第513話 居住地


 高層建築物の上層区画で探索を行ってから数日、作業用ドロイドたちによって上下水道と浄水装置の整備が進められている居住地に、リンダの一族を案内することにした。彼女が話していたように、我々と合流することができたのは、幼い子供を中心とした百人にも満たない集団だった。銃火器で武装した戦士は少なく、一族は長旅でひどく消耗しているようだった。


 やはり旧文明期の装備で武装していない人間にとって、混沌の化け物は恐ろしい存在なのだろう。リンダの一族が『姿なきものたち』の襲撃を受けたのは、我々が鳥籠との紛争で多数の化け物を排除する以前のことなので、未だ生き残りがいるのかは分からなかったが、ジャンクタウンをはじめ、シンが管理する『姉妹たちのゆりかご』に対して、再度、化け物の警告をしたほうがいいのかもしれない。


 甲殻類を思わせる濃紅色の防具で身を固めた幼い子供たちは、建設人形のスケーリーフットによって建てられた防壁を見上げて驚いていた。同行していたリンカに子供たちの世話を任せると、私は一族の長に挨拶しに向かった。ちなみにリンカは森の民で、孤児になってしまったシオンとシュナの保護者として、我々と共に廃墟の街で生活していた女性だ。彼女は拠点で暮らす子供たちの面倒もみてくれていたので、安心して子供たちを任せることができた。


 一族の長は、以前にも会っていた老婦だった。背中が曲がった彼女に寄り添うように、濃紅色の防具を装備した女性が立っていたが、彼女だけはガスマスクで顔を隠していなかった。その女性には見覚えがあった。我々を襲撃した賞金稼ぎの生き残りで、捕虜として捕まえていた女性だ。一族との間に信頼関係が築けたのか、今は老婦を警護する立場の人間になっているみたいだった。あるいは、部外者に要人の警護を任せるほどに、現在の一族に選択肢がないからなのかもしれない。いずれにしろ、今は関係のないことだった。


 族長に大人たちを集めてもらうと、私はリンダと一緒に一族のこれからについて説明することにした。リンダが一族のもとを離れて私に支援を求めに来た時点で、何かしらの見返りを要求されると覚悟していたので、我々が見返りを求めないことを知ると族長はひどく困惑した。

 私はリンダに話していたことを、今度は一族全員に話して聞かせた。そして疑問があれば真摯に答えて、一族の不安が払拭されるように努めた。我々の関係性はここから始まるのだ。彼らの疑問に向き合うことから始めなければいけないと考えた。


 一族の中には、働くことや戦うことができない子供たちのことを不安に思う人間もいた。けれど戦う以外にも協力することはできる。もちろん、子供たちを働かせるわけにはいかなかったが、大人たちには、組織の物資を管理しているジュリや山田の手助けが出来る人材がいる。それに拠点の設備や作業用ドロイドの整備ができる人間もいるはずだ。必ずしも武器を手に取って戦う必要がないことを丁寧に説明する。それぞれの人間が、自分たちにできることから協力してくれたらいいのだと。


 一通りの説明が終わると、族長はガスマスクをゆっくり外して素顔を見せてくれた。すると周囲の大人たちも、老婦に倣ってガスマスクを外していく。私は一族が発する魅了に抗うため、すぐにハガネを操作して、彼女たちを直視しないように目元を隠した。老婦を護衛していた女性にちらりと視線を向けると、彼女もレンズの厚い遮光メガネのようなもので目元を覆うのが見えた。しかしこれだけの人数を目の前にすると、直視していなくても、一族が発する得体の知れない気配に、まるで酔っているかのように頭がクラクラした。


 族長は感謝の気持ちに、そして我々が家族のような深い絆でつながるために、リンダと私の婚姻を望んだ。族長の話には驚かされたが、いくつかの氏族に分かれている一族が、血筋を絶やさないために合流して関係を深めていたことは知っていたので、一族の伝統なのだと納得することにした。

 しかし急に婚姻と言われても困るので、適当に言葉を並べて煙に巻くことにした。そのことで後々、別の問題が浮上することになるのだが、今はとにかく一族とのつながりをどうにかしようと躍起になっていて、いつものように重要な物事を見落としていた。族長は婚姻を頼んだわけでも、親心から婚姻を勧めたわけでもなく、血筋のつながりを得るための絶対的な条件として婚姻を求めていたのだ。


 それから私は一族が生活していくことになる居住地について説明することにした。快適に暮らせるように、旧文明期の建物が修繕されていることや、保育園の地下にある旧文明期の施設から安全な水が供給されていることなども話した。地上に浄水装置が設置されるので、生活用水に困ることがないことも説明した。自由に水が使えると分かると、一族はぞっとするほど美しい笑顔で喜んでくれた。けれど居住地の整備が終わるまで、保育園を囲む防壁のなかでヤトの一族と生活してもらう必要があった。


 幸いなことに、異界出身のヤトの戦士たちに一族の魅了は効果を発揮しなかったので、移住先の整備が終わるまで大きな問題もなく生活できると考えていた。しかし我々の組織には、かつてイーサンの傭兵団に所属していた人間も多くいるので、地上にいる間は、特殊なタクティカルグラスを使ってもらうことにした。彼らは信頼できる仲間だったが、人間である以上、一族の魅了には抗えない。女性や子供たちが危険に晒されることが起きないように、対策を講じる必要があったのだ。


 一族に関する問題がある程度、落ち着いてくると、私はワスダと合流して、砂漠地帯の近くにあると言われていたジャンク品の廃棄場に向かうことにした。同行してくれるのは、ミスズとナミが率いるアルファ小隊とラプトルを操るイレブンだった。戦闘が好きなトゥエルブも探索隊に参加したかったみたいだが、ペパーミントの護衛を優先して拠点に残ることになった。トゥエルブはペパーミントに妙に懐いていたが、その理由が多脚型戦車サスカッチを整備してもらったからなのは誰の目にも明らかだった。しかしそれは悪いことではないので、これからもペパーミントの護衛はトゥエルブに任せようと考えていた。


 ミスズが操縦する輸送機に乗り込むと、我々は目的の場所に出発することにした。兵員輸送型コンテナのシートに座ると、私はホログラムで投影される立体的な地図を見ながら言った。

「それで、俺たちが管理することのできる区画はどれくらいなんだ?」

『入手した要人の管理権限を以てしても、全体の半分にも及ばないよ』

 カグヤの言葉のあと、我々が管理できるようになると思われる地域が赤色の線で区分けされていくのが見えた。

「想定していたよりも、ずっと狭い範囲だな」

『うん。保育園の周囲はなんとか管理できるみたいだけど、たとえばジャンクタウンや、これから向かう砂漠地帯の周囲は完全に管轄外になってる』

「なんとかできないのか?」

『権限の問題だからね、こればかりはどうにもならないよ』

「役所に戻って、別の端末を探すしかないか……」

『そうだね。もっと重要な役職に就いてた人間の端末を手に入れる必要がある』


「それは残念だ」と、私は溜息をつきながら言う。「管理できるようになったのは、監視カメラの映像と警備用ドロイドだけなのか?」

 保育園の付近一帯が拡大表示されると、複数の箇所が赤く点滅するのが見えた。

『監視カメラの映像に加えて、道路下に収納されている可動式のバリケードを展開できるようになる。もちろん、街のあちこちに配備されている警備用ドロイドも任意のタイミングで起動できるようになった』

「でも、問題があるんだろ?」

『うん。ドロイドが格納されている場所のほとんどは地中にあるんだけど、いくつかの場所は倒壊した建物に完全に埋まっていて、地震によって生じた地割れで壊滅した場所もある。だから全ての機械人形が使える訳じゃないんだ』


 私は腕を組むと地図をじっと睨んで、それからカグヤに訊ねた。

「全部で何体の機械人形が使えるようになったんだ?」

『サナエに手伝ってもらいながら管理システムを掌握している段階だから、正確な数は分からないけど、少なくとも三百体は私たちの支配下にある』

「各拠点の警備を任せるには充分な数だな」

『うん。戦闘用のアサルトロイドもニ十体ほど確認できたから、戦力は大幅に強化できたと思う』

「そうだな……これで、ヤトの戦士たちを自由に移動させることができる」

『大樹の森にある遺跡を探索する部隊も編制できるし、採掘基地の警備をしていたラプトルを境界の守り人たちの砦に派遣することもできる』

「今回の探索が終わったら、本格的に部隊の運用についてレオウ・ベェリとイーサンに相談したほうがいいな」

『ワスダの部隊はどうするの?』


 視線を動かすと、ソフィーと話をしているワスダの姿が見えた。

「これから考えるよ」と私は言う。「それより、アシェラーの民について気になることがあるんだ」

『アシェラーの民って、たしか族長が教えてくれたリンダの一族の名前でしょ?』

「そうだけど、以前にも同じ名前を見たことがあるんだ」

『そうだったっけ?』

「土偶と一緒に手に入れた粘土板で見たような気がする」

『冗談でしょ? あの粘土板の解析は終わってないし、何が書かれているのか、まだ半分も判明してないんだよ。それにね、そんな偶然があるわけない』

「なら俺の記憶違いか……」


『記憶違いと言えば』と、カグヤが言う。『レイが教えてくれた白日夢について、重要な手掛かりを掴んだよ』

「役所で見た少女の幻影のことか?」

『その女の子が『ウル』って人について話をしていたんでしょ?』

「ああ。軍の重要人物だとかなんとか」

『子供たちを保護した『エボシ』の地下施設で入手していたデータのこと覚えてる?』

「忘れてないよ」

『サナエと一緒に解析を進めていたんだけど、ウルって人物が過去に、地下施設に出入りしていたことが分かったんだ』

 カグヤの言葉のあと、施設の監視カメラに捉えられたウルの画像が映し出された。


「これは……」と、私は困惑する。

『そう。ウルは、レイが施設で見たって話していたフクロウ男の名前だったんだよ』

 研究員と思われる人間と談笑するフクロウ男は、真っ白な軍服を身につけていて、背が高く威厳に満ちていた。

「……宇宙軍には人間以外の種族も参加していたのか?」

『そういうことになるね。このデータを見て』

 ウルの画像と並ぶように、黒く塗り潰された文章が表示される。フクロウ男が施設に入る際に、データベースから受信していた情報なのだろう。

「これはフクロウ男の経歴だな。でも黒く塗り潰されていて何も分からない。本当にフクロウ男がウルなのか?」

『間違いないよ。研究員にウルって呼ばれていたからね』

「音声データが残っていたのか……彼らの会話から他にも重要なことは聞けたか?」

『ううん。データベースに残っていたのは、この数秒間の短い映像だけだった。あとは痕跡が残らないように綺麗に削除されていた』

「また迷宮入りか」

『うん。でも一歩前進した。少なくともレイが見た白日夢は、夢のように曖昧なものじゃなくて、レイが失った記憶に関係があることだったんだよ』

「それが本当なら、俺は旧文明期の人間が生きていた頃から、存在する人間ってことになるな」


『それってそんなに不自然なことなのかな?』とカグヤは言う。

「不自然だよ。何世紀も生きるなんて、そんなの普通の人間じゃない」

『でもレイは不死の子供なんだよ』

「……新たな肉体に意識を転送して、生き続けられる種族か」

『そう。だからレイが大昔の記憶を持っていても不思議じゃないんだ』

 カグヤの言葉についてあれこれと考えながら、フクロウ男の画像を見ていると、コンテナ内のスピーカーを通してミスズの声が聞こえた。

『レイダーと交戦しているハクを見つけました。今から機体の高度を下げるので、攻撃に備えてください』

 後部ハッチが開放されると、イレブンは眼下に見える略奪者たちに対して容赦のない射撃を始めた。


 白蜘蛛が輸送機に飛び乗ると、ミスズは略奪者たちに機首を向けて、バルカン砲で一掃して機体の高度を上げた。

 後部ハッチが閉じると、私は敵の返り血で体毛を汚したハクの側に向かう。

「俺たちと一緒に行動していないときには、人間と戦わないって約束したはずだけど」

『ハク、こうげきされたんだよ』と、白蜘蛛は可愛らしい声で反論する。『だから、はんげきした』

「本当?」

 ハクはパッチリした大きな眼で私を見つめて、それから言った。

『こうげきされた。ちがう。ハク、レイダーからかった』

「奴らが旧文明の兵器を持っていたらハクでも危ないから、廃墟の街で遊んでいるときは人間に関わらないって、そう約束したはずだ」

『ごめんなさい』と、ハクは頭胸部を低くしてしょんぼりする。

 私は溜息をつくと、イレブンから濡れたタオルを受け取り、ハクの体毛を拭きながら言った。

「それなら、もう一度、ここで約束しよう」

『うん。やくそくする』ハクはすぐに機嫌を直すと、腹部をカサカサと振った。

 心配は尽きないが、ハクならきっと分かってくれるだろう。

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