第492話 苦戦


 教団の司祭が姿を消すと、私は『姿なきものたち』と交戦していたミスズとハクのもとに急いで向かうことにした。あちこちから戦闘による轟音が間断なく聞こえてきていたが、ハクが放つ閃光が立てる空気をつんざくような甲高い音が、一際大きく周囲に鳴り響いていた。

『ハクも苦戦しているみたいだね』とカグヤの声が内耳に聞こえた。

「相手は混沌の化け物だからな」私は建物に向かって義手からワイヤロープを射出しながら言う。「それに、ハクが使う閃光は強力だけど目立ちすぎる。攻撃されるとわかっていれば、避けるのはそれほど難しいことじゃないのかもしれない」

『あれは空も飛べるしね』

「そうだな……」

 周辺一帯の廃墟は、五階から六階建ての集合住宅が多く、空を自由に移動できる化け物にとって障害物がほとんどないフィールドは有利に働いているのかもしれない。


「入場ゲートに向かった信徒は?」と、私は網膜に投射されているインターフェースで情報を確認しながらカグヤに訊ねた。

『あれが聞こえる?』

 ちょうどそのときだった。入場ゲートの方角から電磁砲のものと思われる特徴的な射撃音の残響が聞こえてきた。

「ウミのウェンディゴが始末してくれたのか」

『うん。さすがの信徒も電磁砲からの攻撃に耐えることはできないみたい。自己修復すらできないほどに破壊されて、それでお終いだよ』

 私はヌゥモの部隊から受信する映像を確認して、それから言った。

「まだ二体残っているみたいだけど、問題ないと思うか?」

『うん。それよりも姿なきものたちに警戒したほうがいい。鳥籠の施設に対する空爆が始まれば、その音に反応して化け物が鳥籠に向かうかもしれない』

「そうなったら、俺たちが攻撃対象にしていない非戦闘員にも被害が出るな……」

『だから急いで始末したほうがいい』


 上空で偵察していたカラスからの映像を確認すると、処刑隊と警備隊からなる残存部隊と交戦しているヴィードル部隊の様子が確認できた。

 処刑隊からの執拗な攻撃を受けて、黒煙に包まれたナミのヴィードルは、敵が潜んでいる危険な道に侵入して、ハクと交戦していた姿なきものたちの死角に出ようとしていた。しかしそこには大量の瓦礫と廃車が放置されていて、間が悪いことに無数の人擬きが入り込んでいた。


 空を飛び回っていた化け物の注意を引かないように、ナミは機関銃を使わずに襲い掛かる人擬きに対処しようとしたが、火器の利用が制限されたヴィードルで多数の人擬きを相手するのは無理があった。

 我慢ができずに重機関銃を使用すると、その発射音が周囲の建物に反響して化け物の注意を引いた。廃墟の上空を旋回していた化け物は、ナミのヴィードルに向かって容赦なく衝撃波を放った。しかしヤトの戦士が皆そうであるように、ナミもカンが鋭かった。彼女は目に見えない衝撃波を紙一重のところで避け、なんとか致命傷を負わずに済んだ。しかし彼女が搭乗していたヴィードルは破壊され、車両の一部は人擬きと一緒に強烈な衝撃波によって圧し潰されてしまった。


 そして最悪な事態は重なる。何処からともなく現れた処刑隊が放った二発のロケット弾は、油圧系統に異常が発生して身動きが取れなくなり、シールドも機能しなくなっていたヴィードルに向かって真直ぐ飛んでいった。

 一発目はコクピットの真上で爆発して、無数の金属片で防弾キャノピーを損傷させた。そして二発目のロケット弾は車体下部に命中し、炎と煙が一気に立ち昇ることになった。ナミは絶望的な状況で消火活動を行おうとしたが、積み込んでいた数百の弾薬に引火して、車両が爆発する恐れがあることを検知したシステムによって警告されると、車両からの脱出を急いだ。しかしロケット弾による損傷でキャノピーは半分も開かなかった。


 ナミはコクピットから半分身を乗り出すことに成功していたが、タクティカルハーネスが引っかかり、炎が急速に広がり始めたヴィードルから脱出することが困難になっていた。ナミの異変に気が付いたミスズは、すぐに部隊に指示を出すと、周辺の処刑隊や人擬きの殲滅をまかせ、自身はヴィードルから降りてナミの側に駆け寄った。そしてミスズは黒煙に包まれながらも、ナミのベストをつかんで、彼女を一気に引っ張り出して救い出すことに成功した。


 しかしまだ気を抜くことはできなかった。上空ではハクと凶悪な化け物との戦闘は続いていて、その激しい戦闘は周囲の建物に被害を与えていた。ミスズはナミに肩を貸しながらヴィードルまで戻ると、部隊に掩護させながら、上方から降ってくる瓦礫を避けながら後退し、過去の略奪で品物のほとんどが持ち去られた複合商業施設に侵入した。そして天井が吹き抜けになっていた広場に向かうと、部隊を要所に配置して急場の防衛態勢を取った。


 ミスズたちを追ってきていた人擬きは、そこで彼女たちを休ませるようなことはしなかった。百を優に超える人擬きの群れは、警備隊や処刑隊に襲い掛かりながら広場に押し寄せた。部隊はすぐさまヴィードルの重機関銃で応戦して、人擬きの身体をズタズタに破壊し、そして施設の通路に動く肉塊の山を築いていくことになった。しかしそれでも人擬きの進行は止まらなかった。


 私は色褪せた看板と、ホログラム広告が点滅している複合施設の外壁に取り付くと、ワイヤーを射出しながら屋上に向かい、広場が見渡せる場所まで移動した。

「ミスズ、これから援護する。反重力弾を使うから、指定した領域には侵入しないようにしてくれ」

『わかりました』と、ミスズの声が内耳に聞こえた。『部隊と情報を共有します』


 反重力弾の効果範囲が視覚化された地図情報をミスズに送信すると、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。広場にやってくる人擬きの数は増えていて、今では数百体の化け物が波のように押し寄せてきていた。

 私はその場に片膝をついて、両手でハンドガンを構えると、集団の中心に向かって反重力弾を撃ち込んでいく。甲高い金属音が鳴り響くたびに、不死の化け物である人擬きの群れが紫色の光弾に向かって凄まじい勢いで引き込まれ、そして圧し潰されていった。


 人擬きが奇妙な呻き声や奇声を上げながら圧殺され、紺色の球体に変質していくのを見ながら、私は敵の増援に備えた。

『レイラ様』と、前線で戦っているウミの声が内耳に聞こえた。『鳥籠に対するピンポイント爆撃が開始されます。衝撃に備えてください』

 視界の隅に表示されていたタイマーを確認したあと、私はウミに訊ねた。

「施設の防衛システムはどうなっている?」

『システムの起動は確認されていません』と、ウミは凛とした声で続けた。『警備隊の通信システムを使用し、居住区の至る所に設置されているスピーカーを通して、三十分ほど前から住民に対して避難勧告……いえ、避難指示を出しています』

「彼らが避難する場所は――」

『イーサンの報告書にも記載されていましたが、製薬工場の地下に専用の施設が用意されているはずです。住民はそこに避難しています』

「避難が済んだのか確認できたのか?」


『いえ』と、ウミは答えた。『戦闘を行いながら、上空の無人機に指示を出しているので、全ての住民の動体反応を追うことは私にも不可能です』

「そうだったな……すまない。空爆は了解した。予定通り、作戦を実行してくれ」

『承知しました』

 ウミとの通信が切れると、私は広場に向かって飛び下りた。着地の際に怪我をしないように、ワイヤロープを使う必要があったが、とくに大きな問題はなかった。

「カグヤ、化け物と戦っているハクにも空爆のことを知らせてくれ」

『全部隊に知らせて、衝撃に備えさせてあるから安心して』


 空爆の予定時刻になると、吹き抜けの天井からミサイルの軌跡がハッキリと見えた。そのミサイルが施設の壁に隠れて見えなくなると、地面がぐらぐらと揺れ、黒煙と共に爆炎が空高く広がるのが見えた。と、一瞬の間があって、すぐに熱風を伴った衝撃波がやってきた。轟音が立て続けに聞こえて施設は揺れたが、鳥籠までそれなりの距離があるからなのか、施設に大きな被害はでなかった。

「想定していたよりもずっと大きな爆発ですね」と、ヴィードルから顔を出したミスズが困ったように言う。

「そうだな……」私も爆発の規模に驚きながら言う。「鳥籠の被害が気になる」


 一時的に退避させていたカラスを呼び戻すと、上空から鳥籠の様子を確認してもらうことにした。目標物に指定していた警備隊の施設が破壊されたことを確認すると、ヴィードル部隊の状況についてミスズに訊ねた。姿なきものたちとの戦闘で、二台のヴィードルを失い負傷者も出ていたが、幸いなことに死者は出ていなかった。

「前線でも多くの負傷者が出ています」と、ミスズが私を見つめながら言う。「私は部隊を連れて負傷者の救援に向かいます」

「そうだな」と、私は地図を確認しながら頷いた。「彼らが前哨基地まで撤退できるように支援してくれ」

「レイはどうするんだ?」と、煤で頬を汚したナミが私に訊ねる。

「すぐにハクの支援に向かうよ」

「気をつけてくれよ。あの化け物はひどく危ないやつだ」

「わかってる」私は撫子色の綺麗な瞳を見ながら頷いた。


 ワイヤーを射出して施設の屋上に一気に向かうと、戦闘の痕跡を視線で追いながらハクの反応を探す。

『見つけた』

 カグヤの言葉のあと、姿なきものたちと戦闘しているハクの姿が拡大表示される。ハクは建築物の壁面を次々と跳躍しながら、二体の化け物が繰り出す衝撃波を避けていた。

「すぐに助けに行かないとマズいな……」

 鳥籠から立ち昇る無数の黒煙を横目に見ながら、私は現場に急いで向かう。その道中、警備隊や人擬きに遭遇して何度か戦闘になったか、ショルダーキャノンから自動追尾弾を発射して、立ち止まることなく対処した。二百発ほどの銃弾を消費したが、ハガネが足元の瓦礫から特殊な鋼材だけを取り込んでくれていたので、弾薬が底を突く心配はしないでよさそうだった。


 ハクと交戦していた姿なきものたちは体高が三メートルほどある大型生物で、イモムシの胴体にコウモリの翼、そしてムカデのように無数の脚を生やしていた。その姿は陽動作戦を行っていた際に出現した化け物とそっくりだったが、丸みを帯びたぶよぶよとした胴体は、これまで殺してきたであろう生物の死骸で大きく膨れていて、ぬめりをもった体液で覆われていた。


 私は建物から大きく突き出していた悪魔にも似た石像のうえに立つと、背中に回していたライフルをしっかりと構えて、ハクに襲いかかろうとしていた化け物の胴体にフルオートで銃弾を撃ち込んだ。けれど距離の所為なのか、遺物『トロォヴァーリ』によって強化されたライフルでも化け物にダメージを与えることはできなかった。

『飛び回る相手に反重力弾を命中させるのは難しい』と、カグヤは言う。『接近して貫通弾を撃ち込むしかないのかも』

 カグヤの言葉に返事をしようとしたときだった。一体の化け物は空中でピタリと静止すると、瞳や鼻といった器官が存在しない頭部を私に向けた。嫌な予感がして石像から飛び下りた次の瞬間、化け物の頭部のすぐ目の前でまぶしい光が瞬いて、背中越しに凄まじい轟音が聞こえた。私を敵と認識して、衝撃波を放ってきたのだ。


 化け物はまるで口のように胴体の先をぱっくり開くと、落下する私に向かって恐ろしい速度で飛んできた。私は接近してくる化け物にショルダーキャノンの照準を合わせると、貫通弾を立て続けに撃ち込んだ。桜色の口腔に貫通弾が侵入すると、化け物のぶよぶよとした胴体は内側から破裂するように破壊されて、グロテスクな肉塊を周囲に撒き散らした。けれどそれでも化け物は死ななかった。そして最後のあがきであるかのように、ぱっくりと開いた口で私を飲み込もうとする。

 落下していた私は建物の外壁に向かってワイヤーを撃ち込んで落下を止めると、ワイヤーを使って素早く移動しながら化け物の側を離れた。すでに瀕死だった哀れな化け物は、そのまま落下して、そしてぐしゃりと潰れた。呆気ない幕切れだが、まだ油断はできない。


 建物屋上に到着するとハクに連絡をとって、化け物を誘導してもらうことにした。

「重力子弾を使う」と、私はハンドガンを構えながら言った。「カグヤ、射撃支援を頼む」

 立ち昇る黒煙の向こうに、建物の間を跳躍するハクの姿が見えると、その後方から迫ってきていた化け物が赤色の線で縁取られて、ターゲットマークが貼り付けられるのが確認できた。私は照準を合わせ、そしてハクが射線上から移動するのを待った。引き金を引く瞬間、化け物がコウモリじみた翼をつかって僅かに進行方向を変えるのが見えた。

 射撃の反動で両腕が持ち上がる。けれど予想した通り、化け物は無数の脚をドロドロに溶かしながらも閃光を避けて、そのまま私に突進してきた。


 ハガネの鎧を硬質化することは間に合ったが、それでも凄まじい勢いで突撃してきた化け物の衝撃から逃れることはできなかった。落下してきた化け物の衝撃で屋上の床は崩落して、私は化け物に圧し掛かられるようにして建物の地下まで落下していった。

『レイ!』と、カグヤの声が頭に響いた。

「……大丈夫だ」と、私は化け物が開こうとしていた口を両手で思いっきり押さえながら言う。「でも、このままだと間違いなくマズいことになる」

 使えない両手に代って、ショルダーキャノンを化け物に向けると、貫通弾を連射した。翼が破壊されて胴体がズタズタになると、化け物はグロテスクな体液を流しながら私のうえに倒れこんだ。


 落下の際に取り落としていたハンドガンを見つけて、体液でぐしょぐしょになりながら化け物の下から這い出ると、ハクが放つ閃光の騒がしい音が聞こえた。

「なにと戦っているんだ?」

『姿なきものたちだよ』

「また来たのか……」私はうんざりしながらワイヤーを撃ち出すと、建物の屋上に向かう。

 侵攻作戦が始まってからそれなりの時間が経過していたが、戦闘は激しくなる一方で、先行きが見えない状況になってきていた。

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