第449話 潜入
ミミズクにも似た変異体の群れが、翼を大きく広げて巨大な構造物の周囲を旋回しているのが見えた。私とテアは構造物から距離を取ると、化け物に見つからない草陰に身を隠した。しばらく観察して分かったことは、それぞれの化け物が自由に行動しているのでは無く、各々が何かしらの役割を持って行動しているということだった。巣である巨大な構造物の周囲を監視しているモノもいれば、巣である建物を離れて狩りに向かう集団もいて、大型動物の死骸を建物内部に運び入れているのが見えていた。そして巣に接近してくる生物に備えて、いつでも行動できるように構造物の外壁に陣取り、周囲の動きに目を光らせている集団の姿も確認できる。
私はフルフェイスマスクの機能を使用して、構造物の周囲にいる化け物にタグを貼り付けていった。これにより数百体にも及ぶ変異体の位置情報が、しっかりと把握できるようになる。もちろん地図上に表示される敵の情報は、ネットワークで繋がっている仲間とも共有される。しかし全ての化け物に攻撃用の標的タグを貼り付けられる訳ではない。今も尚、巣である構造物内に潜んでいる化け物の数は多く、また狩りに出かけている群れもいるので、タグを貼り付けて位置情報を把握できているからといって、油断することはできない。
監視を続けていると、我々の背後から接近してくる動体反応を確認する。
「あれは……」と、テアが目を細めながら言う。「トゥエルブとかいう機械人形だったな」
「ああ。ペパーミントの護衛につけていたけど、彼女は今、マシロと一緒に行動しているからトゥエルブの手が空いているんだ。だからこっちに来てもらった」
戦闘用機械人形を操るトゥエルブは我々が隠れていた場所までやってくると、頭部のドローンを回転させて背中に腕を回すと、背負っていたバックパックから環境追従型迷彩の効果を持つ外套を取り出す。
「ありがとう、トゥエルブ」
外套を受け取ると片方をテアに手渡す。
「こいつを使って化け物の巣に潜入するのか?」とテアは言う。
「そうだ。これを着ていれば姿を隠せるんだ」そう言って外套を羽織ると、迷彩を起動して実演してみせる。周囲の色相や質感がスキャンされて、外套の表面に再現されていくと、テアは手に持っていた外套を興味深そうに眺めた。
「トゥエルブ、基地の様子はどうだった?」
私の問いにトゥエルブは記録していた視覚映像をまじえて説明してくれた。ペパーミントとマシロ、それにハクは基地の人間と協力しながら部隊を再編成していて、こちらに増援を送る手筈を整えていた。一方、ミスズとナミは横浜の拠点に向かっていた。そこでラロと合流した後、イアーラ族の拠点に向かい一緒に戦ってくれる戦士を募る予定だった。
化け物の巣に攻撃を行うことは非常に危険な賭けだったが、だからといって基地の側にある脅威を放置する訳にはいかなかった。けれど境界の守り人たちだけで簡単に攻略できるような場所でもなかったので、イアーラ族の支援は作戦行動にとって必要不可欠な要素だった。
何より今は時期が悪かったのだ。冬でなければ、蟲使いたちが従える多種多様な昆虫型変異体も戦力として戦闘に参加できた。しかし現在、蟲使いたちが頼れるのは冬の寒さのなかでも活発に活動できる特殊な黒蟻の変異体だけだった。確かに黒蟻の群れは貴重な戦力だったが、それでもミミズクの化け物を相手するには圧倒的に戦力が足りないのだ。だからこそ我々はイアーラ族の支援を期待していた。豹人たちとはこれからも交流を持ち、一緒に戦うことになるのだから大きな不安はなかったが、どうなるのかはまだ分からなかった。
「テア、負傷していた女性たちの無事が確認できたよ。重傷だった子も一命を取りとめたそうだ」
「そうか……それは良かった」と、テアは安堵から大きな溜息をついた。
『それはそれとして』とカグヤが言う。『これからどうするつもりなの?』
「予定通り、あの建物に潜入して連れ去られた仲間を救い出しに行くよ」
『それならトゥエルブじゃなくて、ハクとワヒーラに来てもらった方が良かったんじゃないの?』
カグヤの言葉に対してトゥエルブはビープ音を鳴らして反論したが、カグヤはそれを無視した。
「守り人たちの間にも多くの負傷者が出ていて基地は手薄になっている。いつ襲撃されるのか分からない状況で基地からハクとワヒーラを動かすのは危険だ」
カグヤは何かを考えながら唸っていたが、やがて納得してくれた。
『それなら、今回は私が操作するドローンだけが頼りだね』
「一応、トゥエルブにもセンサーが搭載されているから、彼も頼りになる」
『本当かな?』
カグヤの言葉にトゥエルブは縦に頭部を回転させてうなずいてみせた。
テアは身につけていた動物の毛皮を脱いで素早く外套を羽織る。毛皮を脱いだテアは、布地の薄い衣類を身につけているだけだったので、すごく寒そうに見えた。彼女たちのための戦闘用スキンスーツも早めに確保しなければいけない。
「これはどうやって使うんだ?」テアが頭を捻っていると、カグヤの操作するドローンが飛んできて彼女の指輪にレーザーを照射した。
『ネットワークを介して外套はテアの指輪型端末と接続されているから、迷彩を起動したいって思うだけで機能してくれるよ』
「ありがとう、カグヤ」テアは白い息を吐きながらそう言うと、右手人差し指につけていた指輪を見つめる。すると環境追従型迷彩が音も無く起動する。「これはすごいな……」
感心しているテアにうなずいてから、私も迷彩を起動する。
「カグヤ、俺たちを先導してくれ」
『了解。トゥエルブも一緒に来るなら勝手な行動は控えてね』
カグヤの言葉にトゥエルブは自信満々に答えて、それからラプトルに備わる機能を使って迷彩を起動する。機体全体を隠すことはできないが、ラプトルの特徴でもある長い脚を覆っているカバーの大部分が隠れるので、それなりのカモフラージュ効果が期待できた。
我々は身を潜めていた瓦礫を離れて巨大な構造物に接近する。構造物の周囲には多脚型戦車や、大型機動兵器の残骸が地面に埋もれているのが見えた。雪が薄っすらと積もるサスカッチの側を通ると、高層建築物の外壁にある巨大な彫像が日の光を反射して、その眩しさに私は思わず瞼を閉じた。彫像の表層を覆っている素材は、光の角度によって輝きや色合いを変化させている。黄金の彫像に見えることもあれば、外壁と見分けがつかない灰色の彫像に変化していることもあった。その不思議な素材と相まって、メンフクロウの頭部を持つ女性の彫像は異様な雰囲気を放っていた。
『テア』とカグヤの声が内耳に聞こえる。『汚染物質を確認した。すぐにマスクを装着して』
カグヤの言葉にテアはうなずいて、面頬にも似た簡易型の立体マスクを装着した。すると外套のフードからもシールドが展開されて、汚染物質や毒性ガスから完全に彼女を保護した。
テアの安全が確保されたのを確認すると、我々は簡易地図に表示される地形データと、敵の位置情報を確認しながら進んだ。もしも敵がハクのように我々の存在を感じ取れる生物だったら、迷彩で姿を隠すこと自体に意味が無い。だから迷彩をつかっていても慎重に行動することに変わりなかった。
高層建築物の外壁を伝って地面に伸びている太く巨大な根を避けながら建物に接近すると、ガラスの無い窓枠から室内を見渡す。薄暗い廊下は、得体の知れない植物に覆われていた。
『敵の姿は確認できないよ』カグヤの声が内耳に聞こえると、ドローンが作成した室内の簡易地図がインターフェースに表示される。『でも水没している場所や、床がヘドロ状になっている場所があるから慎重に行動してね。移動経路は私が指示する』
カグヤの操作するドローンが繁茂する雑草の間にレーザーを照射しながら進んでいくと、我々は拡張現実で表示される矢印に沿って歩いた。窓の近くには雪が積もっていたが、建物の奥に進むにつれて積雪は無くなり、代わりに泥に覆われた床が目立つようになった。足場は悪く、崩れた床の先が底なし沼のようになっている場所もあって、酷く危険な場所になっていた。
階段を上がっていくとヌメリを持った黒い泥も姿を消していくが、今度は建物内に吹き込んでくる僅かな土や光でも育つ緋色の奇妙な植物を多く見かけることになった。我々はシダ植物にも似た得体の知れない植物の間を通って上の階を目指した。非常階段を使って移動することもあったが、植物の侵食で崩れている箇所も多く、階段よりも天井が崩れた際にできた瓦礫を伝って上階に向かうことの方が多かった。
『レイ』と、しばらくするとカグヤの緊張した声が聞こえる。『生物の反応を多数確認した。これから先は、今まで以上に慎重に行動してね』
連れ去られた女性たちの端末が発信している信号のある階には、数え切れないほどの動物の骨や腐った死骸に加え、ミミズクにも似た化け物の姿を多く見かけることになった。しかしほとんどの変異体は中型の個体で、二メートルを超える体高を持つ個体は少なかった。それらの生物は眠っているのか、窓から差し込む日の光が届かない暗がりで立ったまま動こうとしなかった。
『ここで少し待ってて、先を確認してくる』
カグヤの操作するドローンが光学迷彩を起動して、徐々に姿を隠しながらいなくなると、我々は瓦礫の陰に身を隠してカグヤが戻ってくるのを待った。眠っている化け物に攻撃しても良かったが、一撃で仕留められなかった場合、外にいる大量の化け物に我々の存在が知られてしまう可能性があった。だから無理はできなかった。
物陰に隠れて化け物の頭部にある綺麗な羽角を眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえる。
『彼女たちを見つけたよ』
ドローンから受信する映像を確かめると、金属製のガラクタや大樹の樹皮、それに枯れた植物によって周囲が縁取られた巣のようなものが見えた。その巣の底には腐葉土らしきものが敷き詰められていて、バスケットボールよりも一回り大きな卵の殻が大量に放置されていた。連れ去られた二人の女性は、ちょうどその巣の中心に横たわっていて、彼女たちの周りには、動物の腐った死骸や、身体をズタズタに切り裂かれた森の民の新鮮な死体も確認できた。
『二人は生きているのか?』と私は声に出さずに訊ねた。
『うん。ひどい怪我をしているみたいだけど、ちゃんと息をしてる』
『急いで助けにいかないとダメだ』と、テアが慌てて移動しようとする。
私はテアの手を取って彼女を落ち着かせると、音を立てないように注意しながらゆっくりと歩いて化け物の巣がある部屋に向かう。
眠っている化け物を刺激しないように、ある程度の距離を取りながら移動して、巣が設置された部屋に近づいて行った。間仕切り壁のない広い部屋には、複数の柱が並び、化け物がつくった多くの巣が確認できた。しかしカグヤから得た情報通り、変異体の姿は何処にも無かった。
「彼女たちを助け出そう」テアは小声でそう言うと、周囲の動きに警戒しながら一メートルほどの高さがある巣の縁を越えて女性たちの側に向かう。
私は負傷していた女性たちの状態を確認してから、トゥエルブが持ってきていたオートドクターを使って素早く治療を行う。
「これから二手に分かれよう」と、私は女性たちが肩にかけていたライフルをトゥエルブに手渡しながら言う。「テアとトゥエルブは彼女たちを連れてすぐに脱出してくれ」
「レイラはどうするんだ?」と、テアが厳しい目つきで私を睨む。
「心配しなくても大丈夫だよ。こいつを屋上に設置したら俺もすぐに脱出する」
私はそう言ってキューブ型の小さな装置をテアに見せた。
「それは?」
「精密爆撃を行うための誘導装置だ」
「爆撃……?」とテアは首を傾げる。「廃墟の街に爆弾を落とす映像なら見せてもらったことがあるけど……あれをここで再現するつもりなのか?」
「俺たちがどんなに数を揃えようと、あの化け物には銃弾すらまともに通用しないんだ。この戦闘で俺たちが生き残るためには、先制攻撃で奴らの数を減らしてから、一斉攻撃で一気に叩くしかない」
「……そうか」テアは俯いて、それから言った。「カグヤのドローンにそれをやってもらうことはできないのか?」
「できるけど、負傷者を安全に連れ出すことを優先したいんだ。室内を安全に移動するには、カグヤの案内が必要になる。それに爆撃機は、ウェンディゴの機能でシステムに侵入して操っているだけなんだ。大樹の森で確実な精密爆撃を成功させるには、必ずこいつを設置しなければいけない。失敗は許されないんだ。だからトゥエルブじゃなくて俺が直接向かう」
「分かった。でも無理はしないでくれよ」テアはそう言うと、負傷していた女性を抱き上げた。
「テアたちのことはカグヤが先導する」と、私はトゥエルブを見ながら言う。「不測の事態が起きたら、トゥエルブが全力で彼女たちのことを守ってくれ」
私の言葉にトゥエルブはうなずいて、それからもうひとりの女性を軽々と抱き上げた。
テアたちが階下に向かうまで付き添ったあと、私は物音を立てないように慎重に移動して、巣のある部屋に戻った。すると壁にポッカリと開いた大きな穴から化け物が侵入してきた。私は巣の縁に姿を隠すが、ガラクタの間に産毛に覆われた小型の化け物が複数いることに気がついた。それらの醜い生き物は、ぎょろりとした真っ黒な瞳を私に向けて、そして大声で鳴き出した。
私はすぐにその場を離れて柱の陰に姿を隠した。次の瞬間には、耳の痛くなる甲高い鳴き声をあげながら大型の化け物が飛んでくる。天井に届くほどの体高を持つ化け物は、周囲に大きな眼を向け、それから雛の側に向かう。そして口から僅かに原型の残る人間の手足や、動物の内臓を吐き出して雛に与える。この時期に子育てをするのは奇妙に思えたが、その生物はあくまでも鳥類型の変異体で、我々の常識は通用しない。化け物が外に向かって飛んでいくまで、私は息を潜めて雛に餌を与える化け物を観察していた。
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