第460話 オオサカ


 狙撃手の死体を確認したあと、戦闘の邪魔になるからと隠していたバックパックとポンチョを回収しに行き、それからワスダたちとの合流地点に指定していた区画まで急いで向かった。もちろん、戦闘の際に手放していたライフルも忘れずに回収していた。短時間に数百発の銃弾を吐き出していたライフルの銃身は焼けて曲がり、装甲の一部も溶けだしていたが、弾倉に使用されていた鋼材を使って修理ができたので不安はなかった。


 ハーネスで吊り下げていたライフルを手に持ちながら自己診断機能を使うと、瞬く間に修理が行われていった。しばらくすると、通知音と共にライフルの修復が終わったことを知らせる通知がインターフェースに表示された。ライフルを確認すると、まるでかさぶたのように損傷個所を覆っていたナノマシンの残骸が、塵になってサラサラと剥がれ落ちて、新品同様になったライフルの銃身が見えた。

 私はライフルを構えると、適当な瓦礫に向かって試射を行い、照準にズレがないことを確認する。


『ライフルは問題ないみたいだね』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『それより、無力化された大量の人擬きはどうするの?』

「トゥエルブに頼んで処理してもらうよ」と、私は鴉から受信する映像で移動経路を確認しながら言う。

『それは無理だよ。トゥエルブはペパーミントと一緒に大樹の森に行っていて、今は拠点にいない』

「そう言えば、ペパーミントが研究で洞窟に籠っている間、彼女の護衛をするためにトゥエルブを一緒に連れて行ってもらっていたな……それなら、手の空いているラプトルにライフルを装備させて派遣してくれ。人擬きを放置する訳にはいかない」

『分かった。ミスズと相談して派遣できる機体を探しておく』


 旧文明期以前の構造物が多く残る地区までやってくると、建物に潜んでいる人間の姿と、周辺を巡回警備する小型ドローンの輪郭線が視界に表示された。私はすぐに立ち止まって鴉から受信している映像を確認した。

 すると外壁が崩落して柱だけになった廃墟の上階に、うつ伏せになってライフルを構える青年の姿が見えた。スキンスーツのカモフラージュ効果によって、周辺の環境にうまく溶け込んでいたが、彼の輪郭を縁取る青い線で位置がハッキリと確認できた。同様に回転翼で飛行する旧式のドローンも、味方だと示す識別信号を発信していた。


 恐らく青年は、周囲の監視を任されていたワスダの部下なのだろう。私は敵対的な意思がないことを示すために両手を持ち上げながら近づいた。すると青年はライフルのスコープから目線を外して、ライフルを手に持って立ち上がると礼儀正しく頭を下げた。背が高くスタイルのいい青年は、ワスダと同様の装備を身につけていた。青と灰色のデジタル迷彩が施されたスキンスーツに、各種装備が収納できるタクティカルベストを装着していた。けれどヘルメットやガスマスクの類は装備していなかった。


 青年は建物の上階から飛び下りてくると、私の側までやってきて、ワスダのいる場所まで案内してくれると言った。ワスダの居場所は、彼が所持している端末が発している信号で位置を把握していたが、青年の厚意を無駄にしないために、私は素直に案内に感謝して、それから青年についていくことにした。青年が歩き出すと三機の小型ドローンが飛んできて、彼の周りを飛行するが、青年が携帯端末を操作すると何処かに飛んでいってしまう。周辺の警戒を指示したのかもしれない。


 近くで見る青年は中性的で綺麗な顔立ちをしていて、白い肌には傷ひとつ無かった。砂漠地帯にある鳥籠『紅蓮』で暮らす人々に何処か似た雰囲気を纏っていたので、華僑と呼ばれる民族の子孫なのかもしれないと考えた。

 その疑問が表情に出たのだろう。

「どうしました?」と青年は私に訊ねた。

「綺麗な顔をしていたから、少し驚いていたんだ」と私は言う。

 青年は眉を寄せて何かを考えて、それから微笑みながら言った。

「凶悪なレイダーに見えないですか?」

「ああ」と、私は正直にうなずく。「俺が知っているレイダーは、もっと粗野で汚い身形をしているのが普通だったから」

「そうですね」と青年は苦笑する。「僕が知っているレイダーたちも、同じようなものです」

「それなら、なにが君を特別にしているんだ?」


「特別ですか……」と、青年は肩に吊るしたライフルの位置を直しながら言う。「それはきっと、僕に求められた能力が戦闘ではなく、人々を魅了して、虜にすることだったからだと思います」

「確かにその容姿なら、大抵の人間を懐柔することはできるだろうな」と私は肩をすくめる。「それで、誰にその能力を求められているんだ?」

「若頭です」と青年は言って、それから顔をしかめた。「いえ、組織を抜けたので、もう若頭ではないですね」

「ワスダの部隊に求められるのは戦闘能力じゃないのか? あれでもワスダは組織の警備隊長も兼任していたんだろ――」と言って、それから私は訂正する。「すまない、君の親分に対して失礼な言い方だったな」


「いえ、気にしないでください」と青年は微笑して、何かを考えたあと口を開いた。「僕に求められた能力が偶然、戦闘以外の要素だった。というだけのことです。若頭の直属の子分である僕たちは、それぞれが人よりも秀でた特別な能力を持っています。戦闘や諜報、ハッキングや工作技術など、特技は多岐にわたります。残念ながら僕が持っている能力は、男女を問わず魅了することのできる顔の良さと、詐欺師顔負けの達者な口だけですが」

『あの顔で言われると、確かに嫌味には聞こえないね』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、私は彼女の言葉に同意して、それから言った。

「つまり、ワスダが率いている部隊はスペシャリストで構成されているのか」

「部隊と言うには人数が少ないですが、若頭に対する僕たちの忠義は本物です」青年はそう言うと、目を細めて可憐な女性のように微笑する。「だからこそ、僕たちはここにいる」


 かつては洒落た飲み屋や店舗が連なり、多くの人間で賑わっていたと思われる商業施設の駐車場までやってくると、青年は監視任務に戻っていった。レイダーギャングに所属していたとは思えないほど上品な物腰だった。

 駐車場は朽葉色の茂みで覆われていて、背の高い枯草の間には大量の廃車と生活ゴミ、それに動物の骨があちこちに転がっていた。ワスダたちのヴィードルは周囲の高い建物から死角になるように、地下駐車場の入り口付近に止められていて、そこにはワスダの姿もあった。


 ワスダは損傷したヴィードルの側にしゃがみ込んでいて、車体の状態を確認しているようだった。相変わらずユニコーンのアニメキャラクターがプリントされた薄桜色のランドセルを背負っていたが、ニット帽とガスマスクは装着していなかった。綺麗に頭髪が剃られた頭部には、不気味な髑髏の入れ墨が彫られているのが見えた。


 近くに止められていた何台かのヴィードルは、泥や返り血で酷く汚れていて、戦闘による激しい損傷も確認できた。人擬きとの戦闘ではつかない弾痕も確認できたので、先ほどの戦闘以外にも襲撃を受けていた可能性があった。ワスダの周囲には、火器を手にした人間が二人ほど待機しているのが確認できた。ヴィードルの数と人間の数が合わないので、残りの人間は周囲の警備をしているのかもしれない。


「よう、レイラ」と、ワスダは汚れた布で手を拭きながら立ち上がる。「追跡者とやりあっていたから、俺はてっきりお前が死んだのかと思っていたよ」

 私は溜息をついて、それから言った。

「ありがとう、ワスダ。助太刀に感謝するよ」

「どういたしまして」ワスダはそう言ってニヤリと笑顔を見せると、仰々しいお辞儀をした。「そんな目で見るな。冗談だよ、助けてくれたことには感謝してる。それに、てめえに死なれたら俺たちが困る」

「死なれたら困るね……」私は腕を組んで、それから言った。「それで、負傷していた仲間はどうなったんだ?」

「うん?」と、煙草に火をつけようとしていたワスダは顔をしかめて、それから思い出したように言った。「あぁ、ソフィーなら無事だよ。額を切ったみたいだけど、ただのかすり傷だ。すぐに良くなる」

 ワスダの視線を追うと、ヴィードルのコクピットに座っていたロシア系の美女が私に手を振っているのが見えた。額に包帯を巻いていたが顔色は悪くなかった。


「そうだ」と、私もハクのことを思いだしながら言う。「俺と一緒に行動していた白蜘蛛がこっちに来ると思うから、白い大蜘蛛を見かけても攻撃はしないでくれ」

「それなら心配しなくてもいい。お前が白蜘蛛とつるんでいることは、この辺りでは周知の事実だからな。攻撃するようなヘマはしない」

「そんなに有名だったとは知らなかったよ」

「よく言うよ」と、ワスダは鼻を鳴らす。「ところで、その腕はどうしたんだ?」

「化け物に喰われた」

 そう言って左腕を持ち上げると、ワスダは煙草を口にくわえたまま笑って、それから皮肉な口調で言った。

「いい気味だ」

「それって冗談だよな」

「まさか」とワスダは目を大きく開いた。「お前みたいな奴が痛い目に遭うのを見るのは気持ちがいいからな」

「ワスダが俺のことを嫌っているのは充分に伝わったよ。それで、娘のリリーに会いに来ただけじゃないんだろ?」

「俺はよ」と、ワスダは不敵な笑みを見せる。「小難しい話が嫌いなんだ。分かるだろ? だから率直に言う。俺たちをお前の組織で雇ってくれないか?」


 チカチカと発光するワスダの義眼を見つめながら私は言う。

「どうして俺が得体の知れない人間を信頼して、組織に引き入れると思うんだ?」

「確かに信頼できる仲間は大切だ。でも今のお前に必要なのは、即戦力になる人間なんじゃないのか?」とワスダは口の端で笑う。「それに、得体の知れない恐怖は筋者の売りだ。別に悪く捉える必要は無い」

「恐怖が武器になることは理解しているよ。でも俺たちは筋者じゃない」

「知ってるよ。組織の人間に血の繋がりはないけど、家族以上の強い結束を持った組織だろ? でもよ、それが『おままごと』じゃないって言うなら、俺たちとやってることは変わらないんじゃないのか?」

「俺たちを無法者のレイダーギャングと一緒にされるのは困る。いや、お前たちはヤクザだったな」

「ヤクザじゃない。古き良き任侠だ」


「任侠ね……」私は溜息をついて、それから言った。

「本当の狙いは何だ?」

「狙いなんてねぇよ」ワスダはそう言うと、ヴィードルのモジュール装甲を外しながら笑う。「俺は鼻が利くんだ。流れに乗るなら今だと思ったんだよ。それに、リリーがお前のところで元気にやっているのは知っているからな」

「それなら教えてくれ。どうして組織から抜けたんだ?」

「あれから色々あってな、リリーに被害が及ぶ心配をしなくても良くなったんだよ」と、ワスダは煙を吐き出しながら言う。「それにな、あの組織は落ち目だ」

「教団と手を組んだんだろ? この辺りで不死の導き手を無視できるような組織は存在しない。それくらい教団は力を持った勢力になっていると聞いている。俺にはワスダの組織が安泰になったように見えるけど」


「それがそうでもないんだよ」と、ワスダはヴィードルの関節部に挟まっていた人擬きの腕を適当に放り投げながら言う。「教団は組織に武器と物資、それに戦闘員を派遣する代わりに、オオサカにある鳥籠を侵略する際には、俺たちを使い捨ての兵士として戦闘に参加させるつもりでいるんだ」

『オオサカ?』とカグヤが言う。『大阪のことを言っているのかな?』

 カグヤの疑問について訊ねるとワスダはうなずいた。

「そのオオサカに行くには、廃墟の街とは比べ物にもならないほど危険な地区を移動する必要がある。ヴィードルを使ったとしても困難な遠征になる」

「命が惜しくなった。だから組織を抜けたのか?」

「あのな」とワスダは呆れながら言う。「奴らが狙ってるオオサカの鳥籠は、てめえが揉めてる五十二区の鳥籠が小さな集落に見えるくらい大規模な鳥籠なんだ。鳥籠の警備隊は機動兵器とかいう巨大な機械人形を多数所有しているから、鳥籠を攻撃しようなんて思う組織は存在しない。教団はあちこちの鳥籠やレイダーたちの組織を引き入れて軍隊をつくっているみたいだけど、そんなもんじゃどうにもならないくらい相手が悪い。俺たちは捨て駒にされて終わりだ」


「大阪にある鳥籠か……初めて聞いたよ」

「うそつけ」とワスダは言う。「なあ、レイラ。お前はイーサンとつるんでるんだろ。それなのにオオサカの鳥籠について知らないのか?」

「どうしてイーサンのことを?」

「お前らがつるんでるのは有名だからな。情報を武器にしているような男がオオサカの鳥籠について知らない訳がない」

「イーサンのことはリリーに聞いたのか?」

「まさか」とワスダは苦笑する。「お前らの組織について知らない人間はこの辺りにはいないさ」

 私が頭を捻っていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『忘れたの、レイ?』と彼女は言う。『周辺の組織と余計な揉め事を起こさないように、イーサンの傭兵団が味方になったって、自分たちで噂を流したでしょ』

「あぁ、思い出したよ」と私は言う。「それはそれとして、ワスダは大阪の鳥籠と争うことを避けるために組織を抜けたのか?」


「妙に疑うんだな」とワスダは私を睨んだ。

「俺は疑り深いんだよ」

 ワスダは足元に落とした煙草を踏み潰すと、ヴィードルから外していた装甲をもとに戻そうとして歪んだ装甲板を何度も叩いて、それから言った。

「他にも理由はあるんだけど、それが切っ掛けになったのは確かだ。それに、いい機会だと思ったんだよ。だから組織の再編成でゴタゴタしてる間に鳥籠を離れた。まさか教団が追手を差し向けるとは思いもしなかったけどな」

「追手について知っていることはあるか?」

「教団の教義に則って祝福された人間が機械の身体を手に入れて、化け物じみた能力を得ていたことは知っていたよ。奴らは俺たちにも祝福を受ける権利があるとか何とか言っていたからな」

「祝福……機械人形に意識を転送することだな?」

 ワスダは肩をすくめると、草臥れたパッケージから煙草を取り出して口にくわえる。そして何処からともなく現れた白蜘蛛の姿を見て身体を固くした。


 ハクは長い脚をそろりと動かしてワスダに近寄る。ワスダの部下はすぐに反応するが、あらかじめハクのことを聞かされていたからのか、ハクに銃を向けることはしなかった。

『リリーのおとうさん?』

 ハクの幼い声が聞こえると、ワスダは口にくわえていた煙草を落とした。

「そうだ」

 一瞬の沈黙のあとワスダがそう言うと、ハクはワスダの頭頂部に触肢をトンとのせて、それから無邪気に笑った。

『へんなあたま』

「良く言われるよ」と、ワスダは苦笑いを見せた。

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