第470話 調査


 盗賊たちの野営地に戻ると、ドクトカゲに似たラガルゲの太い胴体に、どっしりとした四肢、そして極彩色の斑点がある鱗が見えてくる。水辺にいたラガルゲは、長い舌を伸ばしてオアシスの湧き水を器用に飲んでいるようだった。

 そのラガルゲの背に乗っていたマシロは、浅紫色の葉を持つ樹木が気になるのか、周辺一帯に繁茂している雑草に構わず樹木の側に向かうと、大きな翅をゆっくりと動かしながら注意深く樹木を観察し始めた。大樹の森で暮らしていたマシロでも知らない種類の樹木なのかもしれない。


『みて、レイ』

 ハクの可愛らしい声が聞こえると、空の缶詰を積み上げている白蜘蛛の姿がみえた。どうやらハクは何処にも遊びに行かずに、ちゃんと約束を守って野営地に残ってくれたようだ。

「器用に積み上げるんだな」私は感心しながらそう言うと、ハクの体毛を撫で、それから敵意を持った生物の気配を近くで感じなかったか訊ねた。

『ううん、いないよ』ハクはそう言うと、触肢の先に挟んでいた缶詰をそっと持ち上げて、斜めになった缶詰にそっとのせる。

 地下水を水源とした泉の底には、危険な水棲生物が潜んでいると思っていたが、どうやら杞憂だったみたいだ。


 日の光を反射する水面を眺めていると、ハクの声が聞こえる。

『みずであそぶの?』

「いや」と私は頭を振る。「オアシスには遊ぶために来たんじゃないんだ。危険な生物が徘徊していないか調査するために来たんだよ……でも、砂漠は暑いからな、水浴びをしたかったらしてきてもいいよ」

 ハクはパッチリした眼を水辺に向けると、じっと何かを考えていたが、結局水遊びはしないことに決めたようだった。


 それから私は盗賊たちに捕らわれていた女性たちの容態を確かめることにした。締め切っていて、埃っぽく、不快な臭いが立ち込めていた天幕の外に運び出されていた女性たちは、ヤトの戦士によって身体が清められていて、涼しい木陰に敷かれた布の上で横になっていた。

「眠っているみたいだな」

『うん』と、カグヤが私の言葉に答える。『危険な状態だったけど、オートドクターのおかげで何とかなりそうだよ』

「彼女たちを助けた俺が言うようなことじゃないって分かってるけど、彼女たちは立ち直れると思うか?」

『私には彼女たちがどんな目に遭っていたのかは分からないし、彼女たちの苦しみを想像することもできない。でも『死んだほうが良かった』なんてことは、絶対にないと思う』


 私はカグヤの言葉についてしばらく考えて、それから言った。

「それが俺たちのエゴじゃないって、カグヤは断言できるか?」

『エゴでいいんだよ』と、カグヤは努めて明るく言う。『最近のレイは物事を難しく考えすぎてる。以前みたいにさ『助けたいから助けた』で、いいと思うんだ。それにね、これは少し極端な考えだけど、レイの人生はレイだけのものなんだ。もっと自由に、肩の力を抜いて生きていいんだよ』

「俺の人生か……」

『そう。誰もが自分だけの物語の主役を演じてる。だからもっとワガママに生きてもいいと思う。さすがに他人に迷惑をかけるようなことは控えた方がいいと思うけどね』

「それもそうだな」と私は苦笑する。

『それにどんなに言い繕っても、彼女たちを見殺しにするなんて選択は、レイのなかには始めからなかったんだよ。そうでしょ?』


『ところで』と、カグヤが続ける。『彼女たちのこれからについては、何か考えがあるの?』

「回復するのを待って、それから紅蓮に連れて行こうと考えている」と私は言う。

『彼女たちが行商人なら、たしかに紅蓮に関係がある人間の可能性が高いけど……』

「けど?」

『もしも紅蓮の関係者じゃなかったら、今の紅蓮に外の人間を受け入れる余裕があるのかは分からない』

「体調が回復した『ジョンシン』が指導者に戻ってからは、紅蓮の情勢も落ち着いたと思っていたけど」

『今は五十二区の鳥籠と戦時中だからね、それは何とも言えないよ』

「もしもダメでも、そのときには責任をとって拠点で面倒を見るよ。それより俺たちは本来の任務に戻ろう」

『そうだね。でもその前に水質の簡単な調査をするから待って』

 カグヤはそう言うと、偵察ドローンを操作して水辺にいたラガルゲの側に飛んでいく。球体型のドローンが飛んできてもラガルゲは少しも動じることなく、つぶらな瞳でドローンを見つめていた。


 ドローンが水中にケーブルを伸ばして水質調査を行っている間、私は機械人形のラプトルたちと手分けして、盗賊の天幕をさっさと処分すると物資の確認を行う。三人組の盗賊は、この危険な砂漠でそれなりに狡猾に生きてきたのか、彼らが残した物資には未開封の国民栄養食や戦闘糧食が詰まったコンテナボックスに、飲料水が入った大きな貯蔵タンク、それに大量の弾薬箱が確認できた。


「ラプトルには敵わなかったみたいだけど、それまでは砂漠で上手く立ち回ることができていたみたいだな」

 私はそう言うと、男たちが残していった端末から電子マネーを回収する。

「あるいは、弱者ばかりを相手にする卑怯者だった」と、ヌゥモがコンテナボックスを覗き込みながら言う。「何か使えそうなものはありましたか?」

「そうだな……」と、私は乱雑に積み上げられた木箱やコンテナボックスを眺めながら言う。「奴らのヴィードルは解体して資源として利用できるし、未開封の品物も問題なく使えるみたいだから回収するつもりだよ。さすがに水が入った貯蔵タンクは寄生虫が怖いから処分するつもりだけどね」


「状態は悪いですが、ライフルもあります」

 ヌゥモはそう言うと、木箱に入っていた旧式のアサルトライフルを拾い上げる。

「それも使えそうだったら、ジャンクタウンで売り物になるな」

「使いものにならなければ、資源として利用するのですか?」

「拠点に設置されているリサイクルボックスは優秀だからな」と私は苦笑する。「使えそうなものは何でも持って帰るつもりだよ」


 しばらくするとカグヤが操作する偵察ドローンが近くに飛んでくる。

『水質に問題は無かったよ。驚くほど普通の水だった』とカグヤが言う。

「意外だな」と私は素直に言う。「異界に由来する危険な微生物くらいは、すぐに確認されると思っていたよ」

『オアシスの周囲に群生している植物はともかく、水質に関しては安心できるよ』

「それならあとは配管工事が行えるように、砂漠に生息する危険な生物の対処法について考えるだけだな」

『それが一番の問題事だけどね』と、カグヤは溜息をつきながら言う。


 野営地には機械人形であるラプトルの部隊と、ヤトの戦士の二人に残ってもらうことにした。私はヌゥモとハクたちを連れて激しい戦闘の痕跡が確認できた現場に向かうことにする。野営地を離れて、水辺に沿ってぐるりと移動するように広大な泉の対岸に向かう。その際、背の高い雑草が移動の妨げになっていたので、以前から考えていたことを試すことにした。


 義手やショルダーキャノンで使用する弾薬の材料として、以前から旧文明の鋼材をハガネに取り込んでいたが、それをもとにして刃物を製作できないか確かめる。まずハガネの鎧で前腕を覆うと、手の平の先に液体金属を出現させながら刃物の形状をイメージしていく。すると銀色の液体金属が粘土をこねるように奇妙な動きを見せると、瞬く間にイメージ通りの刃物を形成して固まっていく。


 手元の銀色に輝く鉈を眺めていると、カグヤの声が聞こえる。

『ハガネは可能性に満ちた兵器だね。シンが使っていた装備を思い出したよ』

 シンは姉妹たちのゆりかごと呼ばれていた鳥籠の実質的な管理者のことだ。私はシンが身につけていた不思議な軍服のことを思い出しながら言う。

「けどシンが装備していた秘匿兵器が造り出す刃物は、手元から離れた瞬間に形状を維持できなくなって崩壊する。でもこいつは違う」

 私はそう言うと、右手に持っていた鉈を地面に突き立てて手を放した。しかし鉈の形状は維持されたままだった。

『刃物よりもずっと複雑なショルダーキャノンが造れるんだから、今更刃物を造ったところで驚くようなことはしないけど、それでも出鱈目な機能だね』

「そうだな……シンが装備していたのは、戦艦タケミカヅチの技術に由来する『第三種秘匿兵器』だったみたいだけど、あの装備もハガネを製造した『エボシ』同様に、大いなる種族から提供された技術によって製造されたものなのかもしれないな」


 地面に突き立てていた鉈を引き抜くと、それを使って雑草を刈り取りながら進む。鉈の切れ味は素晴らしかったが、所詮は素人が見様見真似で造ったものだ。持ち手もつるりとした金属で形作られていたので滑りやすく、使い心地はあまり良くなかった。改良の余地がありそうだったが、それでもスローイングナイフとして使う分には、刃物の生成は有用な攻撃手段なのかもしれない。


 ハクにも手伝ってもらいながら雑草を刈り取っていると、それまで黙っていたヌゥモが口を開いた。

「先ほどの工事に関しての話ですが、作業用ドロイドの護衛にインシの民の『下級戦士』を派遣してもらうのはどうでしょうか?」

「インシの民か……」と、私は人型昆虫種族の禍々しい姿を思い浮かべなら言う。「彼らは俺たちに協力してくれると思うか?」

「砂漠で彼らの戦士に何度か遭遇しましたが、不思議なことに彼らは我々に対して敵意を全くもっていませんでした。それどころか、我々に水や干し肉を譲ろうとしたこともありました」


 砂漠地帯で暮らすインシの民については、採掘基地にいる部隊から定期的に届く報告書に記載されていることしか知らなかったが、たしかに彼らが友好的だという内容の報告は何度か耳にしていた。敵性生物の駆除を助けてくれることもあれば、ときには巨大な砂嵐が来ることを事前に知らせ、拠点の外に巡回警備に出ていた部隊を救ってくれたこともあったという。


 だが混沌の領域で暮らすインシの民は、狂暴で恐ろしい生態を持つ生き物だということも聞かされていたので、彼らを安易に信用することは避けていた。実際に彼らは今も、紅蓮から提供される罪人を食料として消費しているのだ。その衝動が我々に向けられることがないとも言い切れないのが実情だ。


「以前、インシの民は危険な生物だと教えてもらったけど、この砂漠で暮らすインシの民は例外なのか?」

 ヌゥモは腰に差した剣の柄頭に左手をのせると、マシロを背に乗せてのっそりと歩いていたラガルゲに視線を向ける。

「インシの民はいくつかの氏族に分かれて活動していると言われています」

『氏族……』とカグヤが言う。『それは混沌の追跡者たちのように、共通祖先を持った別の種類の生物が複数存在するってこと?』

「違います」と、ヌゥモはゆっくりと頭を振る。「かつて我々がそうだったように、混沌の追跡者は生息する領域によって独自の進化を遂げ、その姿や生態を変化させてきました。しかし我々のそれは無秩序で混沌としたもので、もっと自然的なものでした。同族と関係を持つことも少なく、ある意味では獣のような暮らしを強いられていました」

『つまり――』

「我々の進化は自然の流れで行われました。その土地の環境や生存競争に勝ち抜くための進化です。そしてそれを制御することはできません。混沌の追跡者は無秩序に、ありとあらゆる領域に生息し、混沌の意思に敵対するものを排除することだけを目的にしていました。しかしインシの民の氏族は、秩序によって誕生したと言われています」

『秩序? それは彼らが信仰する神さまと関係していることなの?』


「はい」とヌゥモはうなずいた。「インシの民を産み出したとされる『竜』は、それぞれの氏族に知恵と独自の力を与え、全ての氏族が対等の力を持ちながら、それでいて敵対する巧妙な仕組みを作り出したと言われています」

「どうしてわざわざ敵対させるんだ?」と、私は雑草を刈り取りながら言う。「いつも殺し合いをしているような人間の俺が言うのもへんだけど、同族同士、協力した方が生きやすいんじゃないのか?」

「それぞれの氏族を競わせ、来るべき日に備えて、その能力を高めさせるためだとも言われています」

「信仰する『神の骨』でつくられた武器を愛用していたかと思えば、氏族同士でも殺し合っているのか……とことん戦うためだけに産まれた欠陥を持ったような生物なんだな……そんな奴らと交渉できると思うか?」

「血の儀式によって力を示した相手に対して、贈り物をするだけの知性を備えた生物なら、あるいは交渉の余地があるのかもしれません」

 ヌゥモの緋色の瞳を見ながら私は言う。

「俺たちは儀式で選別された。だから友好的に交渉できる可能性があるのか……」

「考慮するのも悪くないと思います」とヌゥモは言う。「砂漠を知り尽くした彼らの協力があれば、工事も滞りなく進められます」

「そうだな。イーサンとも相談してみるよ」


 目的の場所はカグヤに訊ねなくても一目で分かった。まるで爆弾でも落とされたかのように、周囲の樹木は倒れ、地面は大きく抉られていた。たしかにその場所では大型生物の足跡や、大量の血痕が確認できたので、それが狂暴な生物同士の予期せぬ衝突があった場所だということは理解できた。けれどそれがどのような生物によって行われたのかを想像することは難しかった。

『血痕はあちこちに残っているけど、生物の死骸は確認できないよ』と、ドローンに周囲のスキャンをさせていたカグヤが言う。

「水を求めてオアシスにやってきた生物が、何かの偶然で鉢合わせになって、ここで殺し合いを始めたのか?」

『その可能性は充分にある』


 澄んだ青い空に視線を向けると、真っ黒な鴉が優雅に飛んでいる姿が見えた。

「上空にいる鴉は何か見つけられたか?」

『ううん。今のところ、付近に生物の存在は確認できない』とカグヤは言う。

「そうか……」

『でも、ここはオアシスだからね。色々な種類の生物が頻繁にやってきていることは間違いない』

「工事を進める前に、どんな生物がやってくるのか知る必要がありそうだな」

『紅蓮の人間なら何か知っているんじゃないかな、助けた女の子たちを紅蓮に連れていくときに――』

 そこでふと黙り込んだカグヤに疑問を持ち、彼女の操作するドローンを探すと、陥没した地面に向かって赤いレーザーを照射しているドローンの姿が見えた。

「何か見つけたのか?」

『うん』とカグヤは言う。『地中に石室があるみたい』

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