第393話 娯楽施設


 警備用ドローンが機体の中心についたカメラアイを発光させながら、開放された隔壁の先に向かって次々と飛んでいくと、真っ暗だった区画に照明が灯っていくのが見えた。我々もドローンのあとを追って娯楽施設に入ると、入り口近くで待機してドローンからの索敵情報が届くのを待つことにした。その際、突発的な襲撃に備えて、隔壁は開放したままにしておいた。


 娯楽施設は居住区画ほどの広さがあったが、天井はずっと低く、外の様子が分かるようなモニターも設置されていなかった。薄暗い街灯が並ぶ通路の先に視線を向けると、五感で体験できる映像作品を楽しむ映画館のような施設があって、道路を挟んだ向こう側にも仮想現実でプレイすることを主体にしたゲームセンターが入った建物が建っているのが見えた。

 娯楽施設が集中した区画は閑散としていた。碁盤目状に建てられた建物の間に道路が敷かれ、アスファルトにはゴミが散乱している。その周囲には機械人形の残骸が横たわっていた。しかしこの区画の被害は軽微で、暴動の影響が及んだようには感じられなかった。


 周囲を見渡しながら、私は誰にともなく言った。

「想像していた場所とは、随分と様子が違うな……」

『どんな場所だと想像していたの?』とカグヤの声が内耳に聞こえる。

「遊園地みたいな場所だよ。大きな観覧車があって、その間をローラーコースターが走っているような」

『どうして遊園地?』

「化け物どもが事あるごとに『玩具の街』だとか、何とかって言っていただろ?」

『ああ。そういうことね。でも、そういったアトラクションが入った施設もあるよ。精巧に出来たアニメキャラクターのアニマトロニクスが案内してくれる遊戯施設で、トロッコの乗り物や、回転木馬まで設置されているみたい』

「回転木馬か……その建物が何処にあるのか分かるか?」

 私がそう訊くと、網膜に投射されていた地図に建物の位置情報が表示される。

『遊びに行きたいの?』とカグヤが私を揶揄う。

「逆だよ。肉塊の化け物が潜んでいる可能性があるから、近づきたくないんだ」

『確かにいっぱい潜んでそうだね。でも安心して、目的の場所とは反対の方向にある建物だから、近づくことは無いよ』


 カグヤと話していると、退屈していた白蜘蛛がやってきて、何も言わずに私の身体にちょこんと身体をひっつけた。

「ハク、周囲に敵対するような生物の気配は感じられるか?」と私はハクの体毛を撫でながら訊ねる。

『いっぱい、ある』とハクの可愛らしい声が聞こえる。

「何処にいるか教えてくれるか?」

『あそこと、あそこ』と、ハクは天井に張り巡らされたダクトを脚で指した。

「やっぱりダクトを経由して、施設内を自由に移動しているみたいだな……」

『ここも』とハクは地面をベシベシと叩いた。

「……排水管の中だな」


 施設を建設した際に使用した工事の仕様書や、図面のような資料をカグヤに要求しようとすると、私の思考電位を拾い上げたカグヤが何も言わずに情報を送信してくれる。すると拡張現実で再現された排水管や、電線管などの配管が青色の輪郭線で縁取られるようにして地面を透かして表示された。


 網目のように複雑に張り巡らされた配管を見ながら私は思わず溜息をついた。

「この配管のどれかに化け物どもが潜んでいるのか……」

『と言うより、その配管の全てに潜んでいる可能性がある』とカグヤが答える。

「それは余り知りたくなかった情報だよ。想像するだけでうんざりする」

『うんざり』とハクも私の言葉を真似する。

 視覚情報を操作して立体的に再現された配管を目の前から消すと、現在時刻を確認して、それから子供たちを乗せた輸送ヴィードルの側に向かう。


 幼い子供たちは、ヴィードルの胴体でもあるコンテナボックスの中で身を寄せ合うようにして座っていて、何人かはウトウトしていて今にも眠りそうになっていた。緊張の連続で疲れているのだろう。それに普段なら、もう眠っている時間帯だったので、子供たちが眠くなるのも仕方ないことだった。

「カグヤ、コンテナのハッチを閉じることは出来るか?」

『大丈夫だよ。空気循環と換気はしっかりしてくれるから、ハッチが閉じても子供たちに影響は無いよ』

「そうか……戦闘になったら、子供たちの安全の為にも閉じた方が良いな」

 私の言葉に答えるように、輸送ヴィードルは球体型のセンサーヘッドを回転させて、ビープ音を鳴らした。短い脚に太い胴体をもつヴィードルは、ラバに似てずんぐりとしていて、何故だか愛着が湧いてくる。


 私は薄暗い不気味な通りの向こうに視線を向けると、カグヤに訊ねた。

「ところで、この区画の先には何があるんだ?」

『小規模な商業施設を備えた居住区画があって、その先に地上に繋がるエレベーターホールがある』

「そこからミスズたちが待機している地下鉄の駅に行けるのか?」

『うん。だから私たちの当面の目標は、エレベーターホールに無事に辿り着いて、エレベーターのシステムを起動する事だね。そうすればミスズたちと合流できる』

「その居住区画の規模は?」

『子供たちが暮らしていた区画と同じくらいの面積がある』

「嫌な広さだな……区画の状況はどうなっているんだ?」

『全く同じだよ。暴徒によって滅茶苦茶に破壊されている』


 短い通知音と共にインターフェースに更新された地図情報が表示される。

『ドローンたちが制作した索敵マップだね』とカグヤが言う。

 視線の先に地図を拡大して表示すると、そこに映る黄色い点を見つめた。

「数は少ないみたいだけど、人擬きが徘徊しているな」

『そうだね。でも比較的、安全に対処できる個体だけだよ』

 区画の地図を一通り確かめて、それから私は言った。

「肉塊の化け物の存在は、やはり確認できないか」

『うん。何処かに隠れているんだろうけど、今は姿が見えない』

「それなら、化け物どもが巣穴から這い出してくる前に出発しよう」


 先頭を進むハクに充分に注意するように言い聞かせると、戦闘員として一緒に戦ってくれる子供たちの様子を確認する。

「行けるか、チハル?」

『大丈夫です。バトルスーツが僕たちの知覚と感覚を刺激して、意識の感度を高めてくれるので、少しくらい眠くても状況に対応できます』

「それはそれで怖いな。薬物でも投与されるのか?」

 見上げるようにして私を見つめていたチハルは頭を傾げて、それから言った。

『いえ、電気信号で大脳中枢を刺激して操作します。しかし脳への影響が怖いので、ずっと使用しなかった機能でした。でも今はそんなことを言っていられる状況じゃないので』

「確かにそうだけど――」

『大丈夫です。使用するのは意識の覚醒を促す信号だけに留めます。だから脳への影響は少ないと思います』

「だと良いけどな」

『拠点に無事に辿りつけたら、子供たちの身体検査をする必要がありそうだね』とカグヤがぽつりと呟いた。


 出発の前に、開放状態にしていた隔壁を閉鎖した。金属製フレームに覆われた重厚な隔壁が完全に閉じると、我々は目的の場所に向かって歩き出した。

『ねえ、レイ』とカグヤが言う。『瀬口早苗の探索はどうするの?』

「この区画にドローンを何機か残して、彼女の捜索を続けさせようと思っている」

『他の区画に逃げた可能性は無いのかな?』

「他の? 別の出入り口が何処かにあるのか?」

『うん。地下のもっと深い場所に繋がる昇降機が設置されていて、そこから研究施設に直接向かうことが出来るよ』

「まだ深い場所があるのか?」

『あるよ。研究施設の奥には、高いアクセス権限を持つ人間にしか出入り出来ない区画もあるみたい』

「立ち入り禁止区域か、異界の領域に繋がる『門』は、そこに設置されているのかもしれないな」

『瀬口早苗がそこに逃げ込んだ可能性もある』

「そうだとしたら、色々と面倒なことになるな……」


 建ち並ぶ建物の周囲には、ホログラムが投影されていて、その建物内でどのような娯楽が提供されているのか一目で分かるようになっていた。例えば、綺麗に並べられたボウリングピンが投影されている建物には、ボウリング場があって、ゴルフクラブが常に回転している建物には、仮想現実でプレイが可能なゴルフセンターがあった。

 それらの建物の中には動物園や博物館のような施設もあった。建物の入り口近くに設置されたディスプレイで、建物内の様子が確認できた。そこには旧文明期以前の多くの動物の姿と共に、今までに見た事が無いような、奇妙な姿をした異星生物の展示が行われることが告知されていた。

 ディスプレイに表示された生物は、流氷の下で見ることの出来る巻貝の一種でもあるクリオネという生物に似ていたが、半透明な身体は人間ほどのサイズがあり、頭に生えた数十本の細い触手をうねうねと動かしていた。記述によればその触手から酸を出し、捕食対象をドロドロに熔かしたあと、ゆっくりと丸呑みにする習性があるとのことだった。

 ちなみにその生物に知性があるのかは、まだ確認されていないらしい。


 ディスプレイに次々と映し出される生物を興味深く眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『レイ。玩具の兵隊が現れたよ』

 集団の先頭にいた白蜘蛛に視線を向けると、拳大の大量の肉塊が道路の先に現れて、玩具の兵隊に姿を変えている様子が見えた。

 私はホルスターからハンドガンを抜いて、弾薬を反重力弾に切り替えた。何処からともなく奇妙な音が聞こえたのはその時だった。


 背後からべちゃべちゃと水分を含んだ足音がすると、私は動きを止める。薄暗い通路の先から歩いてくる者がいた。歩道に等間隔に設置されていた照明で、近づいてくる大男の姿が鮮明に見えた。

 灰色のバトルスーツを着込んだその大男には見覚えがあった。

「またあの化け物か……」

 玩具の兵隊との戦闘を始めたハクたちを横目に、私は大男にハンドガンの銃口を向ける。その大男は右手にひとつ、左手にもうひとつの生首を持っていた。それは捩じるように無理やり切断された人擬きの頭部だった。大男はそれを私の足元に放り投げた。転がる頭部は瞬きをして、口をぱくぱくと動かしていた。


 それから大男の化け物は咆哮する。それは人間の口から発せられたものだったが、鉄骨の軋みにも似た鈍い音に聞こえた。私は大男に向かって貫通弾を数発撃ち込み、すぐに弾薬を切り替えて、効果範囲の制限された反重力弾を撃ち出した。

 数発の貫通弾は向かって来ていた男の肩に命中し、バトルスーツを裂き、筋肉に覆われた肩をズタズタに破壊した。しかし銃弾が貫通することは無かった。弾道を逸らされた弾丸は次々と周囲の建物に命中し、凄まじい衝撃で壁面を破壊していった。けれど貫通弾が化け物に通用しないことは想定済みだった。本命は反重力弾だった。発光する球体が猛進してくる大男の身体に食い込むと、甲高い金属音が辺りに響いた。


 重力に捕らわれた大男は、それでも前進しようと足を動かす。化け物の足には凄まじい力が込められているのか、踏み出した足はアスファルトに放射状のひび割れを生じさせていた。しかし二度目の金属音が鳴り響く。すると大男の身体は、胸部に食い込んだ発光する球体に向かって吸引されていった。さすがの大男も反重力弾の重力に抗えず、身体の大部分を失っていった。

『今度こそ倒せるかな?』とカグヤが言う。

「倒してくれないと困る」

 反重力弾をもう一発だけ撃ち込み、大男の姿をした化け物が完全に圧殺されていくのを確認すると、ハクたちと戦闘していた玩具の兵隊に視線を向ける。


 ハクの鋭い鉤爪によって身体を切り裂かれた兵隊たちが、三頭身の身体を維持できずに肉塊に戻ると、チハルたちは間髪を入れずに熱線を撃ち込んで肉塊を無力化していく。ハクたちの心配をする必要は無いだろうと考えていると、先程の大男と全く同じ姿をした化け物が建物の屋上から降ってきてき、地面に落下した衝撃で辺りに砂煙を立てた。

「まさか復活したのか?」と私は困惑する。

『ううん。あれは違う個体だ』とカグヤが答えた。

 カグヤの言うように、建物の屋上からこちらを見下ろす複数の大男の姿が確認できた。その全てが同じ体格に、同じ顔を持った大男だった。

 私が見せた一瞬の隙をついて、一体の化け物が接近してくる。私は跳びあがって大男が振り抜いた拳を避けると、そのまま大男の禿げ上がった頭部を掴み、着地する勢いに任せて頭部を地面に思いっきり叩きつけた。


 グシャっと大男の頭蓋骨が砕けた感覚がしたが、大男は私を押しのけるように立ち上がると、潰れた頭部を見る見るうちに修復させていった。このまま再生されるのをただ黙って待つ訳にもいかないので、至近距離で反重力弾を撃ち込み、重力に巻き込まれないように、すぐに後方に飛び退いた。と、丸太のような大男の巨体に衝突する。振り返ると、もう一体の大男が握り合わせた両拳を持ち上げるのが見えた。私は転がるように横に跳んで攻撃を避けたが、その先に立っていた別の大男に顔面を蹴り上げられてしまう。


 ハガネで形成したマスクが瞬時に頭部を覆ってくれなければ、顔面が潰れていたかもしれない衝撃を受け、私は地面を転がる。歯を食いしばり、痛みに耐えながら立ち上がると、背後から大男に羽交い絞めにされる。すると目の前に立っていた大男に腹を蹴られる。胃液と共に温かい血液をマスク内に吐き出す。

 死ぬほど痛かったが、その痛みに浸っている余裕は無かった。私に組み付いていた大男の身体が突然発光し、バチバチと放電するのが見えたからだ。

 右手首からヤトを出現させ、大男の腕を切断し拘束から逃れると、振り返り渾身の力を込めて大男を蹴り飛ばした。


 発光していた大男は数十メートルほど吹き飛んでいくと、他の大男を巻き込みながら爆散した。その際に生じた衝撃波は凄まじく、区画全体が揺れ、周囲の建物が破壊され一部が崩れたほどだった。

『レイ、今のうちに逃げて!』

 カグヤの言葉に頷くと、子供たちに素早く指示を出し、目的の隔壁まで駆けて行った。振り返ると、立ち昇る砂埃の向こうから現れる数十体の大男の姿が見えた。

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