在の状況について話し合った。どうやらインシの民にも動きはなく、まだ遺跡から出てきていないようだった。何かしらの儀式を行っているのかもしれないが、我々に知る由もない。


 システムに侵入するのに手間取っているのか、まだ時間がかかりそうだったので、カラスの眼を使って〈夜の狩人〉と呼ばれる獣のことを探してみることにした。けれど広大な砂漠地帯で、人間の姿に変身した獣を見つけ出すのは不可能だと気がついて止めた。


『接続できたよ、キャプテン』

 マーシーの声が聞こえると、格納庫内の様子を映していたモニターの映像が切り替わって、艦内のあちこちの区画が見られるようになった。私は居住用区画に続くと思われる通路を見ながら、汚染物質について彼女にたずねた。

『未知のウィルスや人類の脅威になるような病原体は確認できなかったよ。ちょっと拍子抜けしたけど、これでよかったのかも』

「そうか……それで、クルーは見つかったのか?」

『まだ艦内をスキャン中だけど、乗組員の反応は捉えてない』

「反応がない?」やはり全滅してしまっているのだろうか。


 モニターの映像に注意を向けると、乗組員のために用意された個室が通路の両側に並んでいるのが見えた。マーシーに頼んで室内の映像を確認してみたが、人間の姿はどこにもなかった。清潔なシーツが敷かれたベッドに、端末が備え付けられたデスクと収納棚、そしてホログラムで再現された植物がかすかに揺れる植木鉢。


 生活の痕跡が見られない部屋がある一方で、寝具が乱れていて、軍服が無雑作に脱ぎ捨てられたままの部屋も確認できた。それぞれの部屋に共通していたのは、状態が極めて良好なことで、つい数時間前まで誰かがそこで生活していたような、そんな不思議な印象をもってしまうほどだった。


 静寂が支配する居住区とは対照的に、格納庫に近い場所にある航空隊控室と、ブリーフィングルームの状態は最悪だった。兵士たちの血液だと思われる白い体液が、すでに乾いた状態で壁や床に付着していて、奇妙なことに白骨化した状態の遺体も複数確認することができた。兵士たちが身につけていた衣服は、特殊な金属繊維が使用されていた部分を残して、完全に崩れていて塵になって床に堆積していた。


 映像を切り替えながら艦内の様子を確認していくと、兵士たちの遺体があちこちに放置された状態で残されていることが分かった。いくつかの区画では、機械人形たちによって装置や壁の修理が行われた痕跡が見ることができた。それと同様に艦内で戦闘が行われた形跡も確認できた。

 兵器庫に続く通路では、さらに多くの遺体を見ることになった。いずれも白骨化していて、塵やほこりと見分けがつかないほど崩れた遺体も存在していた。


「敵対する種族に侵入されたのかもしれないな……」

『だとしたら』と、マーシーが言う。『まだ艦内に敵の生き残りがいるのかもしれない』

「それはないんじゃないか」

『どうして?』

「兵士たちの遺体を見れば分かるよ。襲撃が行われてから数年の時間が流れているはずだ。それだけの時間があれば、敵も撤退するだろう」

『……たしかに生身の人間が白骨化するまでには、それなりの時間が必要だけど、骨だけを残すような凶悪な兵器が使われたのかも』


 そんな恐ろしい兵器を持った生物が、まだ艦内に潜んでいるかもしれない。それを想像するだけで嫌な汗をかいてしまう。

「その連中は見つけられそうか?」

『さっきから探してるけど、キャプテンの権限を使ってもカメラからの映像を受信できない区画もあるから、自分たちで探しにいくしかないかも』

「空気は汚染されていないんだよな?」

『うん。何度も調べたけど、生物災害の発生は確認できなかった』

「それなら、アレナたちと合流して艦内の調査を進めよう」

『敵が潜んでたら大変なことになるよ』

「そのための準備はしてきた」


 戦術ネットワークを介して情報は共有されていたので、ワスプに戻るころにはアレナたちも万全の状態で調査に臨むことができた。

 ハクとウェイグァンが加わったアレナの戦闘部隊は、兵士たちの遺体が多く残る兵器庫の調査を行うことになった。カメラの映像を受信できない区画の調査を行うのは、闇を見つめる者の部隊で、彼女たちにはカグヤの偵察ドローンが同行して支援することになった。


『それで、レイはどこに行くの?』

 マーシーから受信した地図を確認しながら、私はカグヤの質問に答える。

「艦内のあちこちに設けられた制御室の情報をまとめて手に入れるために、まずは中央コントロールルームに行こうと思っている」

『艦長室も近くにあるみたいだね。でも敵対的な生物がいるかもしれないのに、レイはひとりで行くの?』

「ひとりでも逃げることくらいはできるさ」

 それよりもハクと一緒にいるジュジュのことが心配だった。危険な生物と戦闘になってしまったら、真っ先に逃げられるように掩護する必要があるだろう。


 アレナたちと別れると、拡張現実で浮かび上がる矢印に従って格納庫を歩いて、長い通路に続く隔壁の前に立つ。空間拡張によって艦内は想像していたよりもずっと広くなっていて、少しでも気を抜くと迷子になってしまいそうだった。

 マーシーの操作によって隔壁が開くと、薄暗い通路が見えた。隔壁を通って通路に侵入すると、照明装置が起動してホログラムで投影されたガイドラインがあらわれる。

『ねぇ、キャプテン』


 マーシーが驚いたような表情を見せると、私は胸の中央に提げていたライフルに手を添えた。

「さっそく連中を見つけたのか?」

『ううん、彼らが私たちのことを見つけたみたい。でもキャプテンが想像しているような敵じゃない』

「生存者がいたのか?」

『うん。相手は〈顔のない子供たち〉って呼ばれてる人造人間だけどね』

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