第489話 戦場
眼下に見える幹線道路に、何処からともなく姿を見せた奇妙な集団を確認しようと、屋上の縁に近づくと、トゥエルブが放った閃光が建物の壁面を撫でるように通り過ぎて、爆発と衝撃で巻き上げられた無数の瓦礫が雨あられと飛んできた。土煙を避けて、もう一度道路に視線を向けるが、そこに奇妙な集団の姿はなく、代わりに黒ずくめの武装集団が接近してきているのが見えた。
「あれは……戦車なのか?」接近してくる部隊の後方に、錆びついた装甲に覆われた多脚型の大型車両が見えた。
『鳥籠が保有している無人機だね』とカグヤは言う。『あちこちに手が加えられているみたいだけど、完全自律型の兵器として機能してる』
その多脚型戦車は、四本の脚を使って道路に散乱する瓦礫や放置車両を踏み潰しながら接近してくると、トゥエルブが操作するサスカッチに砲塔を向けた。次の瞬間、轟音と共に複数回の射撃が行われた。しかしペパーミントとサナエがサスカッチのために用意した真鍮色の装甲は、それらの砲弾を斜めに滑らせて、やすやすと弾いていてみせた。
そしてトゥエルブの反撃が始まる。サスカッチが放った閃光は、無人機の装甲を熔かして簡単に破壊すると、損傷個所から炎を噴き出す戦車の側から退避していた戦闘員に向けて重機関銃を向け、容赦なく弾丸を浴びせていく。そして戦闘員が厚いコンクリートの遮蔽物に隠れると、サスカッチの周囲に展開していたラプトルが対処していく。破壊された多脚型戦車の後方から、更に数台の無人機が接近してきているのが確認できたが、この場はトゥエルブの部隊にまかせても大丈夫だろう。
『あとはトゥエルブの部隊にまかせよう』と、カグヤも言う。『レイとハクは前哨基地の安全確保を優先しよう。すでに通信妨害装置は起動してるから、敵に攻撃される可能性が高い』
「わかった」カグヤの言葉にうなずくと、上空のカラスから受信している映像を見ながら、ハクと共に移動を開始する。足を踏み外して建物屋上から落下しないように注意しながら、前哨基地の様子を確認する。どうやらウミが予想したとおり、鳥籠から派遣された部隊が接近してきているようだった。
『入場ゲートの他にも、警備隊専用の出入口があるみたいだね』とカグヤが言う。
「諜報部隊でも発見できなかった場所だな」
『うん。でも今なら部隊が使用してるから、簡単に見つけられるかもしれない』
「手の空いている部隊は?」
『防壁内の警備システムに侵入した際に、操作権限を奪っていた機械人形があるから、その部隊に侵入経路の捜索をさせてみるよ。発見したらヌゥモの部隊を支援しているウェンディゴに攻撃してもらう』
「了解」カグヤの言葉に返事しながら、ミスズとナミが指揮しているヴィードル部隊の状況を確認する。
ミスズの部隊は、爆撃によって破壊された監視所跡から次々と侵入してくる人擬きや、昆虫型変異体と交戦しながら、防壁内を巡回していた警備隊の部隊とも戦闘しているようだった。ミスズの部隊が使用している軍用型ヴィードルには、人擬きに対応した弾薬が積み込まれているので、変異体や警備隊の生き残りは脅威にならないだろう。しかし旧文明の装備を使用する処刑隊や、姿なきものたちの相手は難しいかもしれない。引き続き、ヴィードル部隊の動向を気にかけたほうがいいのかもしれない。
今回の作戦では、蟲使いを始め、その場にいるだけで目立ってしまうイアーラ族、そして人間と蚕の変異体であるマシロは参加していない。けれどそれらの支援がなくとも作戦は順調に進んでいたので、参加させなかったことは正しかったのかもしれない。
ちなみに拠点で待機しているペパーミントとサナエは、定期的に戦況を確認していて、情報の要約、各部隊に現在の状況を伝えると同時に適切な指示を与え、現場の部隊との情報をやり取りしながら戦況を見守っていた。そのペパーミントから受信した情報によると、イーサンの諜報部隊は教団の関係者を捕えるために行動を開始したようだった。
私は網膜に投射されているタイマーを確認して、鳥籠に対して行われる爆撃までの時間を確認し、それから街のあちこちから聞こえていた銃声と破裂音に耳を澄ませた。戦闘は激化していて、今にも姿なきものたちが戦場にやってくるような気配が満ちていた。
道路の前方一キロほどの場所に、戦場の動きが見渡せそうな高い構造物が建っているのが見えた。それがなんのために建てられたものなのかはわからなかったが、塔のようにも見える構造物の頂上にちらりと視線を向けると、日の光を反射する何かが見えた。次の瞬間、胸部に凄まじい衝撃を受け、道路に向かって落下してしまう。
落下の途中、先ほどハクを捕らえるのに使用されていたワイヤロープを意識して、壁面に向かって義手を伸ばした。すると手首からワイヤーが飛び出し、その先端についた爪が壁面に突き刺さる。私はワイヤロープに掴まることで落下せずに済んだが、安心していられない。すぐに壁を蹴って勢いをつけると、ガラスのない窓枠から建物内に侵入する。
『怪我はしていないみたいだね』
カグヤの声にうなずきながらワイヤロープを義手に戻し、それから胸部に手を当てた。飛翔体から受けた衝撃によって、鎧の表面は抉れるようにして欠けていた。
「どうやらまた狙撃されたみたいだ」
『移動しているときに、一瞬だけ見えた塔の頂上から攻撃されたんだと思うけど、他にも狙撃手が潜んでいるかもしれない』
「それだけじゃない。相手はハガネの鎧にダメージを与えられる装備を所持している。ハクは何処にいる?」
『レイが無事なのを確認したあと、あの塔に向かって跳んでいった』
「ならすぐに援護したほうがいいな」
ゴミが散乱する部屋を移動して、塔が見える場所まで移動する。幸いなことに、建物内には人擬きや危険な変異体の気配はなく、目的の場所まで安全に移動することができた。
『標的に攻撃用のタグを貼り付けるね』カグヤの言葉のあと、カラスから受信していた映像に赤色の標的タグが表示された。
「遠いな」そう言ってライフルの照準器から視線を外すと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。
『ライフルでダメなのにハンドガンを使うの?』
「構造物を破壊できればいいからな」弾薬を重力子弾に変更すると、銃身が変形して光を放ち始める。「カグヤ、今から攻撃することをハクに伝えてくれ」
『了解。すぐに退避させる』
攻撃を避けながら塔に接近していたハクは、カグヤから連絡を受けると前哨基地の方角に向かって跳んでいった。それを確認したあと、私は構造物に銃口を向けた。カグヤの支援によって、視界の先に適切な射撃位置が表示されていた。私はターゲットマークに照準を合わせて引き金を引くだけでよかった。
音もなく発射された光弾は、銃口の先に浮かんでいた輝く輪を通過して青白い閃光になって標的に向かって飛んでいった。その閃光が貫通した構造物の一部は融解して完全に消滅し、そして崩壊していった。塔の頂上にいたものが誰であれ、ただでは済まないだろう。
「カグヤ、他の狙撃手は見つけられたか?」
私はそう言うと、周囲の建物に視線を向けた。
『待って、ワヒーラから受信する情報を確認する』
しばらくして安全が確認できると、私はハクのあとを追って前哨基地に向かう。
前哨基地では、物陰に隠れながら攻撃してくる戦闘員に対して、アーキ・ガライの部隊が狙撃で応戦していたが、戦闘員は姿勢を低くして、道路に散乱している瓦礫を使って移動しているため、攻撃を命中させるのは困難になっていた。
そして厄介なことに、狙撃部隊に対して出鱈目に撃ち込まれる迫撃砲弾を避けるため、部隊は常に狙撃場所を変更する必要があった。そのため、大量の銃弾と砲弾が飛び交う戦場の割には、攻撃の成果は双方ともに出ていなかった。
しかしハクが前哨基地に到着すると事態が急変する。前哨基地を攻撃していた警備隊と処刑隊からなる混成部隊は白蜘蛛の奇襲を受けると、ひどく混乱して足並みが乱れる。少し遅れて現場に到着した私は、狙撃部隊と共に攻勢に出て、敵部隊を一気に叩いた。が、鳥籠から派遣された新たな部隊が現れると、戦局は再び膠着してしまう。処刑隊は強力なレーザーライフルに加え、ロケットランチャーにも似た長筒を担いで戦場に姿を見せた。
「あれは旧文明期の兵器だな」
私がそう言うと、入場ゲート付近で戦闘していたヌゥモの部隊から映像が届く。その映像にも旧文明の兵器と思われる長筒を所持した人間が複数映り込んでいた。彼らが長筒を構えると、筒の尖端が十字に展開して見慣れた赤紫色のレンズが見えるようになった。次の瞬間、サスカッチのビーム兵器にも劣らない威力の閃光が射出され、廃墟に身を隠していたヤトの戦士たちを襲った。部隊はすぐに後退したので負傷者は出なかったが、あの兵器が脅威であることに変わりはない。
「強力なビーム兵器か……厄介だな」
『でも使用回数は限られているみたい』と、カグヤは言う。
映像の続きを見ると、たしかに数回の使用で兵器を放棄している戦闘員たちの姿が確認できた。しかしそれでもビーム砲は厄介だ。あの攻撃が直撃すれば、ミスズたちのヴィードルも無事では済まないだろう。
「カグヤ、アーキ・ガライの狙撃部隊に奴らを優先して攻撃するように伝えてくれ。それと――」
『ミスズたちにはすでに警告した。それよりこれを見て』
カラスから受信している映像が拡大表示されると、荷台に二五ミリ・チェーンガンを搭載したピックアップトラックが接近してきているのが確認できた。
「あれは軽装甲車両に搭載する兵器だよな……奴ら、どこであんなものを調達したんだ?」
『教団じゃなければいいんだけど……』
私はハガネを操作すると、建物の壁面に向かって手首からワイヤローブを撃ち出した。そしてそのロープを巻き戻すように意識しながら、壁面に突き刺さった爪に向かって一気に移動する。
『さっきから気になってたけど、それってハクを捕らえていたロープ?』とカグヤが言う。
「ああ」私は壁から外した爪を更に高い位置に撃ちだしながら答えた。「ハガネはイメージを形にしてくれる兵器だ。使えそうな装備を取り込んだんだから使わなきゃ損だろ?」
『そうだね。でもそのロープの出来は良くないから、私が調整してあげる』
「助かるよ」
建物屋上に到着すると、接近してくるトラックの正確な位置情報を確認して、それをアーキ・ガライに送信した。運転席に座っていた男が狙撃されて頭部が破裂し、トラックが横転するまでそれほど時間を必要としなかった。横転したトラックの周囲には血の臭いを嗅ぎつけて集まってきた人擬きが姿をみせ、生き残っていた数人の戦闘員に襲い掛かっていた。
『あとは前哨基地を包囲している部隊に対処するだけだね』
カグヤの言葉にうなずくと、ハクに向かって長筒を構えていた戦闘員を射殺する。
「ハクが暴れているから、それも時間の問題だろうな。それより、敵部隊が使っている移動経路の探索は済んだのか?」
『残念だけどまだ見つからない。でも……』
「でも?」
『これを見つけた』
網膜に投射された映像には、紺色のロングコートを身につけた集団が接近してきている様子が映し出されていた。そのロングコートには見覚えがあった。
「教団の信徒か?」
『うん。それにね、信徒の移動速度は人間のそれじゃない』
「人造人間の身体を器にして、意識を転送した連中だな」
『それに今回の相手はひとりじゃない』
「前回はなんとかなったけど、今回は簡単には倒せないか……」私はそう言うと、接近してきていた集団の位置をアーキ・ガライに送信した。
少しの間を置いて、先頭を走っていた信徒の頭部が衝撃を受け、破裂するように割れた。狙撃された信徒はその場に倒れたが、他のものたちは私の居場所が正確にわかっているのか、減速することなく真直ぐ向かってくる。
『頭部の傷を修復してる……』カグヤの言葉に反応して映像を確認すると、自己修復している信徒の姿が映っていた。
「アーキの狙撃銃でも奴らをやれないか」
『レイ、どうするの?』
「奴らの標的は俺だ。この場はハクとアーキの部隊にまかせよう」
『ひとりで戦うの?』
「俺にはハガネがある。ひとりでも殺されることはないだろ」
ワイヤロープを使って屋上を離れると、信徒たちを待ち受けるようにして道路の真ん中に立つ。そしてこちらに向かって猛然と駆けていた集団に重力子弾を撃ち込んだ。が、信徒は素早く一箇所に集まると、強力な磁界を展開して、重力子弾の進行方向をそらしてしまう。しかし完全に攻撃を防ぐことができなかったのか、閃光が放つ熱によってロングコートは焼け、皮膚が溶けだしていた。
「……やっぱりハクの助けは必要だな」と、金属の骨格があらわになった人造人間の集団を見ながら私はつぶやいた。
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