第490話 失敗


 二十メートルほど先に立っていた四体の人造人間は、剥き出しになった金属の骨格をなめらかに動かしながら近づいてきた。私に向けられた彼らの赤い眼は妖しげに点滅していたが、その金属の頭蓋骨からは表情を読み取ることはできなかった。と、そこに処刑隊の戦闘員が慌てた様子でやってくる。通信妨害による混乱の所為なのか、その戦闘員は部隊と一緒に行動していなかった。


 ちょうど私が人造人間たちと対峙している道路の真ん中に現れた隊員は、どちら側に攻撃すればいいのか思案しているかのような戸惑いをみせ、それから人造人間たちに対して、肩に担いでいたロケットランチャーに似た旧文明の兵器を向けた。人造人間たちが元は教団の信徒で、処刑隊の味方であることが知らされていないのかもしれない。ところが兵器を向けられている人造人間は、戦闘員を無視するかのように私に向かって真直ぐに歩いてくる。


 それが戦闘員の気に障ったのかもしれない。戦闘員が担いでいた長筒の尖端が十字に開閉すると、赤紫色のレンズが発光して大出力のビームが放たれた。兵器の形状が変化した段階で反応を見せた人造人間たちは、すぐに一箇所に集まると、またしても強力な磁界を発生させた。赤色の閃光となって磁界に衝突した太いビームは、複数の細い閃光に分散しながらドーム状に発生した磁界の表面を舐めるように通り過ぎて、そして後方の建物に直撃して爆音を立てた。


 そこでようやく戦闘員が無視できない存在だと認識した人造人間たちは、戦闘員に向かってゆっくり腕を持ち上げた。次の瞬間、目に見えない衝撃波の塊が放たれて、それを受けた戦闘員の身体は凄まじい勢いで後方に突き飛ばされ、そして建物の壁面にぐしゃりと衝突して動かなくなった。

 奇妙な形に歪んだ戦闘員の死体を見ながら私は言った。

「無差別な攻撃だな……鳥籠の警備部隊だろうと、信徒には関係ないみたいだ」

『どうやったって、信徒との戦闘は避けられないみたいだね』と、カグヤはポツリと言う。

「そうだな。少なくとも、話し合いができそうな雰囲気じゃない」


 その人造人間は戦闘員が死んだことを確認すると、私に向かって真直ぐ歩いてきた。私は動きやすいように、胸の中心に吊るしていたライフルを背中に回し、タクティカルハーネスの金具で固定すると、ハンドガンを両手で構えた。けれど人造人間の後方、先ほどビームが直撃して粉塵が立ち昇っていた建物の方角から数人の戦闘員が姿を見せると、私はその場にしゃがみ込んで環境追従型迷彩を起動して、まるでカメレオンのように周囲の景色に姿を溶け込ませた。


 仲間の死体を見つけた集団は、すぐに状況を理解して人造人間を包囲した。やはり信徒の存在は処刑隊にも知らされていなかったのだろう。彼らは仲間を殺した脅威として、人造人間と敵対することを選択した。

 過度に人体改造されていて、生身よりも金属製のインプラントパーツを多く装着していた戦闘員のひとりは、仲間の警告を無視して人造人間に向かって突進した。そして両腕の前腕から鋭い刃を出現させると、人間離れした素早い動きで人造人間に刃を振り下ろした。

 しかし人造人間の身体に直撃した刃は簡単に折れてしまう。人造人間たちの光沢のない銀色の骨格には、旧文明の特殊な鋼材が含まれている。戦闘員はそれを知らなかったのか、あるいはそのことを知りながら、自分なら破壊できると勘違いしていたのかもしれない。そのうぬぼれが死を引き寄せた。


 戦闘員の動きが止まると、人造人間は目にも止まらない速度で腕を振り抜いて、戦闘員の側頭部に拳を叩きつけた。鈍い打撃音がした。するとガスマスクが裂けるように破壊され、五つの義眼を発光させる戦闘員の顔が見えた。けれど次の瞬間、その頭部は血煙を残して破裂した。

 頭部を失った戦闘員の身体がくずおれると、人造人間を囲んでいた処刑隊は一斉射撃を開始した。しかし人造人間の周囲に生じている磁界によって、ほぼ全ての弾丸は空中に静止して、人造人間に届くことはなかった。そして信徒たちの反撃が始まった。処刑隊は大出力のビームを放つ兵器や、人体改造によって強化された身体能力を駆使して戦っていたが、処刑隊が信徒に勝てる見込みはなかった。


 と、戦闘員のひとりが放った金属製のネットが、なにかの偶然で一体の人造人間に絡みつくのが見えた。

『レイ、チャンスだよ!』

 私はカグヤの言葉に素早く反応すると、動きを止めた人造人間に向かって反重力弾を撃ち込んだ。

 信徒に向かって真直ぐ飛んでいった紫色の発光体は、徐々に速度を上げながら金属製のネットに捕らえられていた人造人間の側で止まり、そして甲高い金属音を鳴らした。異変に気がついた周囲の人造人間は、処刑隊を殴り殺しながらすぐにその場から離れた。そしてもう一度、金属を互いに打ち合わせたような甲高い音が鳴り響くと、人造人間は発光体に引き込まれるようにして重力に圧し潰されていった。


 三体の人造人間は仲間の死を見届けると、処刑隊を素早く始末して、なぜか彼らの遺体から自動小銃を拾い上げた。そして私に向かってライフルの銃口を向けた。どうやら人造人間には私の姿がハッキリと見えているようだ。

『どうしてライフルなんて使うんだろう?』

 私はカグヤの言葉に答えることなく迷彩を解除すると、横に飛び退いて転がるようにして銃弾を避け、そのまま廃墟のなかに入って身を隠した。

『もしかして……』と、カグヤが続ける。『人間だったころの記憶が残っているのかな? だから人造人間の能力を生かした強力な攻撃じゃなくて、アサルトライフルを選んだ?』

「そうなのかもしれない――」

 私はそう答えると、乱射される無数の弾薬を大盾で受けながら突進して、一体の信徒を跳ね飛ばし、側に立っていた人造人間の胸部に照準を合わせて引き金を引いた。至近距離だったからなのか、あるいは一体だけでは強力な磁界を発生させられないのか、ハンドガンから撃ち出された貫通弾は磁界に弾かれることなく信徒に直撃し、その衝撃で渦を巻くように金属製の身体が破壊されていった。


『レイ!』

 カグヤの言葉に反応して顔をあげると、金属製の拳が眼前に迫ってきているのが見えた。そのまま敵の攻撃を避けることもできずに、私は殴られた勢いで建物の外に吹き飛んでいく。ハガネのマスクを装着していなければ、先ほどの戦闘員のように頭が破裂していたのかもしれない。

 ひどい眩暈に頭を振って立ち上がると、人造人間が廃墟の壁を破壊しながら突進してくるのが見えた。私はすぐにスローイングナイフを投げて、人造人間の動きを牽制しようとしたが、望んだ効果は得られなかった。と、そこに強力な弾薬が飛来して、人造人間の頭部に食い込むのが見えた。一瞬のあと、金属を叩く軽快な音ともに人造人間の頭部が割れた。


 弾薬が飛んできた方向を確かめるように振り向くと、二百メートルほど離れた建物の上階にアーキ・ガライの姿が見えた。彼女は狙撃用ライフルではなく、異界で入手した遺物『トロォヴァーリ』によって強化された歩兵用ライフルを手にしていた。

『レイ、すぐに止めを!』

 カグヤの言葉にうなずくと、頭部を破壊されて動きが止まった人造人間に反重力弾を撃ち込んだ。

「あと、一体だな」と、圧殺される人造人間を見ながら言う。

『ううん。あと二体だよ』カグヤの言葉のあと、廃墟の中から二体の人造人間が現れる。信徒は相変わらず無表情で、何を考えているのかまったくわからなかった。

「貫通弾でも殺せないのか……」

『うん。それにね、もう一体残ってた』

 インターフェースの表示に合わせて視線を動かすと、道路のずっと先に人造人間の姿が確認できた。最初に狙撃を受けて、頭部の傷を修復していた信徒がこちらに歩いてきていた。自己修復が済んだのか、割れた頭部は綺麗になっていた。


「問題ない」私はそう言うと、ゆっくり歩いてくる人造人間にハンドガンを向けた。「ひとりなら、こいつを止めることはできない」

 弾薬を重力子弾に切り替えると、間髪入れずに引き金を引いた。閃光の瞬きを認識した次の瞬間には、視線の先にいた信徒は消滅していて、閃光はそのまま後方の建物を貫通して地平線の彼方に消えていた。

 重力子弾が残した衝撃は凄まじく、閃光が通過した建物からは爆風が吹き荒れ、生み出された衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、幾つかの建物が倒壊していくのが確認できた。

『次に重力子弾を使うときは、射線上に味方がいないか確認してからにしてね』

「わかってる――」

 カグヤの言葉に答えると、私の手からハンドガンを奪おうとして、懐に飛び込んできた信徒に注意を向ける。人造人間が伸ばした腕を避けると、ショルダーキャノンの尖端を金属製の頭蓋骨に向ける。そして後方に飛び退きながら貫通弾を立て続けに撃ち込んだ。


 甲高い音と共に人造人間の身体は凹み、そして歪な形に変化していく。しかし完全に殺すことはできない。壊れた機械のように軋みながら腕を伸ばしてくる人造人間に反重力弾を撃ち込んで止めを刺すと、横手から現れたもう一体の信徒の突進攻撃を大盾で受け止める。嫌な打撃音を聞きながら後方に吹き飛ばされると、私はすぐに大盾を鎧に戻しながらハンドガンを構え、そして引き金を引いた。が、攻撃を予測していた信徒は、人間離れした反射神経で光弾を避けて、私に銃弾を撃ち込む。


 拳から繰り出される強力な打撃を警戒していた私は一瞬困惑するが、気を取り直して、油断することなくハガネの鎧で銃弾を受け止めると、鎧に蓄積されていたエネルギーを一気に放出して人造人間を吹き飛ばした。衝撃波を受けた信徒は、金属製の骨格を地面や瓦礫にこすりつけて、火花を飛ばしながら塔のような奇妙な構造物に衝突する。私は間を置かず、人造人間にハンドガンを向けると、引き金に指をかけた。しかし引き金を引くことはできなかった。


 警告音が聞こえた次の瞬間、ハガネの大盾が建物上階から撃ち込まれたビームを防いだ。凄まじい衝撃だったが、なんとか受け止めることができた。私はすぐにショルダーキャノンを使って最後の信徒に反重力弾を撃ち込んで止めを刺すと、建物上階にハンドガンを向けて引き金を引いた。

 重力子弾が生み出す閃光は、建物に潜んでいた数人の戦闘員ごと建物を破壊し、爆風と高熱を放ちながら広範囲にわたって瓦礫を撒き散らした。


「……終わったのか?」と、私は遠くから聞こえてくる建物の崩壊する音に耳を澄ませながら言う。

『今のところは……』カグヤはそう言うと、安心したようにホッと息をついた。『大樹の森で戦った宣教師の方が強かったね』

「そうだな。あの信徒からは人間らしさが感じられなかった。まるで自律型の戦闘兵器と戦っているみたいだった」

『意識の転送に失敗したとか?』


「それはわからないな……」

 私はそう言うと、視界の隅に表示させていたタイマーを拡大する。

『爆撃の時間が迫ってる』と、カグヤは言う。

「入場ゲートを攻撃しているヌゥモの部隊は?」

『ウェンディゴの支援を受けてるけど、まだ攻めあぐねているみたい』

「そうか……前哨基地の様子は?」

『大丈夫だよ。通信妨害装置を破壊しようとしていた敵部隊は、ハクとアーキ・ガライの部隊で退けた』


 カグヤの言葉にホッとしながら私は言う。

「その敵部隊が使っていた秘密の通路は見つけられたか?」

『二箇所見つけたよ。でも他の場所にもあるかも』

「その通路を使って教団関係者が逃亡するかもしれない。見つけた通路は破壊するなりして塞ぐようにしてくれ」

『了解、機械人形の部隊に指示を出しておく』

「あとは……」そう言って地図を確認すると、見慣れない信号が接近してきているのが見えた。「カグヤ、この信号は?」

『姿なきものたちだ……』と、カグヤは驚きながら言う。『先の戦闘でワヒーラが入手していた生体情報と一致してる。間違いなく姿なきものたちだよ』

「このタイミングでくるのか」


『マズい……』とカグヤが言う。『化け物の進行方向にはミスズの部隊が展開してる』

「すぐにミスズと通信を繋いでくれ」

 建物上階に向かってワイヤロープを撃ち出して素早く移動すると、姿なきものたちの接近をミスズに知らせて、それからハクと連絡をとる。すると、建物に向かって吐き出した糸をつかって振り子のように大きく移動するハクが姿を見せる。

「ハク、姿なきものたちがきた!」と、私はハクに聞こえるように声をあげる。「今度こそ協力して奴を倒そう」

『ハク、ひとりでたおせるよ?』

 白蜘蛛は可愛らしい声でそう答えると、身体の周囲に青白い光球を浮かべる。

「初めから手の内を明かして警戒されたくない。そいつは最終手段にとっておこう。どうしても倒せなかったら、ハクにお願いするよ」

『うん。おねがいする』

 ハクは身体の周囲に浮かべていた光球を消すと、建物の屋上を走っていた私を捕まえて、目的地に向かって一気に跳躍した。

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