第467話 教団


 五十二区の鳥籠が支配している地域に侵入して、通信妨害装置を無事に設置した翌日、私は輸送機に乗って廃墟の街の上空を移動していた。目的地は砂漠地帯にある拠点だった。そこで拠点警備の責任者として派遣されていたヤトの一族の『ヌゥモ・ヴェイ』に会う予定になっていた。ヌゥモはヤトの一族が使う言語で『赤い雲』の名を持つ青年で、ヤトの一族が混沌の追跡者と呼ばれていた頃から一族を率いていた『レオウ・ベェリ』の息子でもあった。


 ヌゥモには保育園の敷地に構築された拠点の警備を任せていたが、現在は五十二区の鳥籠に派遣されていた諜報部隊を率いているイーサンの代理として、砂漠地帯の警備全般を任せていた。

 横浜の街に存在する異質な空間『砂漠地帯』には、我々の装備に欠かせない鉱物資源の採掘基地として使用されている重要な拠点の他に、旧文明期の浄水施設が墜落し、今でも危険な変異体が徘徊している汚染地帯があり、警備の責任者には組織内でも有能で、尚且つ信頼できる者にしか任せられなかった。そのため、砂漠地帯には優秀な指揮官であり、一族のなかでも特出した戦闘能力を持つヌゥモが派遣されていた。


 しかし今後行われることになる五十二区の鳥籠との戦闘において、砂漠地帯に派遣されている戦士たちの助けは必須だった。けれど各拠点の警備をしている戦士たちが砂漠地帯を離れることは、それぞれの拠点を無防備にすることだった。砂漠地帯には、鳥籠『紅蓮』から追放され、広大な砂漠で盗賊として生きる無法者たちや、危険な変異体、そして人型の昆虫種族である『インシの民』が暮らしているため油断することはできなかった。


 ヌゥモたちが砂漠地帯の拠点を離れる際には、戦闘用機械人形であるラプトルを増員することになる。今回の訪問では警備に関する打ち合わせも行う予定になっていた。ちなみに輸送機に搭乗しているメンバーのなかにワスダたちは含まれていない。彼らの処遇がどうなるのか決まっていない段階で、他の拠点の存在や、そこでの警備状況を知られるわけにはいかなかった。


 兵員輸送用コンテナの天井にはホログラムの投影機が設置されていて、向かい合うように配置された座席の中央にホログラムディスプレイが投影されていた。画面には輸送機のコクピットにいるミスズの顔が映し出されていた。

『それなら』とミスズは言う。『通信妨害装置はアレナの部隊が引き続き管理をしているのですか?』

「いや」と私は頭を振った。「システムを管理しているのは確かに諜報部隊だけど、装置を警護しているのは鳥籠の防壁内の警備を任されている機械人形の部隊だよ」

『カグヤさんがシステムに侵入してハッキングした機体ですね』

「そうだ。機体はカグヤの管理下にあるけど、警備隊に怪しまれないように、今までどおり鳥籠の警備を行うように設定されているんだ」

『装置の存在には気づかれていなんですね』と、ミスズはホッとしたように息をついた。

「ああ。だから侵攻作戦を開始した際には、鳥籠の警備隊が使用するはずの自動攻撃タレットや、廃墟のあちこちに設置されている各種センサーは俺たちの目と耳になってくれる」

『それはとても心強いです』


「ところで」と私は話題を変えた。「ミスズたちはどうだったんだ?」

 するとミスズの操作で、山岳地帯に広がる結晶の森の景観がディスプレイに表示される。青紫色の水晶柱が立ち並ぶ光景には、人を魅了してやまない美しさと、得体の知れない不気味さが共存しているように感じられた。

『今回の探索では敵対的な変異体に遭遇することはありませんでした』

 ミスズはそう言うと、結晶の回収作業を行っているトゥエルブと作業用ドロイドの映像を表示した。

「実験に使用するサンプルの回収はできたみたいだな」

『はい。大きな塊をいくつか回収することができました。ですが、コケアリたちの群れを指揮していた『草々の囀り』には会えませんでした』


 困ったように眉を八の字にするミスズを見ながら、鮮やかな赤色の体表に、苔生した身体を持つコケアリの姿を思い浮かべて私は言った。

「草々の囀りには会えなかったのか……それなら、コケアリに関する情報は得られなかったんだな」

『はい、とても残念です。でも結晶の森を巡回警備していたコケアリさんに頼んで、草々の囀りに会える日取りを決めることができました』

「それは朗報だ」

『そうですね』とミスズは笑顔を見せた。『ペパーミントさんも喜んでいました』


『レイ』

 ハクの可愛らしい声が聞こえると、私はディスプレイから視線を外した。

「ハク、どうしたんだ?」

 私が反応すると、ハクは私の手元にあるトレイを触肢で指した。

『それ、もうたべない?』

 私は手を付けていなかったハンバーガーに視線を落とす。

「ああ、食欲がないみたいなんだ。ハクが代りに食べてくれるか?」

『うん。ハク、ハンバーガーたべる!』

 ハクの触肢にそっとトレイをのせると、ハクは満足そうに息を吐いて、それからトレイを持って、後部ハッチの近くに置かれていた檻の前に向かった。ハクが檻に近づくと、檻のなかにいた恐ろしい姿をした闘犬は耳を伏せて、身を縮こまらせるようにして動かなくなる。ハクは大型犬の変異体に興味があるのか、ハンバーガーを咀嚼しながらじっと闘犬を見つめていた。


 数日前に廃墟の街で偶然見つけた闘犬の処分について考えていた私は、数匹の大型犬を拠点の警備に役立てようと考えた。そこで蟲使いたちが昆虫を使役するために使用する感覚共有装置を使って、戦い殺すためだけに飼い慣らされた大型犬を我々に慣れさせようと考えた。

 けれど頼りにしていた装置は、この世界で日常的に使用されているインプラントパーツのように、ただ脳に移植するだけで機能するような装置ではなく、また昆虫を対象として製造されたものだったので、できることにも限界があった。そこで感覚共有装置に頼らず、集団生活する犬が群れのリーダーに従う、という単純な習性を利用しようと考えた。


 大型犬の変異体である闘犬は、混沌の領域からやってきた生物ではないため、混沌の生物に対して本能的に恐怖を抱くことが分かっていた。そこで砂漠地帯の拠点で活躍していた巨大なトカゲ『ラガルゲ』を大型犬たちの群れのリーダーに据えて、危険な闘犬を我々に慣れさせる調教をしてもらおうと考えていた。素人の思い付きなので、それが成功するのかは分からなかったが、少なくとも罪のない大型犬を一方的に射殺せずに済むかもしれない。


 ラガルゲを使った調教でも慣れさせることができなければ、闘犬を処分することも考えなければいけない。それがただの野犬であったとしても、群れで行動する生物は危険だ。現にジャンクタウンでは浮浪者たちが野犬の群れに襲われて、いとも簡単に殺されてしまう事件が頻繁に起きていた。それが闘犬であれば、尚のこと危険性は高まるだろう。罪のない動物を殺したくない、という理由だけで闘犬を放置して、拠点の子供たちが襲われるような事態を起こすわけにはいかなかった。


 闘犬たちの檻のまえで動かなくなったハクの側に、マシロが大きな翅を広げて、ふわりと飛んでいくのが見えた。人間の遺伝子と異界を由来とする蚕蛾の変異体であるマシロは、檻のなかにいる眼のない大型犬にじっと複眼を向けて、それからハクのハンバーガーに注目した。ハクはトレイに残っていたフライドポテトをマシロに勧めたが、マシロは綺麗な顔をしかめると、ハクの腹部にもたれかかる。


 冬の間、元気が無く拠点の地下に籠っていることが多かったマシロは、暖かくなってきたからなのか、ハクたちと一緒に地上に出かけることが増えていた。今日も誘う前から出掛ける準備をしてくれていて、ペパーミントに貰った専用の腰巻とタクティカルベストをちゃんと装着してくれていた。

 常に裸だったマシロが、徐々にだが、衣服に慣れてくれているのは喜ばしいことだった。いずれマシロのための適切な装備を作り出すことができれば、大樹の森の聖域を守護しているマシロの姉妹たちのためにも、戦闘に適した装備が作れるようになると考えていた。


 マシロがハクのフサフサとした体毛に顔を埋めているのを見ていると、カグヤの声がスピーカーを通して聞こえた。

『レイ、ヌゥモから受信していた報告書に目を通していたんだけど、すこし奇妙な映像を見つけたから確認してくれる』

 ホログラムディスプレイに映し出されたのは、砂漠地帯に存在する赤茶色の険しい渓谷だった。

「この光景には見覚えがあるな……」と、私はつぶやいた。

 どうやらその映像は、砂漠地帯に生息する生物の調査を行っている昆虫型ドローンによって撮影されたものだったようだ。

『ほら、ここを見て』

 カグヤが映像を拡大すると、渓谷を進む集団の姿が見えてきた。

「あの紺色のロングコートは――」

『不死の導き手の宣教師が身につけているものだよ』

「教団の信徒か、あんな場所で奴らは何をしているんだ?」


 拡大表示されていた映像が元に戻ると、視点が動いて巨大な岩壁が表示される。

「あれは確か……旧文明期の宇宙戦艦の残骸がある場所だったな」

『うん』と、カグヤは私の言葉に答える。『レイたちが強化外骨格を装備した兵士たちに襲われた場所でもある』

「人擬きに変異していた奇妙な兵士たちのことだな」

『うん。そもそも人擬きウィルスに感染しない特別な肉体を持つ兵士たちが、どうして人擬きに変異していたのか、その理由は分からない。けどそれは一旦横に置いておくね。それより見て欲しいものがあるんだ』

 映像の視点が変わり、教団の信徒たちが画面の中央に映し出されると、隊列に近づく奇妙な生物の姿が表示された。

「あれはインシの民だな」

『うん。続きを見て』


 インシの民の存在に気がついた信徒たちは武器を構えると、人型昆虫生物に対して問答無用で攻撃を始めた。

「容赦ないな」と、私は殺されていくインシの民を見ながら言った。

 教団の信徒たちは強力なレーザー兵器を装備していて、瞬く間にインシの民を撃退して見せた。しかしそれも一時のことで、狭い渓谷の至る所から出現して信徒たちを包囲したインシの民は、枯れ枝にも似た杖のような奇妙な兵器を使って、教団の人間をひとり残らず殺していった。そして最後には、信徒たちの遺体を適当に解体してその場で食べ始めた。

『確かなことは言えないけど』とカグヤが言う。『この映像を見る限りでは、インシの民は教団と敵対しているみたいだね』


「そうだな」と、人間の足を噛み千切るインシの民を見ながら私はうなずいた。「それで、教団の狙いは何だと思う」

『旧文明期の遺物じゃないのか?』と、ミスズと共にコクピットにいるナミの姿が別のディスプレイに表示される。

「遺物……もしかして、戦艦の残骸にある遺物を探しに来たのか?」

『その可能性はあるんじゃないのか?』ナミはそう言うと、撫子色の瞳を私に向ける。『教団の狙いは旧文明期の施設に残されている遺物なのかもしれないって、カグヤ様が仮説を立てて、みんなに説明してくれていただろ?』

「そう言われてみれば、たしかに遺物を狙っている可能性はあるな……」

『でも砂漠地帯に侵入した際に、インシの民と遭遇して決闘を申し込まれた』

「そして負けた」

 私の言葉にナミは頭を振った。

『今の映像を見た感じだと、そもそも決闘に応じなかった可能性もある』

「だからインシの民と敵対しているのか……ナミの推測が正しければ、俺たちにとっては都合がいいことが、この砂漠で起きているのかもしれないな」


『そうだね』とカグヤが同意する。『少なくとも、教団がこれ以上危険な遺物を入手する危険性は減ったし、インシの民がいる限り、教団が砂漠に進出するのは困難なことになった』

「浄水施設の墜落地点から奴らを遠ざけることができるのなら、インシの民に加勢してもいいくらいだな」と私は思わず本音を口にする。

『そうなってくると、教団が五十二区の鳥籠と紅蓮の人間をそそのかして戦争を始めさせた理由も見えてくる』

『……教団の狙いは』とミスズが言う。『紅蓮の地下で発掘されている遺物なのでしょうか?』

『うん。教団の狙いは紅蓮の遺物だったと思う』とカグヤは答えた。『私が操作してる偵察ドローンを見れば分かるけど、紅蓮の地下で発掘されている遺物には貴重なものが多く含まれている。教団はそれを知っていたんだよ』


「あのときから教団はすでに暗躍していたのか」と、私はうんざりしながら言う。

『きっとそのずっと前から教団は何かを企んでいたんだよ』とカグヤは言う。『三十三区の鳥籠のことを覚えてる?』

「組合から依頼を受けて、俺とミスズが調査に向かった鳥籠だな」

『教団に襲撃されて壊滅した鳥籠には、大規模な食糧プラント以外にも、きっと何か重要な遺物が残されていたんだよ』

「教団は目的のものを確保できた。だから占拠した鳥籠をあっさりと放棄したのか……」

『私たちは、行く先々で教団の痕跡をみつけることができた。そこにはきっと私たちが気づいていなかっただけで、教団の悪意や企みの証拠が残されていたのかもしれない』

「大抵の問題は、奴らが関わっていたからな」

『そして私たちは、意図せず教団の企みを阻止してきた』

「紅蓮で起きていたかもしれない内紛に、大樹の森で発生していた異変もそうだな」

『うん。だからこそ、私たちは教団に目の敵にされているのかも』

「それは最悪だな……」私はそう言うと、大きな溜息をついた。

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